ブログ

~いずれも「生きるヒント」になれば~

イイ歳して至らぬ馬鹿者が書いているブログですが・・

*「今日の一曲」: LPレコードやCDを紹介しながら様々エピソードを

*「ライヴ報告」: 自身のライヴ(30分以上)の様子

*「ライヴを訪ねて」: 他のアーティストさんのライヴの感想等

*「番外編」: ライフスタイル(健康・食事・心)など他

2017年

6月

24日

ライヴ報告(梅雨の晴れ間ライヴ・沖縄戦にもふれて「Next Sunday」編)

昨夜、6月23日(金)は、東京・阿佐ヶ谷にある「ライヴ小屋 Next Sunday」さんに出演させていただいた。

同日出演者は、出演順に、大口沙世(Vocal & Piano)さん、蜜田剛志(Vocal & Piano)さん、山西理彩(Piano)さんで、いずれの方とも、これまでに何度かライヴで御一緒していたりで仲良くさせていただいている方たちだ。

お三方が演奏されるピアノ、それが同じSTEINWAY&SONS(スタインウェイ)のグランド・ピアノであっても、当然、お三方それぞれの響きや音鳴りがあって、大口さんと蜜田さんはそれぞれの歌声をそのピアノの演奏と共に、そして、山西さんはピアノだけで真っすぐに、その音たちをそれぞれに届けてくれたように感じた。

客席に居る間、味わい深い、とっても心地よい想いで楽しませていただいた。

元来、ピアノ演奏が好きだというのもある。残念ながら自身は手が出せなかった楽器だが・・・(汗・笑)。でも、ホント、ピアノって好いなぁ〜。

 

・・・んなふうに客席で過ごしたものだから、これだけで心が満たされて、このまま自宅に帰っても良いような気分に(笑)。

 

まあ、そんなわけにはいかないので・・・4番目の出演者としてステージに上がらせていただいた(40分ほどのライヴ)。

 

この日はPA担当が坂元さんで、信頼し切ってステージに立てたこともあるのだが、「この日ならでは」のその思いのままに、その呼吸感と間で、歌い、ギターを演奏させていただいた。加えて進行のトークでも・・。

 

もちろん、客席の呼吸感も感じ得ながら進めたつもりなのだが・・・、これが、この日のライヴとして好ましいものだったかはお客さま各人が知るのみで・・・。

 

さて、「この日ならでは」というのは、6月23日だからだ。

沖縄は(個人的には「日本国中が・・・」と言えるようでなければと思っているが・・・)、「慰霊の日」だ。

僅かながらでもご縁があって約30年間で6回だけだが沖縄を訪れる機会があった(うち、途中9年間は病気で行けなかったが)。

その度ごとに、沖縄の人から沖縄戦に関する話などを聞く機会もいただいて、十分ではないかも知れないが私なりに勉強する機会を重ねてきた。

それで、「この日ならでは」という思いと覚悟をもってステージに立たせていただいたというわけだ。「この日ならでは」で歌い、演奏をして、トークでは、沖縄戦のことにもふれさせていただいた。

 

客席のお客さまは、もしかしたら違う楽しみ方を愛間純人のライヴに期待して客席に居らしたかも知れないのだが、それでも、熱心に耳を傾けていただけたかと・・・。

 

この日、同時間・同空間を共に過ごしてくださいました皆様に心より感謝申し上げます。

ありがとうございました。

 

2017年

6月

20日

今日の一曲No.39:ラヴェル作曲「バレエ組曲 『ダフニスとクロエ』」(小澤征爾、ボストン交響楽団)

「今日の一曲」の第39回目。

ここのところ、都合もあって続けて紹介していた70年代前半頃のSPレコード盤からは一旦離れることにしよう。

いつものLP盤へ・・・。

 

今日ご紹介の曲は、モーリス・ラヴェル作曲、バレエ組曲「ダフニスとクロエ」。小澤征爾指揮、ボストン交響楽団、タングルウッド・フェスティバル合唱団による演奏で、1975年収録のLPレコード盤だ(上の写真)。

 

実際にこのLP盤を手にしたのは2001年頃だったと思う。

クラシック音楽のレコード盤で「ジャケ買い」はまずあり得ないことなのだが、この盤は「ジャケ買い」だ。

 

そろそろ、この頃のことについても書き記しておこうかな・・・。

 

体調の異変に少し気付きはじめた?頃だ。

職場では重要な責任を担うようになって7〜8年が経っていた。

今になって振り返ると、その責任だけでなく、自分自身でも勝手に、「良い仕事を」、「質の高いものを」、「社に貢献を」、「家庭・家族を裕福に」・・・などなど、更に自ら課していた。知らず知らずうちに大きなプレッシャーにしてしまっていたのだろう。

もっと言えば、一番いけないのは、単純に自らに課していたのなら未だしも、何かしらの「見返りを期待」していたことが最悪を招いたと言える。

今なら、わかるのだけどなぁ〜。

が、当時は、疑わずにまっしぐらに突き進んでいた。周囲からも評価されている声を聞き、これらを鵜呑みにして思い込んでいた。愚かだね〜。

 

少しの休日に、少しの休養のために、音楽を聴くことがもう手段になっていた。これは、もう危険信号が点滅している状態なのだが・・・。

もちろん、身体は異変を察知し始めてサインを発していたのだ。身体を動かなくしようとしていた。つまり、疲労感が常に襲い、思うように身体は動かなくなり始めていた。

「少しは休養をとらいないと・・・」という程度にしか自覚していなかった。「たまには定時に退勤しなくては・・・」と想い出すかのような自覚が精々で、まともに退勤した日のほんのたまぁ〜に、仕事帰りに、これより数年前から休日などに出掛けて行った下北沢の中古レコード店に立ち寄るようになった。

 

そう、90年代後半には、完全にCDの時代になっていて、アナログ・レコード盤は中古レコード店に行かなければ手に入らなくなっていた。

 

 が、その中古レコード店に足を運んでも、どんな音楽、どんな盤を探したらいいのか、もうそんな思考も働かなくなるほどの身体の不調に陥っていた。例のごとく、レコード盤を摘まみ上げて探る手元の素早さは、もはや無く、無気力にも近い状態だった。

それでも、ふと、摘まみ上げたLPレコード盤のジャケットが目に留まった。

今日ご紹介のLP盤だ。

深みある鮮やかな赤い背景に、太陽を描いたのか中央に大きな黄色い大輪の絵柄はインパクトがあった。この大きな絵柄全体をバックにしてステージに立つバレエ・ダンサーたちがやや小さく見えて写っている。

輸入盤だ。

少し目をこらしてアルファベットの文字を追うと・・・

ラヴェルの「ダフニスとクロエ」、若き日の小澤征爾がボストン交響楽団を指揮したときのもののようだ。楽曲は聴いたことはあったが、盤では持っていなかった。

きっと、少しだけニンマリできた一瞬だったと思う(笑)。

 

自宅に帰って早速、盤に針を乗せて聴いてみると、様々を考えずに聴ける音楽だった。このことがとても心地好く感じられた。少しだけ、バレエのそのシナリオをイメージして聴いてもいた。特に、3部の中間部から終盤に掛けては、気持ちを優しくにも、豊かにも、そして、少しの元気ももらえたような気がした。当時のことだ。

 

が、まっしぐらに突き進むことに囚われて、こんな風にごまかしながら過ごして、きちんと立ち止まって自身を直視しなかったために、自覚するより先に身体の異変はますます悪化する一方だった。

この2年半後には一度目の休職(二度目もあるのだよ)をして治療に専念することになってしまう。音楽までも一旦聴けなくなってしまうのだが、おそらく、そうなる前に手にした最後のLPレコード盤だったかと思う。

 

クラシック音楽のレコードさえ「ジャケ買い」になってしまったのだが、ひと時の救いであったことに違いはない・・・ラヴェル作曲、バレエ組曲「ダフニスとクロエ」、小澤征爾指揮、ボストン交響楽団、タングルウッド・フェスティバル合唱団による演奏、そのLPレコード盤を、「今日の一曲」として紹介させていただいた。

 

2017年

6月

18日

今日の一曲No.38:チューリップ「心の旅」

「今日の一曲」の第38回目。

第35回目から、70年代前半頃のSPレコード盤の曲を、こちらの都合もあって(笑:第36回目に記載)続けて紹介させていただいている。

 

クラシック音楽を中心に聴いて育ってきた少年も、小学校の高学年から中学生くらいになると、周囲の様々な刺激を受けて、おこづかいを貯めながら比較的安いSPレコード盤を自分で買いに行くようになった。その頃のSPレコード盤だ。

 

その懐かしきSPレコード盤の中から今日ご紹介するのは、チューリップの「心の旅」だ(上の写真)。

 

チューリップについて、または「心の旅」について、広く大衆に世代も越えて御存知の方は多いかと・・・。ここでの説明は必要ないように思うので今回は省かせていただく。

 

中学2年生のときだった。

チューリップが「心の旅」の大ヒットで全国的に知られるようになってから一年くらいが経過していたと思う。

その頃の放課後のある日のことだった。

音楽室で先輩たちの男女5名が、ギター(2)、ベース、ピアノ、ヴォーカルでの編成で、このチューリップの「心の旅」を練習?いや、もうこの時は演奏披露会のような状況だった。聴きに来ていた者も10数名以上は確実に集まっていて、私も聴く側の一人だった。

この演奏が完成度が高くて(当時の印象でだけど・・・)、テレビやラジオから聴いていたチューリップの「心の旅」より引きつけられるものがあった。感動したのだった。

当時、田舎の中学生が音楽を生で聴く機会などは滅多になかったものだから、その生の演奏の威力・魅力は半端ではなかったのだ。加えて、それを身近な同じ中学校の先輩たちが演奏しているという出来事だけで、多いに感動を呼んだのだろう。

それは、私だけでなく、聴きに集まっていた者皆が感じていたと思う。

確かに冷静に聴き比べたら、決してチューリップの演奏を上回っているはずもないのだけどね・・・(笑)。

 

で、単純というか、思慮深くないというか、この先輩たちの「心の旅」に刺激をされて、例の自宅から歩いて20分ほどのところにある物静かそうなオジさんが一人で開いているレコード店で、今日ご紹介のSP盤を買ったのだった。

 

「♫ あ〜、だから今夜だけは〜 ♫」

 

の冒頭の部分は、あらためて買ってきたレコード盤に針を落として聴いてもインパクトのあるフレーズだった。

 

時は一気に、ん〜・・・、11年くらい経過。

社会人として3年目とその後の数年間のことだ。

 

「今日の一曲」を以前よりお読みいただいている方にはもう御存知いただいている話になるが・・・、

社会人1年目に職場の派閥争いのそのどちら側にも付かないでいたら自分が干されてしまい、2年目はアルバイトを3件かけ持っての生活。ところが、3年目に救世主が現れ、派閥争いをしていた職場を一掃して私を呼び戻してくれた。

この優秀なる頭脳と人格を、すぐ近くで体感できたことはそうそうない人生の幸運の一つだと感じている。

強力なリーダーシップにはユーモアのセンスも多分にあって、職場は2年前が嘘のように活気に包まれ一つにまとまっていった。

仕事を終えた後に職場仲間で呑みに食事にという機会も自然と増え、このリーダーを囲んでといった会も仕事の区切り目ごとに設けられるようになった。当時のことだ、カラオケが準備された場所が大抵だ。

で、そのカラオケの閉めの曲となれば、

 

「♫ あ〜、だから今夜だけは〜♫」

 

と、意気揚々と皆で歌うのが恒例になった。

 

中学生時代に聴いた先輩たちの演奏も、秀でたリーダーを囲みながら職場の皆が歌うカラオケも、その場その場にあるエネルギーに、勢いや活気があることが前提と言えそうだ。チューリップの「心の旅」という曲そのものにもパワフルなエネルギーが宿っていそうな・・・。

聞くところに寄ると、九州から全国展開をという狭間に立たされていたチューリップが、もう後がない状況の中で創り上げた曲が「心の旅」だっだとか・・・。

 

チューリップの「心の旅」を、満ち溢れたエネルギーに触れて過ごしていた二つの時代ともに、「今日の一曲」としてご紹介させていただいた。

 

2017年

6月

16日

ライヴを訪ねて「ピロシキアンサンブル、コトノハ、伊藤悠紀」

下書き状態から結局はアップするのが遅くなってしまった(汗)。

 

6月11日(日)のこと・・・。

日曜日でありながら、この日は、自身のライヴもなく(良いこととは言いにくいが・・・)、と言って、やらねばならないと思っていた事を後回しにしても、東京・阿佐ヶ谷にある「ライヴ小屋 Next Sunday」に遊びに出掛けた。

なぜなら、大好きな、仲良くさせていただいている3組のアーティストさんが、一同に出演するライヴがあったからだ。

 

カノミさんと島さんのお二人が組むアコースティック・ワールド・ミュージック、その世界をギターと様々な小物楽器を奏で、歌い、ときどきダンスも披露(笑)してくれる「ピロシキアンサンブル」さん。

ガット・ギターともに優しくも時に力強く歌い、ノリはパンク・ロック?という「コトノハ」さん。

自然(特に森や木々)をテーマに独特の音の重ね合わせによるピアノ演奏(インストゥルメンタル)を聴かせてくれる「伊藤悠紀」さん。

 

「ピロシキアンサンブル」さんのお二人とは7年ほどのお付き合いがあって、「コトノハ」さんとは知り合って4年ほど、いずれの方々も、『ほっと楽しやハートライヴ』にもゲストとして数回ご出演いただいている。

 「伊藤悠紀」さんとは半年ほど前にブッキング・ライヴで御一緒して以来となる。いずれ、彼にも『ほっと楽しやハートライヴ』にご出演願えたらなぁ〜と考えている。

 

つき合いがあるから行ったわけではない。

その音楽に触れたかったからだ。

そして、会って、皆の顔を見たかったからだ。

 

この日のライヴの感想を下手に文章にするのも野暮だ。

とにかく、やはり、良かったし、好かった。

とても好き(よき)時間を過ごさせていただいた。

感謝。

ありがとうございました。

 

2017年

6月

15日

今日の一曲No.37:はしだのりひことシューベルツ「風」

「今日の一曲」の第37回目。

第35回目から続けて懐かしい感じの70年代前半頃のSPレコード盤を紹介している。

 

前回の第36回目から少しだけ時を巻き戻して、小学6年生の頃へ。

初めて自分でレコード店へ行ってSP盤を買ってから(第35回目で紹介)半年くらい後のことだったと思う。

ただ、SP盤としては、今日ご紹介の盤の方がそれよりも数年前に出されていたものらしく1969年とある。

「はしだのりひことシューベルツ」のA面に「風」、B面に「何もいわずに」が収録されたSPレコード盤だ(上の写真)。

 

「はしだのりひことシューベルツ」について、あらためてジャケットの裏面を見ながら簡単に紹介させていただくと・・・、

当時、同志社大学4年生だった はしだのりひこをリーダーに、その後輩の越智友嗣、同じく井上博と、立命館大学の3年生だった杉田二郎も加わっての4人で、1968年に結成したフォーク・ユニットらしい。

 

さて、当時、小学6年生の少年は、A面の「風」という曲に目的があって買ったという記憶だ。ただ単に、自らが聴きたいという欲求だけではなかった気がする。学校の音楽の授業でだったか行事関係でだったかで、「風」を合唱することになってだったはずだ。

 

小学校低学年の頃にあったGSブームが去って少しするとフォーク・ソングという枠の音楽が随分と耳に入ってくるような時代になっていたことを憶えている。自身は相変わらずクラシック音楽を聴くことの方が多かったが、それでも、小学校の昼休みに、「Peter Paul & Mary(ピーター・ポール・アンド・マリー)」の「PUFF(パフ)」が流れていたりで、フォーク・ソングという音楽の存在を認識するのは簡単だった。

 

で、「風」というフォーク・ソングは、「原曲はどんな人が歌って、どんな演奏なんだろう?」という初めは少しの興味だけだった。学校で配られた楽譜にだったか、合唱用の歌集だったか?・・・、作詞が「北山修」、作曲が「はしだのりひこ」とあったので、自身で「はしだのりひことシューベルツ」に辿り着いたという記憶だ。

 

調べ始めたら、少しの興味だけのものも本家本元を確りと聴きたくなったのだよね。それで、例の物静かそうなオジさんが一人で開いている地元のレコード店へ。

既に3〜4年ほど前に出されたレコード盤がこのレコード店にあるのか?・・・そこからだった。

目立つところには置かれていない様子・・・、同類のジャンルのラックからレコード盤を静かに1枚1枚めくり上げながらチェックしていく。この頃から徐々にレコード盤の探し方と例の素早い手さばきを習得していったのだろう(笑)。でも、この当時はまだまだゆっくりと、そっと、レコード・ジャケットをチェックするのが精一杯だった。

え?店の人に聞いたら?・・・って、現在の私とは違うのだよ。非常に内向的な性格だったのだ。そんなことは出来ない・・・(汗)。

そのうちに、「あったぁ〜!」・・・きっと、小声だが心と共に叫んだはずだ(笑)。

 

フォーク・ソングという枠の音楽を、レコード盤で買った最初の1枚になった。

あ〜、確かに、第35回目で、初めて自分で買いに行ったレコードとして紹介した「青い三角定規」もフォーク・ユニットだった。でも、その「太陽がくれた季節」はフォークというよりはポップス要素の方が多分に感じられた音楽だ。やはり、「はしだのりひことシューベルツ」の「風」がフォーク・ソングという枠の音楽をレコード盤で何度も繰り返し聴いた最初の曲だったと、当時の小学6年生も思っていたはずだ。

 

振り返らずただ一人一歩ずつ

振り返らず泣かないで歩くんだ

 

曲全体の印象は、寂しいというか無力さを感じるのだったが、終盤のこのフレーズからは当時の小学6年生も少しだけ勇気らしいものをもっらた記憶がある。

はしだのりひことシューベルツの「風」を、「今日の一曲」としてご紹介させていただいた。

 

2017年

6月

09日

番外編:「最強の食事」お試しのその後のその後

先月の何処でだったか、ライヴ後に出演者どうしの他愛もない話の中で食事の話題になった。それで、あらためて、このことを再度ブログにアップしておこうと思い立った。

 

デイヴ・アスプリー著「最強の食事」(ダイヤモンド社)を参考に、昨年の9月頃から自身の生活に取り入れることは可能か、ことに、日本の食卓で手に入れやすい食材等で実践可能か試してきた。

また、現実的な食費の範囲内で可能なのかも課題にしてきた。

2016年11月24日のブログでは、「『最強の食事』お試しのその後」と題して失敗談も含めてご報告させていただいた。

さて、更に6ヵ月以上が経過したところでのご報告というわけだ。

 

先に結論から言うと、良好だ。

身体のだるさや重さを感じる日が、ほぼ無くなった。

 

日々の主なメニューは、

<朝食>

*納豆(しらす干し、長ネギを刻んだものを入れて)に亜麻仁油を小さじ一杯程度混ぜる

*味噌汁(わかめ、キャベツ、ホウレンソウ、シジミなどをそれぞれ具にして具は少量)

*アボカド半個(またはブロッコリー、カリフラワー)

*ホット・コーヒー(ブラック)にエクストラ・バージン・ココナッツオイルをスプーン一杯半程度入れてよく混ぜる

 

<昼食>

*野菜サラダ(レタス、キャベツ、キュウリ、ニンジン、大根、アボカド(半個)、ミニトマトは湯通ししたもの・ブロッコリー、カリフラワーなど・・・)にエキストラ・バージン・オリーブオイルまたは亜麻仁油を小さじ2〜3杯ほど混ぜる

*ホット・コーヒー(ブラック)

*ゆで卵か温泉卵1個(週に3日〜4日)

 

(週に2回くらいは、ランチを外で特にメニューに制限なく食べる、こうした日の夕食は野菜中心の煮物やサラダだけ)

 

<夕食>

*和定食(魚、野菜炒め、野菜や豆類の煮物など、漬物少々など)っぽいメニューの日が多い。ごはん(白米)はお茶碗一杯は食べる。

 

(週に1回くらい、友人と外食するときなどは特にメニューに制限なく食べる)

 

ここまでが、三食の基本。

ポイントは、良質なオイルを摂取することに重点を置いていること。コーヒー豆も割と上質なものを挽いていることだ。

これらによる最大の利点は、三食の食間中は空腹感に襲われない。だから我慢もいらない。

 

この三食を基本にしていると・・・、

例えば、知り合いや友人の誘いがあって、午後のティータイムにケーキを食べるとか、夕食に友人や仲間と呑んだり食べたりの会に呼ばれたりがあっても、そうそう連日ではない限り(週に2回程度までなら)、特に体調に影響はないように感じる。

むしろ、これらを実践する前までよりも心配がなくなり自由になった感じがする。

一時期、気にし過ぎて、食べる量が少なくなり過ぎたのだと思うが、体重が減り過ぎて、集中力やパフォーマンス全体にやや悪影響があった。

 

上記にあるくらいに適度に自由度があるほうが良好に感じる。

ただし、「十分に嚙みながら食すること」、「腹八分目を心掛けること」だけは常だ。

 

あとは、自己観察を重ねてからではないと実践できないことだが、翌日に、少しでも身体が重い、だるい・・・など、わずかにでも感じた日は、昼食または夕食を完全にぬいて(ファスティング)リセットに近いことをしている。

現在は滅多にないことだが(月に一食ほど)、2〜3ヵ月ほど前頃までは、2、3週間に一食くらいの割合で行ってリセットしていた。

 

現在は、体調は良好。以前にあった疲労感やだるさみたいなものは一切解消されている。

体調の良さを裏付けるものとして、毎日、腸が「快調」だ。

・・・しゃれではなくて(笑)。

 

とにかく、1年前、2年前に比べたら、とても身体が楽だ。

 

結局、様々試しながら、ここに落ち着くまでに9ヵ月ほど掛かったけれど、結果、よかったかと思う。

今後も決めつけないで、自身の身体を観察しながら進めていこうと思っている。

 

 個人個人の身体状態や生活パターンが異なるので、自分自身で確認するほかに方法はないのだが、何かの参考になれば・・・。

 

さて、このブログとは別に、昨日アップした「今日の一曲:No.36」も、お読みいただき、お楽しみいただければと存じます(笑)。

 

2017年

6月

08日

今日の一曲No.36:Carpenters「I won't last a day without you」

「今日の一曲」の第36回目。

前回に続いて懐かしいSP盤レコードから紹介させていただく。

というのも、古いSP盤は、レコード・ラックの少し取り出しにくいところにまとめて置いてあって、実際には、しまい込んであったのを、前回の第35回目を書くときに、久しぶりに、まとめて全部取り出したのだ。

(第30回目と第31回目で紹介した貴重な例のSP盤は、また別に保管してあるのだけど・・・。)

「あれ?こんなのいつ買った?」なんていう盤も出てきた(笑)。

こんな都合で、古いSP盤の紹介がしばらく続くと思う。

 

で、今日、ご紹介のSP盤とその曲は、Carpenters(カーペンターズ)の「Sing(シング)」ではなくて、このB面の「I won't last a day without you」だ(上の写真)。

長い曲名だね(汗・笑)。

 

第21回目(2017/02/09)で、Queen(クイーン)の「BOHEMIAN RAHPSODY(ボヘミアン・ラプソディ)」を紹介したときのを読まれた方は、Carpenters の話について、既にご想像がつくかと・・・(笑)。

では、まずはその期待を裏切ることなく再度簡単に書かせていただく。

 

中学1年生のときに同じクラスに、勉強もスポーツも良くできて、美人で、皆に好かれるような、完璧にも見えてしまう憧れのような存在の女子がいた。同級生とは思えない大人な感じさえした。

もっとも、当時の私がこれまた出来の悪いガキでしかなかったから余計に劣等感を感じるしかなかったのかも知れない(笑)。

で、彼女がCarpenters を好んでよく聴いていることを知った(どうやって知ったかは今回は省略、詳しくは第21回目にある)。

 

少々軟弱な動機もあったことは否定しないが、彼女が切っ掛けで、Carpentersをはじめ、洋楽なるものを広く聴くようになった。

もちろん、軟弱な動機だけではないよ(自己弁護?)。

それまでクラシック音楽や洋画のインストゥルメンタル系音楽を中心に、他には少しだけ、日本の歌謡曲、GS、フォークなどを聴いていたのだが、事、音楽の話題でまったく知らないということがあるのは自分で許せなかった。

「音楽だけは色々と聴く耳をもっているのだ」という妙なプライドがあって、当時、そんな意地みたいなものの方が強かったように思う。

・・・って、やっぱり、未熟なガキだったのだなぁ〜(笑)。

 

で、すぐにでもLPレコード盤のアルバムで聴いてみたいと思ったのだったが、前回書いた通り、直ぐには難しいので、とりあえず、SP盤ならすぐにでも買いに行けるということで、またまた近所の物静かそうなオジさんが開いているレコード店へ。

 

店内の Carpenters のSP盤のラックで「Sing」というタイトルの盤が一番手前にあったのだと思う。それで、今日ご紹介の盤を買った。

現在なら、彼女に、少しは上手にCarpenters についての話などを聞いて、お薦めの曲も聞き出しただろうに・・・。当時は、何の情報もないままでレコード店に行ったのだね〜、この中学生は・・・(涙・汗)。

 

A面の「Sing」は聴きかじったことのある曲だった。それよりもB面の曲だ。

カレンの透明感溢れる歌声は低温域から高音域までが柔らかく温かい歌声でもあり、これと、リチャードが重ねるハーモニーとのミックスは、B面のこの曲の方がずうっと活かされている楽曲だと、生意気にもすぐに思ったのだった。

ちょっと寂し気な部分と力強い希望も感じられる部分が混在しているバラード風の曲に感じ取れた。

一度聴いただけで、この曲が好きになった。

 

「I won't last a day without you」

 

曲の最後1フレーズ、その歌詞がそのままこの曲のタイトルになっている。

だから、長い曲名だけど、すぐに覚えられた。

お勉強のできない中学1年生も、「without」という単語と和訳の意味を、この曲で覚えた(笑)。

 

歌詞のある洋楽への・・・はじめ一歩だった。

英語の歌詞から繰り出される英語独特の発音と響きも音楽の一部なのだと感じられた。洋楽のこの一曲から、当時、明らかに世界観が拡がったこは確かで、貴重で大切な一歩になった。

Carpenters(カーペンターズ)のSP盤より、「I won't last a day without you」を、「今日の一曲」としてご紹介させていただいた。

 

ちなみに、優秀なる彼女と、親しき友人のような間柄になる機会はとうとうなかった(笑)。

 

2017年

6月

04日

今日の一曲No.35:青い三角定規「太陽がくれた季節」

「今日の一曲」の第35回目。懐かし過ぎるSP盤レコードの1枚を紹介させていただこう。

第30回目(2017/05/04)では、ヴィセンテ・ゴメスの「禁じられた遊び」、第31回目(2017/05/09)では、ヴィクター・ヤングとシンギング・ストリングスの「エデンの東」と、叔父から借りたままになっている50年代後半〜60年代前半のSP盤を紹介した。今回はそこまで古くレアなものではないが・・・。

 

小学5年生のときだ。

両親からの月々のこづかいで、初めて自分だけでレコード店へ行って買ったレコード盤だ。

 

当時、クラシック音楽などのLPレコード盤は現在よりも全般的に高価だったので、ましてや小学生には高価過ぎる品でもあって、母の許可をもらってからでないと買えないルールになっていた。まあ、小学生の頃は大抵は母と一緒のときでないと買わせてもらえなかった。

が、SP盤は当時500円(この少し前は300円)で買えて、更に小学校の高学年にもなったこともあって、「レコードを買うよ」とだけ言っておきさえすれば、SP盤に限り、自分で買いに行って良いことにルールが改訂されたというわけだ。

とは言え、月々のこづかいも500円だったので、2〜3ヶ月分は貯めてから厳選して(笑)買いに行った。

 

で、その記念すべき初めて自分で買いに行ったSPレコード盤というのが、70年代前半のフォーク・ユニット「青い三角定規」の「太陽がくれた季節」だ(上の写真)。

 

まずは、特にお若い読者に向けて・・・「青い三角定規」について簡単にご紹介しておこう。

西口久美子(ジャケット中央)をメイン・ヴォーカルに、岩久茂(ジャケット左側)、高田真理(ジャケット右側)の3人で構成されたフォーク・ユニットだ。作曲家いずみたくのプロデュースによって1971年に結成。

このレコード盤に収録された「太陽がくれた季節」では、後々に知ったことだが、ミリオンセラーにもなって、1972年の日本レコード大賞・新人賞を受賞。同年末のNHKの紅白歌合戦にも出演したらしい。

 

今、ジャケットの裏面をあらためて眺めていたら、作曲がいずみたく、作詞が山川啓介、・・・で、驚いたことに、編曲が「松岡直也」とある!

たった今の今まで、知らなかったぁ〜!

前回、第34回目で、20歳過ぎた頃に出会った音楽として「松岡直也」の曲を紹介したばかりで、この偶然!

・・・イヤイヤ何だか少し恐いなぁ〜(笑・汗)。

 

さて、当時の小学5年生の選曲によって何故にこのSPレコード盤を買うに至ったかは・・・、これが記憶にないのだよ〜(汗)。

 

「太陽がくれた季節」はドラマ「飛び出せ青春」の主題歌でもあったので、それでなのか?・・・ん〜、でも、当時、タイムリーにこのドラマを観ていた記憶はない。再放送を観て、「このドラマの主題歌だったんだぁ〜」と思った記憶の方がある。

小学校のクラスなどで流行っていたということも明らかにない。

流行っていたのはローラー・スケートだけだ。男女問わずクラス全員がローラー・スケートを持っていた(スゴイ現象でしょ?)。

きっと、「初めて自分でレコード店へ行って買ったのだ」という記憶ばかりがあまりに大き過ぎて、他の記憶が吹っ飛んでしまったのだろう。40年以上前の出来事でもあり・・・(汗)。

 

ともかく、自宅から歩いて20分ほどの地元のレコード店に買いに行った。物静かそうなオジさんが一人で開いているレコード店だ。

 

レコード店から自宅に帰ってきて、早速、プレーヤーに盤を乗せて針を置いた。鳴り出した最初の瞬間から、その音に、ワクワクして興奮気味に聴いた記憶が鮮明によみがえってくる!

 

金額にしたら2〜3ヵ月で500円分だけのことなのだが、「大きな自由を獲得した」ような感覚がそこにはあって、「太陽をくれた季節」の歌詞の世界とも重なって、それで、ワクワク、興奮して聴いていたのかも知れない。

・・・ と、すれば、小学5年生のこの選曲も、なかなか好かったのではと納得できる(笑)。

 

年齢を重ねて大人になるにしたがって、手にしている自由や幸せにさえ鈍くなってはいないか?・・・と、ふと、考え直させられる。 

 

初めて自分で買ったレコード盤は「自由」を感じさせてくれた一枚なのだとも思う。当時の小学5年生に自覚はなくてもね(笑)。そんな青い三角定規の「太陽がくれた季節」を、「今日の一曲」としてご紹介させていただいた。

 

2017年

6月

01日

今日の一曲No.34:松岡直也「MIRAGE(見果てぬ夢)」

「今日の一曲」の第34回目。

前回までクラシック音楽が続いたので、異なるジャンルから・・・

今回は、松岡直也の「MIRAGE(見果てぬ夢)」をご紹介しつつ、出会った当時などを振り返りながら書かせていただこうかと・・・。

 

これまでも何度か登場シーンのあった船橋市と習志野市のちょうど境辺り、4畳半一間の部屋を借りて初めて一人暮らしをしていた頃のことだ。

 

そこから歩いて10分ほどの所(そこは習志野市)のレコード店に、目的もなく立ち寄ることが、そこで2年ほども生活しているうちに、もう習慣になっていた。

LPレコード盤を例のごとくの手さばきで、素早く安全に摘まみ上げてはジャケットを確認、また素早く安全に元に戻す。LPレコード盤の探索はこれだ(笑)。

 

松岡直也・・・、当時の情報源はFMラジオかFMラジオ関連の雑誌だったのだが、これらでこの名前は知っていた。その音楽も少しだけ聴いたとは思うが、このときにはまだ印象に残っているほどではなかった。

 

購入動機の半分以上は、お得意の「ジャケ買い」だ。

目に留まったジャケットのその街の風景は写真ではない。絵画(イラスト)だ(上の写真)。

これに惹かれたというわけだ。

なんか、すみません・・・って、なに謝っているのだろう(汗・笑)。

 

で、松岡直也の初のソロ・アルバム「FALL ON THE AVENUE(見知らぬ街で)」を買った(上の写真)。

部屋に戻って、レコード・プレーヤーに乗せて針を置く。

「ジャケ買い大成功!」だ。

期待以上の音楽が流れてくる。

このアルバムに収録された楽曲どれもが、ラテン系パーカッションの数々から繰り出されるリズムと、ポップな中に、少しジャズな感じであったり、少しロックな感じであったりするアレンジが、鍵盤奏者である松岡直也のシンプルで大人なロマンティックさを感じるメロディとともに奏でられるのだった。

 

A面の3曲目、アルバム・タイトルにもなっている「FALL ON THE AVENUE(見知らぬ街)」はテレビCMにも使われていたらしいのだが、私の部屋にはテレビが無かったために知らなかっただけのようだ。この曲も、最初に針を置いたときから好い感じの印象的な曲だった。

 

でも、個人的には、B面の1曲目の「MIRAGE(見果てぬ夢)」が一番に気に入った。

ラテン・パーカッションの情熱的なリズムに、時折、ベース・ラインがロックっぽさを覗かせたりするアレンジでありながら、あくまでも、松岡直也が奏でるアコースティック・ピアノはシンプルに淡々と、そして、どことなく寂し気で優しい大人なメロディを奏でる。

このリズム帯と鍵盤のメロディの温度差、この絶妙なバランスこそが、たまらなく感じる一曲だった。

・・・なんて、少し気取ってみて感想を説明したくなってしまう(笑)。

 

20歳を少し越えて、大人へと背伸びしてみせたいのと同時に、社会人として、大人して、先の将来や未来に漠然とした不安もあって聴いていたようにも、現在から振り返ってみると感じる。

何しろ10歳代からこの当時も、「夢」や「希望」などというものを持ち合わせていない・・・という自覚でいたからだ。

現在の私からは想像できないだろうけど、こんな若者だったのだよ。

 

ひょっとしたら、無意識にあった心の隙間を、松岡直也の「MIRAGE(見果てぬ夢)」で、ひと時でも埋め合わせていたのかも知れない。そんな「今日の一曲」をご紹介させていただいた。

2017年

5月

28日

今日の一曲 No.33:ラフマニノフ「ピアノ協奏曲第2番」

「今日の一曲」の第33回目。今回は、ラフマニノフ作曲「ピアノ協奏曲第2番」にふれながら、あれこれと書かせていただく。

 

第2回目(2016年10月4日)で、チャイコフスキーの「ピアノ協奏曲第1番」を取り上げたときに、ヴァン・クライバーンのLPレコード盤とともに紹介した。この盤のB面には、ラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」が、リッツ・ライナー指揮、シカゴ交響楽団、ピアノ演奏はもちろんヴァン・クライバーンのものが収録されている。実は、今回のラフマニノフもこの盤を紹介しながらと思ったりしたのだが、悩んでもみて(笑)、これとは違うもので・・・。

 

当時、中学1年生だった。

両親からの月々のこづかいを前借りしてクラシック音楽全集・全25巻を中学校のすぐ近くにあった本屋さんで注文。この話は第1回目に事の成り行きを詳しく書いたので、この程度に治めておこう。

今日、ご紹介のLPレコード盤はこの全集の中の1枚だ(上の写真)。

 

この盤も、A面がチャイコフスキーの「ピアノ協奏曲第1番」で、B面にラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」が収録されている。ラフマニノフの音楽を初めて聴いて知ったのは、この盤からだ。

 

チャイコフスキーの方は、インパクトある衝撃的な魅力を感じながらも全曲通して聴くまでには少し時が掛かった話を第2回で載せたが、対称的に、ラフマニノフは直ぐに身体が受け入れてくれたかのように、聴きやすかった。初めて聴いてからすぐに何度もこの盤に針を落として聴いていた記憶がある。

 

前回、ボロディンの旋律の美しさに触れたが、それとは明らかに異なる種類の美しさで、人間の心情・内面を揺るがすような美しさがラフマニノフの旋律からは感じるのだった。加えてアレンジだ。和音(コード)のその音の重なり具合が新鮮で、旋律とともに胸をキュンとさせられた。

・・・と、またまた、当時、中学生だったガキの感想を、現在の私が代弁してのことだ(笑)。

 

このLPレコード盤に収録されている演奏は、チェコの名門・名手の大集合ってところだろうか・・・、イールジー・ワルドハンス指揮、ブルノ国立フィルハーモニー管弦楽団、ピアノはミルカ・ポコルナの演奏のものだ。

 

中学生から後々も同曲のLPレコード盤やCDを何枚か手にしてきたが、この盤に収録された演奏がもっともテンポが様々に動く演奏に思える。

前に突っ込み過ぎるギリギリまでテンポが速くなっていく部分があったり、こんなにも後ろに引っ張るのかというギリギリまで間を保つ部分もあったりの演奏だ。女流ピアニストならではというのは多少語弊があるかも知れないが、このテンポの揺れ動きとともにあるピアノの音色と響きはとても愛らしく感じられて心地よい。

 

おそらく、最初に聴いたラフマニノフがこの演奏だったので、ラフマニノフの音楽が先に書いた通りの感じに余計に思えたのかも知れない。中学生時代にこれが耳に入ってきた音ならば、更に、その思春期の心情も余計に揺らしたのだろう。でも、繰り返すが、心地好かった。

たとえ、ろくでもない中学生のガキが聴いていたのだとしても(笑)。

 

冒頭にふれたヴァン・クライバーンのは、これよりも2年ほど後の中学3年だったか高校入学した頃だったかに自宅近所のレコード店で買ったものだ。まったく余計なものを削ぎ落としたような演奏で、あくまでも技巧的なものが際立つ演奏だ。これはこれで好さを十分に感じる。

 

ただ、こう思いたいのだよ。

ラフマニノフの音楽に触れる順番は、これでよかったのではないかと・・・ね。

 

人間の心情の揺れ動きを、その美しい旋律と音の重なり、愛らしい演奏で届けてくれたラフマニノフ作曲「ピアノ協奏曲第2番」、イールジー・ワルドハンス指揮、ブルノ国立フィルハーモニー管弦楽団、ピアノがミルカ・ポコルナの演奏のものを、「今日の一曲」として紹介させていただいた。

2017年

5月

27日

ライヴ報告(新緑の季節ライヴ「Next Sunday」編)

昨夜、26日(金)は、東京・阿佐ヶ谷にある「ライヴ小屋 Next Sunday」さんに出演させていただいた。

 

好き(よき)一夜でしたよ〜!

 

同日出演者、よねくらみすず(Vocal&A.Guitar)さんとは初めまして・・・、ギター侍(Vocal&A.Guitar)さん、菅野忠則(Vocal&A.Guitar)さん、お二方とは何度も御一緒していて仲良くさせていただいている。が、少しばかり、お久しぶり・・・でした。

 

お三方によって、楽しく、少々ゆる〜い雰囲気の中、心地好い感じに音楽が、ライヴが、それぞれの出演者の個性と誠実さのある音楽・演奏も際立って進行していった。

 

そして、4番目にステージに立たせていただいた。

あまりに心地好い流れで進行してきていたので、妙な緊張もあったり、加えて、少々ゆる〜い雰囲気にメンタル面での置き所が意外と難しくはあったものの、愛間純人ならではの歌・演奏&トークのライヴはお届けできたかと・・・。

 

ようやく、長かった「トンネル」の出口から日の差す外へ出ることができた感触を得た。

特に、この日は、ギター侍さんと菅野忠則さんという親しくさせていただいている音楽仲間と一緒でもあり、P.A(音響)も安心して任せておける坂元さんが居てくれたり、初ライヴからご縁の深い「Next Sunday」さんでのライヴで、これらがステージ上の私を充実した心持ちにもしてくれて、「トンネル脱出」を手伝ってくれたように思う。

 

そう、独りでライヴをしているのでは決してないのだな。

独りではないのだな。

 

 同空間・同時間を過ごしていただいた皆様に心から感謝申し上げます。

ありがとうございました。

また、長々と「スランプ」、「トンネル」に入り込んでいた私めをご心配くださった方々、アドバイスや励ましの言葉を掛けてくださった皆様にも、感謝申し上げます。

ありがとうございました。

もう大丈夫です!きっと・・・(笑)。

 

さて、さて、個人的に・・・、

菅野さん、新作CD「ココロノササエ」をお買い上げくださり、ありがとうございました! 現在のところ、愛間純人のCDをすべて持っているミュージシャンはあなただけです(笑)!

 

この下の写真は、ライヴ後の出演者談義の風景・・・?

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2017年

5月

20日

ライヴ報告(新緑の季節ライヴ「日吉 Nap」編)

30分以上のライヴだけご報告させていただいている。

 

昨夜、19日(金)は、横浜・日吉にある「日吉 Nap」さんに出演させていただいた。

同日出演者は、ゆのみ(A・Guitar&T.Sax)さん、さくらいこうすけ(Vocal&E.Piano or E.Guitar&Rhythm.Track)さん、ひろし(Vocal&Synthe.Guitar)さん、それぞれがそれぞれの音楽やステージをその個性たっぷりに表現されたライヴに感じられた。

「音楽で表現して人に届けるとは何ぞや?」、「人は何故音楽を聴こうとする?」と考えさせられる一夜でもあった。

意味ありげ?(笑)。

 

さて、珍しくこの日は一番手として、40分間の枠をもらって出演させていただいた。

続けてブログをお読みいただいている方はご承知の通り、もう3ヶ月くらいになるか、厄介なトンネルから抜け出せずに心はポキポキ折れても、この足を停めずにライヴを続けている。

昨夜はようやくトンネルの出口に到達した感触があった。

ん・・・?

そう、まだトンネルの外に出られたわけではない・・・。

それでも、出口さえ見えなかった「スランプ状態」は脱したと宣言して良いかと思う。

 

ものの本によると、物事が上手く進まないときは何か間違った方向の思考や方法で行動をしているのだから、「立ち止まる勇気を持って静観せよ」と書いてあるものが多い。

 

私的な経験からくる思考だが、こと、音楽のライヴ活動に関しては、「痛みを何度も味わおうとも停めてはならない」だ。正解ではなくてもそうだ。

もちろん、工夫も練習もなく、やみくもにライヴ本番を重ねることではない。

「現在ある自分をもって日々最善を尽くす」

「丁寧な歌と演奏、ユーモアも含んだ精神でステージに立つ」

「お客様に常に誠意ある態度でそこに居続ける」

これを続ける。

 

だから、同時間、同空間を共に過ごしてくださった皆様に、常に感謝する。

昨夜もそうだ。「本当にありがとうございました。」

2017年

5月

14日

今日の一曲No.32:ボロディン「交響曲第2番(アンセルメとスイス・ロマンド・オーケストラ)」

「今日の一曲」の第32回目は、ボロディン作曲「交響曲第2番」。この曲を収めたLPレコード盤を中心にあれこれと語らせていただく。

 

ご紹介の盤は、エルネスト・アンセルメ指揮、スイス・ロマンド・オーケストラの演奏で、1954年12月の録音のものを1982年に当時の新しい音響技術で復刻・再販したアナログLPレコード盤だ(上の写真)。

 

小学校の5年生か6年生頃だったと記憶するのだが、テレビのクラシック音楽番組で、ボロディン作曲、歌劇「イーゴリ公」第2幕「ダッタン人の踊り」を紹介していたのを視た。

最近もCMなどに用いらて広く多くの人に知られているこの曲の旋律を、このとき初めて知った。

ロシアでも中央アジア周辺寄りの風景が浮かんでくるような民俗的でありながら、美しく幻想的で穏やかなる旋律(メロディ)を。

 

小学生のガキが当時そこまで様々深く感じていたかは定かではないが(笑)、印象に残る美しい旋律と一緒に、ボロディンという作曲者の名前を覚えたことは確かだ。

 

で、この旋律は歌劇のストーリーに合わせて創り出されたわけだが、ボロディンという作曲家が創り出す美しい旋律は、ただそれだけではないと知ったのが、今日、ご紹介の「交響曲第2番」だ。

 

が、冒頭で説明した通り、この盤が出版されたのが82年ということだとすると、実際に手にしたのはこれよりも何年か後のはずだ。大学生活を終える間際だったと記憶する。

卒業研究の論文もほぼまとめ上げて、ほっとしていた頃のこと。この「今日の一曲」で以前から何度か登場している習志野市内のレコード店にふらっと立ち寄って、狙いもないまま、例のコツで、LPレコード盤を素早くめくり上げながらジャケットをチェック。

ふと、「ボロディンかぁ〜」と手を停めたのがこの盤だった。

これより数年前から何かの切っ掛けで少し興味をもっていた「スイス・ロマンド・オーケストラ」だというのも合わさって、迷いなく購入。

 

このLPレコード盤で、初めてボロディンの交響曲を聴いた。

楽曲の各所に、ロシア・中央アジアをイメージさせるような民俗的で美しい旋律が散りばめられていた。時に、浮かれ過ぎないような重々しい響きや、これと対称的に、変拍子の民族舞踊的な軽快なリズムを感じさせる部分もあったり。

それでも、楽曲全体的には、やはり、美しい旋律と優しさある響きのオーケストレーションが印象的な曲だ。

アンセルメの指揮とスイス・ロマンド・オーケストラの堅実で素朴さを感じる演奏も手伝ってのことかと。

 広く多くの人にも知られている「ダッタン人の踊り」の中でのあの美しい幻想的な旋律から決して裏切ることのないボロディンならではの旋律が堪能できる交響曲だった。

あくまでも私的な感想だけど・・・。

 

ジャケット裏に書いてある解説を読むと、この曲は、初演当時は不評で、後々になって、「この曲は、まったく新しい」と称賛されるのだが、時遅く、ボロディンが亡くなってからのことだったとある。

 

音楽家や作曲家の多くは現状維持ではなく革新的に新しい音を模索しながら作品にするものだから、音楽史上でも、現代でもまた、多々、こうした状況が起こることも致し方ないとは思う半面、やっぱり寂しいねぇ・・・。

創作した本人は作りたいものを創り出して世に送り出したのだから、妙に感傷的になることもないのかも知れないけれど・・・???。

現在は自身も創って演奏する側だからそうは思うのだが、聴く側の時もあるわけで、こうなると、聴くという行為も「可能な限り澄んだ想い」を努めて聴けるようでありたい・・・と思ってしまう。

 

さて、借りていたアパートの部屋も「そろそろ片付けるようだなぁ〜」などと思いながら聴いていたような・・・そんな当時の記憶もよみがえってきた。

 

民俗文化を背景に美しく幻想的な旋律で、非日常的な景色と内面の豊かさと澄み渡らせるような心情を届けてくれた「今日の一曲」、ボロディン作曲、「交響曲第2番」を紹介させていただいた。

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2017年

5月

09日

今日の一曲㉛:ヴィクター・ヤングとシンギング・ストリングスの「エデンの東」

「今日の一曲」の第31回目。話は、前回からの続きになる。

今回も、レアな45回転・SPレコード盤からの一曲を、当時のエピソードを交えて紹介させていただく。

もしも第30回目をお読みになられていなかったなら、チラっとでもお読みいただいた方が話の流れは分かりやすいかと・・・。

 

前回は3〜4歳頃のこと。今日ご紹介するのは、記憶の中では少しだけあとだったと思うのだが、きっと、4歳〜6歳頃のことだ。

 

洋服職人の叔父が遊びに来るたびに置いていってくれたレコード盤の中に、幼い当時の私が特に気に入って何度も繰り返し聴いていた盤が、もう1枚ある。

映画のテーマ曲「エデンの東」、「ヴィクター・ヤングとシンギング・ストリングス(Victor Young And His Singing Strings)」の演奏のもだ(上の写真)。

 

残念ながら、ジャケットは紛失してしまったらしく無いのだが、盤はきれいに保管してある。

 

おそらく、オーケストラ・アレンジの音楽を、自ら積極的に聴いた一番最初の曲がこのレコード盤の「エデンの東」だ。

 

映画はその後も観たことがない。大まかなストーリーだけは大学生くらいになってから知った。

幼い当時の私は、「エデンの東」というタイトルに疑問符が頭の中で一瞬だけ浮かんでは、そんなことより、この音楽の心地好いテンポ感、オーケストラの弦の響きと(特にチェロ)、そこに途中でピアノがメロディを奏で、穏やかで拡がりを感じるオーケストレーション・アレンジ・・・などなど、もちろん、これは現在の大人になった私が4〜5歳頃の私を代弁しての表現ではあるが、当時、伝わってくる音の総てから感覚的にこれらを感じて、聴くたびに感動していたことは確かだ。

 ホント、何度も何度も繰り返し聴いていたのだから・・・。

 

そう、この頃は自分でレコード・プレーヤーの針を慎重に、慎重に、緊張しながら盤に置くのだった。そして、回転しはじめた盤を眺めながら「正座」して聴くのが「慣わし」(笑)。

 

映画音楽として日本でも人気の高かった「エデンの東」は、私の成長過程でも、テレビやラジオ、他のアナログ・レコード盤やCDの時代に入っても、オーケストラで演奏されたもの、ジャズ風にアレンジされたもの、ピアノ独奏になったものなど、様々な演奏形態やアレンジで聴くことができた。

が、前回の「禁じられた遊び」同様に、幼き日に洗脳されているのだろう、ヴィクター・ヤングのこのオーケストラによる「エデンの東」を超える演奏には出会うことは決してない。

 

「エデンの東」を切っ掛けに、オーケストラ編成の奥行ある豊かな響きがもたらす楽しさや喜びを知ったことに間違いはなく、その後、リストの「ハンガリー狂詩曲 第2番(オーケストラ版)」やケテルビーの「ペルシャの市場」、グリークの「ペールギュント組曲」などのクラシック音楽といわれるオーケストラ編成の曲も、小学校の低学年の頃に掛けて自ら好んで聴くようになる。

ま、どれも、叔父が置いていってくれたレコード盤からだ。

 

前回紹介したヴィセンテ・ゴメスの「禁じられた遊び」と並んで、ヴィクター・ヤングとシンギング・ストリングスによる「エデンの東」も、一人の「音楽好き」のルーツなのだと感じる。

 

もう少し積極的な子どもだったら早くに何か楽器をはじめていたのかも知れないが、何せ、無口な内向きの性格の子どもだったのだよ。

現在の姿からは想像もつかないか(笑)。

もっとも、時代的にも、環境からしても、子どもが楽器を習えるなどということさえ知る機会もなかったな。

だから、音楽は聴くだけの側で居られることで、それで満足だった。

そう言えば、私がだいぶ成長してからだったが、母が言っていたことがあった。

「レコードを聴いているだけで喜んでいたからオモチャを買わなくても済んだよ」と・・・。

イヤイヤ、オモチャだってふつうに欲しかったとは思うけど・・・と、幼き日の自分に同情する(笑)。が、それほど、レコード・プレーヤーの前で「正座」して音楽を聴いていたのだろう。

 

ここで、補足(笑)。

前回も今回も、母とその弟である洋服職人の叔父が登場するが、父の登場シーンはない。父は、12歳から塗装職人一筋の人間で、当時は音楽に触れることなどなかった人だった。否定もされなかったけれど。

 

さて、こうして、お蔭様で「音楽好き」になれたことで、当時から35年〜40年後に失いかけそうになった人生さえもが救われる。なんとも有難い。この幸運を導いてくれた全てに、ただ、ただ、感謝、感謝だ。

 

前回から引き続き、今回の「今日の一曲」も、一人の音楽好き誕生のルーツとなる一曲、加えて、他にない拡がりある豊かな響きを届けてくれたオーケストラ・アレンジの一曲として、ヴィクター・ヤングとシンギング・ストリングスの「エデンの東」を紹介させていただいた。

 

*以下、このレコード盤のレーベル部分の写真を載せました。

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2017年

5月

04日

今日の一曲㉚:ヴィセンテ・ゴメスの「禁じられた遊び(愛のロマンス)」

「今日の一曲」の第30回目。

今日は、記憶もかすかな幼い頃に聴いていた音楽、とてもレアな盤とともに紹介しよう。

 

ここのところ、10代後半から20歳代前半の頃に手にしたLPレコード盤からの「今日の一曲」が続いた。

高校生・大学生にくらいにならないとアルバイトをしたり、社会人として仕事に就いてからでないと、自分で自由にレコード盤を買うことは難しかったから、どうしても紹介する曲やレコード盤もこの頃のものが多くなってしまう。年齢的にも多感な時期というのも重なって、これらにまつわるエピソードも多くなる。

 

さて、今日、30枚目に紹介する盤とその一曲は、ずうっと時代を遡って、3歳〜4歳の頃に耳にしていた音楽だ。自身も僅かな記憶でしかない。

が、この音楽は、どうやら身体に染み込んでいるようだ。

 

ギター奏者ヴィセンテ・ゴメス(Vicente Gomez)の演奏による「禁じられた遊び(愛のロマンス:ROMANCE DE AMOR)」だ。

45回転のドーナツ盤、アナログSPレコード盤だ。

もちろん、3歳の私がこの盤を買えるわけでもなく、母の弟にあたる洋服職人の叔父がもともとは所有するものだ。

 

私の音楽好きは、ここから始まった。

 

洋服職人の叔父は、年に3回ほどだったらしいのだが、私が幼き頃に住んでいた家に遊びに来るたびに、途中、レコード店に寄って、買った1枚を手にして訪れてくれた。

当時、家にあった小さなレコード・プレーヤーで、叔父は無言のまま静かに聴くものだから、幼い私も、それが慣わしなのだと思い込んでしまったのだろう、叔父の横に正座して、黙って静かに一緒に聴いていた。

ちなみに、「正座で」というのは幼き私が自らそうしていたということだ(母と叔父の証言によると(笑))。

 

映画「禁じられた遊び」のBGMに用いられたことで広くに知られるようになった「愛のロマンス」は、ギター独奏曲の定番のように、多くのギター奏者によって奏でられている。

後々もこの曲を聴くことになるが、他の演奏者のものは、きれい過ぎる、滑らか過ぎる、スマート過ぎる・・・などと感じて、どれも、もの足りない。

 

 ヴィセンテ・ゴメスの「禁じられた遊び(愛のロマンス)」は、弦に指が引っ掛かり過ぎていると感じるほどゴツゴツした粗さのある演奏だ。テンポも速く、激しく情熱的で悲しげだ。クラシック・ギターというよりはスペイン伝統のフラメンコ・ギターという印象だ。アレンジも特有なもので、他の演奏では聴いたことがない構成になっている。

もう、ヴィセンテ・ゴメスの演奏が刷り込まれて、すっかり洗脳されているのだろう(笑)。 

 

「愛のロマンス」という曲は、そのテーマ(旋律)は古いスペイン民謡から来たものをヴィセンテ・ゴメスがアレンジして映画「血と砂」でのBGMとして「ヴィセンテ・ゴメス・クインテッド」によって初めて演奏されたということだ(このレコード盤のジャケット裏面の解説書による)。

この盤のB面には映画「血と砂」のテーマ曲として用いられた「セヴィリャーナスとパナデロス」も収録されていて、これもまた、ギターの醍醐味を味わえる聴きごたえ充分の演奏だ。

 

叔父は、来るたびに買ってきたレコード盤を持ち帰らずに、そのまま置いていってくれた。それで、くり返し聴くことができたのは私だった。父も母も、特別に音楽好きということはなく、幼い私が「レコードを聴きたい」と言い出したときだけ母がレコード・プレーヤーの針を盤に乗せて聴けるようにしてくれた。が、4歳になって幼稚園に通うくらいのときには、自分自身でプレーヤーの針を慎重に慎重に、緊張しながらレコード盤に乗せていた記憶がはっきりとある。

 

 突然、現代に立ち戻るが、今年1月、自らがプロデュースした「ほっと楽しやBirthday ライヴ」で、ゲスト出演してくれた babaリズムさんが、偶然にも、しかもご本人も予定していたわけでもなく、たまたまライヴの流れで「愛のロマンス」を演奏披露。客席でそれを聴いて勝手に目頭が熱くなってくるのを感じた。

 「ああ、この曲から始まったんだなぁ〜」と、あらためて噛み締めていた。

 

本格的な音楽活動・ライヴ活動は、病気を経て49歳になってからの私だ。

が、色々な音楽を聴く耳を育ててくれて、音の様々を楽しむ耳を育んでくれた音楽好きのルーツは、このヴィセンテ・ゴメスの「禁じられた遊び(愛のロマンス)」にあると感じる。

 

私の命をも救ってくれた音楽、その始まりの音楽を「今日の一曲」として、紹介させていただいた。

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2017年

5月

03日

今日の一曲㉙:八神純子「I'm A Woman」

「今日の一曲」の第29回目。

今回は、八神純子の「I'm A Woman」を紹介しつつ、当時のエピソードを語らせていただく。このブログ初の「恋バナ」もあるかもよ?・・・(笑)。

 

私が高校生の頃は、この「今日の一曲」でも幾度となく説明している通り、ちょうど、日本も欧米もコンピュータ技術の目覚ましい発展に伴って、音楽はそのジャンルを問わず様々なサウンドを産み出し、試されもして、最も表現豊かにエネルギッシュに溢れていた時代だった。

そんな時代背景の中にあって、日本音楽界には加えてある妙な現象が起きた(私がそう感じただけかも知れないが)。「シンガー・ソングライター」という人たちが急激にクローズアップされるようになったことだ。そして、この人たちの楽曲が「ニュー・ミュージック」という言葉で一括りにされるようになった。

「ニュー・ミュージック」って、何とも大ざっぱでセンスのない言葉で一括りにされたものだと、当時から思っていた。馬鹿な高校生ではあったものの・・・。

『「ニュー・・・」はそのうち「ニュー・・・」でなくなるのになぁ〜』、『リズムやサウンド、メロディ・ラインがまったく違うのに、どれも「ニュー・ミュージック」ってなんだよ』などと・・・。

「ニュー・ミュージック」と称した日本の音楽関係者の方にはお詫び申し上げる。何十年も前の一人の馬鹿な高校生が、しかも気が弱いから心の中で叫んでいたことだ(汗・笑)。お許し願いたい。

 

 前置きが長くなってしまったが・・・本題へ・・・。

 

さて、八神純子も当時その一人として、しかも新進気鋭のシンガー・ソングライターとして登場。間もなく、ファースト・アルバム「思い出は美しすぎて」をリリース。バラード風の長いフレーズを伸びのある高音域の声を効かせて優し気に甘く歌い上げる楽曲が際立つ。

このアルバムを聴いたとき既に、国内の女性ヴォーカルとしては「最高なのでは?」と、素人なりというか高校生なりに感じていた。

 

で、今日紹介するのは、セカンド・アルバム「夢見る頃を過ぎても」の中に収録された「I'm A Woman」だ。 

もちろん、アナログのLPレコード盤だ(上の写真)。

私が20歳を過ぎたばかりの頃だ。

このセカンド・アルバム、ファースト・アルバムの印象を引き継ぎながらも、サウンドとしても、歌詞やメロディを含めた楽曲そのものも、新しい扉を開いて踏み出した印象をもった。

中でも、B面3曲目の「I'm A Woman」は 、ややアップテンポのロック調のサウンドに、そこに柔さとパワフルさの両面を併せ持った歌声が響き渡る。ファースト・アルバムまでの優し気で甘さのある歌声だけでなく、新たな力強さが加わり、もちろん、伸びやかな高音域の声は更に磨きがかかって「お見事!」と言うしかないと、当時、強烈な印象を受けた。

 

少々、軟弱な話にお付き合い願うことになるが(汗)・・・、

この頃だけ、少しだけだが何故か女性にモテた。いわゆる「モテキ」だったのかも知れない。あくまでも、私の人生の中での基準でだ。

が、「・・・八神純子も聴くよ・・・」といった話をもち出すと、決まって、幸運の女神にも感じられた彼女たちは去っていくのだった(苦笑)。

で、教訓、「女子の前で八神純子を話題に出してはならない」となったのだった。

・・・って、私がただ調子にのってイイ気になっていただけなのだとは思うが・・・、思慮深さも無くチャラいヤツだったのだろう、きっと。

八神純子のせいにしてはいけないな(笑)。

というわけで、「モテキ」はあっという間に過ぎていった。

ホントは「淡い恋バナ」も織り交ぜて書こうとしていたのだが、イイ歳コイて照れくさくなったので、今回は非公開。またの機会にしよう。・・・まぁ、誰も読みたくもないか(汗)。

 

話を戻そう。

「I'm A Woman」、このタイトルも、そして歌詞も、当時の私自身は深い意味に感じ取っていた。八神純子がご自身の歩むべき音楽人生その方向性を新たに選択をし、選択した道に踏み出した様を見せてくれているのだと・・・、その覚悟たる力強さ、豊かさ、自由さを・・・、あくまでも想像に過ぎないが、感じ得ずにはいられなかった。

「生きるとは覚悟ある選択をすることだ」と。

 

「国内最高の女性ヴォーカル」と感じさせた歌声が、軟弱なやさ男の若ぞうにカツを入れてくれたのかも知れない。

そんな「今日の一曲」として?(笑)、いや、「力強く生きる選択」を感じさせてくれた、八神純子「I'm A Woman」を紹介させていただいた。

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2017年

4月

30日

今日の一曲㉘:風「あいつ」

「今日の一曲」の第28回目、このジャンルの音楽をご紹介するは初めてだ。

 

あまり音楽を分類するのは好まないのだが、幾らかでも分かりやすく伝えるには・・・、

「70年代フォーク」と呼ぶことになるかと・・・、その一曲だ。

 「風」のファースト・アルバムに収録された「あいつ」という曲をご紹介しつつ、当時のエピソードを語らしていただく。

 

前回の第27回目に紹介した「バニー・マニロウ」や、以前に第何回目だったか?イギリスのロック・グループ、クイーンの曲を紹介させていただいたが、ほぼ同時期に聴いていた音楽だ。

中学生の頃のことだ。

もっぱらクラシック音楽を聴くのが中心だったが、徐々に歌謡曲、ロック、ポップス、ジャズ・・・なんでも興味あって聴くようになった。

 

平成生まれの方がこのブログを読まれることも増えつつあるので、「風」というユニットについて、ここで極簡単に解説。

「南こうせつとかぐや姫(後に「かぐや姫」)」という男性3人のフォーク・ユニットの一人「伊勢正三」と「猫」というユニットの中の一人「大久保一久」が組んだフォーク・デュオ・ユニットが「風」。

 

「南こうせつとかぐや姫」が「神田川」という曲で、「ガロ」というユニットが「学生街の喫茶店」という曲で、巷ではヒットを飛ばしていた。中学生である同級生の中には刺激されてギターを始める者もいた。が、これらの音楽を耳にしてはいたものの、自身はそこまでの強い興味を抱くほどではなかった。

が、少し経って、「かぐや姫」ファンになっていた友人が持っていたLPレコード盤を聴かせてもらった。その中に、伊勢正三をメイン・ヴォーカルに据えた「22歳の別れ」という曲があった。これには少々ハマったのだった。

イントロのあのギターの符点音符リズムのアルペジオ(分散和音)とリード・ギターの絡み合う音色と響きにハマった。

そこに、伊勢正三のどことなく頼りげなく甘い歌声が加わってくる感じが心地好かった。

同じようなハマり方をした人は多くいると思う。

 

で、この曲は、「かぐや姫」としてでなく、確か?「風」としてシングル・カットされて大ヒットする。この「22歳の別れ」を聴いている人はある年齢層の方なら多くいらっしゃることだろう。

 

それで、まもなく後に結成した「風」のファースト・アルバムであるこのLPレコード盤を貯めたおこづかいを注ぎこみ、地元の小さな(失礼か?)レコード店で買ったのだった(上の写真)。

 このアルバムには、これより更に数年後、「イルカ」が歌ってヒットした「海岸通」も収録されている。他、「東京1975」も収録されている。

 

でもやはり、B面の1曲目にある「あいつ」だ。

「22歳の別れ」とよく似たアコースティック・ギターのアレンジが心地好くも、哀しすぎて、寂しすぎる歌詞の世界観を、拡げて、深くいなざってくれているように感じる。

・・・と、これは現在聴くとそう感じる。当時の浅はかな中学生(私のことだよ)は、ただ、ギターの響きとそのアレンジに惚れ込んだだけだったと思う(汗)。

 

クラシック音楽を中心に音楽を聴いていたから、おそらく歌詞に耳が向く習慣がなかったのかも知れない。

自己弁護でもないが・・・(笑)。

 

それでも、浅はかな中学生も、この「風」のファースト・アルバムであるLPレコード盤を手にしてから、「フォーク」というジャンルの音楽にも聴き入ることになって、少しずつ歌詞のある世界観、その奥深さを感じられるようになっていったように、振り返ると感じる。

 

人の感情がそれほど単純なものではないことや、世の中や社会という場がそれほど甘くもなく、簡単に生きられるようなところではないかも知れないこと・・・そんなことを感じたり、自身がどう生きていこうとしているのかを認知したりする土台を創り上げていく一コマになったのだと思う。

 

しかも、「あいつ」って、フォークならではのタイトルかと・・・。

 魅力あるアコースティック・ギターのアレンジを切っ掛けに、薄っすらと歌詞の世界観を未熟な少年に刺激を与えてくれた音楽として、「風」のファースト・アルバムから「あいつ」を、「今日の一曲」として紹介させていただいた。

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2017年

4月

29日

ライヴ報告(春&7周年ライヴ「Next Sunday」編)

30分以上のライヴだけに限ってではあるが、「ライヴ報告」をさせてもらっている。

昨夜、4月28日(金)は東京・阿佐ヶ谷の「ライヴ小屋 Next Sunday」に出演させていただいた。

 

週の後半は、ほぼ毎日、Cafe などで15分〜20分の時間をいただいて歌わせてもらっているが、音響の整ったライヴハウスでのライヴは2週間ぶりだ。

 

春を迎え、愛間純人としては、日吉でのライヴに続く、「7周年のライヴの第2弾」だったのだが、本当に様々な意味で、とても好き機会をいただいたライヴの夜で、意味多きライヴの一夜となった!

ともに、同時間と同空間を共有してくださった皆様に、皆様のその真心に感謝、感謝!ありがとうございました!!

 

お客様のお一人が、「ほんわか過ごして聴かせてもらいました」とおっしゃってくださった。少し心を痛めていたので、この一言は涙が溢れそうなくらい嬉しかった。

 

この夜の同日出演者で、「弥勒のマル」さんと「由弥」さんは、もう顔見知りであり、お互いの音楽とその姿勢を知り合う仲だ。大好きで大切な音楽仲間たちだ。お二人とも現状に甘んじることなくチャレンジしたステージだった。

まあ、私からはライヴ中のトークで「由弥」さんに冷たくもしたのだが、愛情表現の裏返しだったのだよ(笑)。気持ち悪いか・・・(笑)。でも、由弥さんには感謝しているぞ!

もう、お一人、「岩田亮」さんとは「初めまして」だったが、岩田さんのステージ姿が好き刺激を与えてくれた。それを有難くいただいた。岩田さんから「7月にまた再会できないか?」との言葉をいただいたので、みやこ店長にお願いをして帰宅の途についた。

 

まだ完全にトンネルから抜け出せてはいないが、少しずつ前には進み始めている。「立ち停まってみるべきか」、「ライヴ活動を一時的休止しようか」という考えも過ぎったこともあったが、多少の痛みを味わいながらも、日々、ライヴ活動を続けて積み重ねながらトンネルの出口を見出すことにした。

 

もう暫くだけ見守っていただけたら・・・と。

 

この夜のライヴ、有難く、忘れられないライヴの一夜として記憶に留まることになるかも知れない。

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2017年

4月

23日

今日の一曲㉗:バリー・マニロウ「悲しみをこえて(I made it through the rain)」

3月29日以来、久しぶりの「今日の一曲」は第27回目になる。

今回は、「バリー・マニロウ(Barry Manilow)」の「悲しみをこえて(I made it through the rain)」を紹介しながら、エピソードを・・・。

 

この曲と絡めた話は、昨年 7月3日のブログ「ただ今日一日を大切に」で、一度載せている。このときは、大切な友人が厄介そうな病気を抱えて苦しんでいるという連絡を受けた直後で、半ば、この友人を励ます意味で書かせてもらった。

 

では、あらためて、今日、ご紹介の曲について・・・

16歳頃から20歳代前半の頃の私を支えてくれた、いや、現在も時折かな?・・・支えてくれている一曲だ。

 

バリー・マニロウを知ったのは、たしか・・・中学3年生(2年生のときかも?)のとき、インフルエンザが流行して学校では学級閉鎖にもなって、仕方なく昼間の時間をFMラジオを聴きながらつぶしていた。その時に偶然流れてきた曲が、バリー・マニロウ、日本タイトルで「悲しみのマンデー」だった。

 

バラード風のゆったりしたテンポの曲を、あまり感情を入れ過ぎずに、決して熱くならずに、ただ、自身の声質と正確な音程、テンポを僅かに揺らす間と呼吸感だけで歌いあげている印象が、耳に残った。

 もう一つ、耳に残った理由として、学校のお勉強が苦手だった私にも、聴き取りやすい英語の発音と何となくでも和訳しやすい英単語が並べられた歌詞だったということだ。

 

ちなみに、この学級閉鎖期間に元気だった私は、その直後にインフルエンザにかかって期末テストが受けられなかった。こういうヤツいるでしょ(笑)。それで「悲しみのマンデー」か?

 

で、この時は、中学生のこずかいだけでは直ぐさまレコードを買うだけの経済力はなく、高校生になって、LPレコード盤でアルバム「Barry Ⅶ」がリリースされたのを知って、はじめて自身で購入して手にした(上の写真)。

 

このアルバムのA面の3曲目に、「悲しみをこえて(I made it through the rain)」はある。

この曲も、バラード風のゆったりしたテンポの曲で、英語力のない高校生が聴いても、直ぐに英語の歌詞が和訳可能な曲だった(汗・笑)。

私は雨の日々を切り抜けた

自分の世界を守りぬいたんだ

私は雨の日々を切り抜けた

自分の気持ちを持ち続けたんだ

私は雨の日を切り抜けた

誇りを見出してもらえたんだ

同じような苦しみ知る他の人たちから

・・・・

こんな感じだろう・・・か。愛間純人の和訳では・・・(汗)。

 *(付属の歌詞カードをどこかに失くしてしまったので・・・)

 

十代後半から二十代前半の年齢の当時も、少し、思うように物事が進められないことが続いたり、親しい人に何かよからぬことがあると、この曲を聴いた。

 

以前に紹介したシベリウスの「交響曲第2番」も、若き日の私を度々支えてくれた一曲として紹介したことがあるが、今日、紹介しているバリー・マニロウの「悲しみをこえて(I made it through the rain)」は、心を鎮めたまま、静寂な時間と空間の中で見守ってきてくれた曲だ。

 

ここ最近も、ブログでは、自身が陥ってしまっている「大スランプ」の話が続いた。「何か意味があると・・・」と解釈して、「もがき続ける」ことにしたのだが・・・、

1週間ほど前からのカフェなどでの20分程度の短いライヴ(生音演奏を含めて)計8本のステージでは、感触からすると、ひょっとしたら「大スラップから脱出」できたのかも知れない・・・という感覚も得られつつある。

I made it through the rain

I kept my world protected

I made it through the rain

I kept my point of view

I made it through the rain

And found myself respected

By the other who

Got rained on too

And made it through 

 

静かに、静かに、少しずつ、自信を取り戻す曲として、バリー・マニロウ「悲しみをこえて」を、「今日の一曲」として紹介させていただいた。 

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2017年

4月

20日

アルバム「ココロノササエ」は名盤に?まず感謝!

お蔭をもちまして、新作CDアルバム「ココロノササエ」が完成!

4月19日にRelease となった。

5月にはネット配信(iTunesとamazonMP3から)もされる。

 

恐縮ながら、手前味噌ではあるが、このアルバムは「名盤」の一つになるかもよ(笑)!

・・・なんて、音楽は聴く人のものだ。発信された音それをどう受け止めて感じるかは聴く人のものだ。

ただ、発信側の勝手な思い込みを含めて、・・・そう思えるほどの会心の作だと自負している。「できるだけ多くの人に届いたならなぁ」とは、やはり思ってしまう。

 

2017年、新年早々、サウンド・エンジニアリングなど音響全般をお願いしていた「澤田守秀」さんがドイツから帰国するのを待って、東京・阿佐ヶ谷の「ライヴ小屋 Next Sunday」でレコーディング。

彼と組むのは3度目。

桁外れの豊富な知識と、経験から積み重ねられた職人芸とも言うべく丁寧な作業、そして、やはり彼の音楽への誠実な姿勢を尊敬している。

 

今回も、私の注文する「ライヴ感のある温かく豊かな音で」に、彼は一度手放していた80年代のアナログ機材を買い戻してミックス作業に取り組んでくれた。

今時、PCのデジタル処理で大概はどうにでもなるはずなのだが・・・、そこにわざわざアナログ機材を使うということは手間も掛かり、音の調整に微調整が効く代わりに時間を何倍も要する。

澤田さん曰く、「愛間さんの要望に応えるには、やはり、アナログ機材はどうしても必要だった」ということだった。有難い。感謝だ。

 

ジャケットのイラストは、「ハマノナツキ」さんに依頼した。

「ほっと楽しやハートライヴ」のライヴ案内用イラストも全て彼女の作品だが、今回はジャケットの正面、背面、内側と、3作品を描いてもらった。

彼女の作品がもつ共通の魅力と面白さは多彩な色使いにあると思っている。

加えて、アイディアを捻り出すのも、作品を仕上げるのも速く、これまでも約束の期限に遅れたことはない。というより早目に届けてくれる。

そんな彼女も、今回は取り掛かるまでに珍しく苦戦したらしく、描く方向性がなかなか見出せずにいた。それでも、結局は、お願いした期限の1ヶ月も前に3作品とも私の手元に届いた。

こうして、ハマノナツキさんのイラスト3作品がCDジャケットを飾ってくれている。感謝であり、嬉しい限りだ。

 

CDプレスと、ネット配信については、「有限会社サーフ・プロジェクト プラチナディスク事業部」に依頼した。

幾つかのCDプレス業者を当たっていたが、なかなか条件が合わないで困ったままレコーディング日を迎えてしまった。そんな時、レコーディングの休憩時間中に何気なくテーブルの上に置かれたリフレットに目をやった。それが切っ掛けだった。

とても、丁寧な対応で、私の要領得ない質問・疑問・お願い事にも細かく対応していただいた。ホント助けられた思いだった。これもまた感謝しかない。

 

CDジャケット内の歌詞カードには、音楽活動への想いも綴らせてもらっている。

 皆様の「ココロノササエ」になるような音創りを目指して試みたアルバムではあるが・・・、同時に、・・・

聴いて下さる皆様が私の「こころの支え」であることを感謝の想いを込めて並べた作品たちでもある。

 

 どうか、このアルバムが皆様方に愛され育てていただけるものであって欲しい。

また、そうであるよう、自身が精進を重ねていく覚悟でいる。そう、『感謝』の想いを第一に。

 

*購入方法など、詳しくは、本ホームページの「オリジナルCD」でご覧いただけたらと存じます。

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2017年

4月

15日

ライヴ報告(春&7周年ライヴ「日吉Nap」編)

新作CDアルバム「ココノササエ」は4月19日(水)から発売。これに向けての準備も重なって、「ライヴ報告」は、やはり30分以上のライヴだけで御勘弁願いたい。

 

昨夜、4月14日(金)は横浜・日吉にある「日吉Nap」さんに40分間のライヴで出演させていただいた。

意味のある良き一夜になりましたよ〜!

 

この春で、ライヴハウスやライヴカフェ等で、きちんと歌わせて(奏でて)いただくようになって、お陰様で、7周年を迎えた。

もう12〜13年ほど前になるか、「人生のすべてが終わったのかも・・・」と思えた時期もあった。そんなヤロウも人前で自作の音楽を披露させていただきながら、その前までよりは生きたいように生きて、それが、7年も続いているということだ。

 

さて、まずは、本ブログを継続的にお読みの方から、ご心配と励ましのメッセージも多数いただいております例の「スランプ」ですが、これからは脱し切れていない。

新たな挑みを重ねながら、少〜しずつ前には進んでいるようには感じられてはいるが、正直、悔しさと辛さで泣きたくなる一瞬を味わなけばならない日々は依然として続いている・・・。

 

それでも、昨夜のライヴも含めて各ライヴ会場では楽しく過ごさせていただいている!いや、救われている!

 

昨夜は特に、客席からは大きな拍手をいただいて盛り上げていただいた。熱心に聴いてくださる素敵なお客様方に恵まれて、次へと歩ませてもらっているのだと、あらためて自覚した一夜だった。

本当にありがたい。そう、「有難い」と心底感じた。

 

ブログを読んで励ましのメッセージをお寄せくれる方、ライヴ会場での素敵なお客様方、何件かある行きつけのカフェのマスターやママたち、「最近おかしいぞ」と思いながらも(今のところは)続けての出演を許してくださっているライヴハウスの店長さんたち、・・・、こうした人たちの「有難い」そして「支え」があって、愛間純人の音楽活動が続けられている。

 

昨夜のライヴ、同日出演者には出演順に、石井直樹(Vocal & A.Guitar:20分)さん、ゆのみ(Jazz Unit -T.Sax & A.Guitar:30分)さん、私を挟んで、ひろし(Vocal & Synthe.Guitar:50分)さん。音楽としてもステージ・スタイルとしても楽しい一夜でもあった。

御一緒した出演者の皆様にも感謝、感謝(上の写真:ひろしさん、石井直樹さん)。

 

こうして、昨夜のライヴもまた、様々に意味の濃い、好い(よい)一夜となったと思えていることが何よりの証ではないだろうか。

 

あっ、そうだ!

新作CDアルバム「ココロノササエ」のCDの盤がプレスされて昨日の朝に届いたので直ぐに10枚ほどだけ梱包して、昨夜のライヴで販売しちゃいました。

定価1800円(税別)だけど、ライヴ会場では、ぴったんこ1500円!

お買い上げ、ありがとうございました。

「これで生き延びれる〜(汗・笑)」

 

このアルバム「ココロノササエ」は、『自信作です!』・・・手前味噌で恐縮だが、良好な音で収録されてますよ!

 

早く「スランプ」脱出を・・・と思ってもしまうが、どうやらもう暫くは「もがき続けよ」と音楽の神様が言っているらしいので、もがいてみることにする。歩む足は停めない・・・。

 

*この下にも昨夜の写真をアップしてます。

(私の演奏中の写真は、石井直樹さんが撮影してくれました!)

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2017年

4月

10日

番外編:手作業です(新作アルバムRelease)

いつものブログではなく(「生き方」云々の話などはなく)、近況報告のみを・・・。

 

新作アルバム「ココロノササエ」は、4月19日にReleaseが決定。

*詳しくは、このホームページの「オリジナルCD」をご覧いただけたら。

 

音に関することは良質の音で聴いていただきたく、CDの盤、ネット配信を含めて、各専門の方や業者に依頼。

 

イラスト原画もイラストレーターの「ハマノナツキ」さんに描いていただいた。

 

他、CDジャケットと歌詞カードはPCなども使用しながらも、ほぼ手作業。

先週と今週でライヴが入っていない日は、朝から晩までアナログなこの手作業で部屋に籠っています(泣・笑)。

 

少しの息抜きにブログに載せたというわけでして・・・。

アルバイトを募るべきだったかも・・・。

 

*以下は、作業進行中での写真です。

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2017年

4月

01日

「心が折れそう」は貴重なチャンスに!

このブログでは、そのタイトル(表題)に関わらず「生き方のヒント」になればとの思いで、「物事の捉え方」、「思考や行動」と「その姿勢」も、ときにエッセンスとして盛り込ませてもらっている。

 

特に最近は、どうやら、19歳・20歳代前半の若い方たちにも読まれているようなのだ。

直接コメント欄には書きにくいらしく、「メールボックス」へ感想やら相談事をお寄せいただくケースが増えている。それも、何かに悩んでいたり、困っているときにお寄せいただいている場合が多いように感じる。

 

で、今回のブログは、最近になって多い相談事(特に19歳・20歳代〜30歳前半の方)にお応えするつもりで書かせていただく。

 

自身もこの2ヶ月ほどは経験したことのないような「大スランプ」に陥っていることを、このブログに記した。それでも、「どう受け止め」、日々を「どう過ごして」、ライヴなどCD製作など音楽活動を「どう挑んで」いるかも同時にブログに書き記している。

 

が、これらが、「ライヴ報告」にあったり、「今日の一曲」にあったりで、散りばめられているので一度には読みづらいらしい。

そこで、これらをまとめながら、お寄せいただいている相談事にお応えしよう。

 

人間、そりゃぁ失敗もするし、後悔してしまうようなこともしでかす。自身が予期しないような思い通りに進まないことにも出くわす。でも、これは、何かを前に進めようと思って行動を起こした人だけが「得られる貴重な体験」だとも言える。

確かに、「心が折れそう」な嫌な思いは誰もがしたくない。でも、私は、「その人に起こるべきして起こっている」と考える。

少々、残酷か。いや、愛情をもって言い表している。

 

現在の私も、「起こるべきして大スランプに陥っている」のだ。この2ヶ月ほどはライヴを終える毎日が「心折れそう」になって帰宅するのだ。先日の『ほっと楽しやハートライヴ(第10夜)』では少し前に進めた感もあって「小スランプ」くらいにはなった。ま、でも、スランプから脱したとは言い切れない。

9年半の病気で、2度社会から完全にリタイヤした時のことも「起こるべきして起こった」のだと感じている。これらと現在も向き合って日々を過ごしている。

 

お待たせ・・・以下、①〜⑧にまとめる。

 

①先ずは、何が起きているのか(何が起きたのか)を「静観して眺める」ことだ。冷静に物事を見つめる時間を一日に15分〜20分でも良いから作る。「マインドフルネス」(欧米化した瞑想のひとつ)も役立つようだ。

 

② ①で原因の分析をする必要がある場合もあるとは思うが、「原因」ばかりに囚われ過ぎないようにする。「原因」ばかりを探っても解決には至らないことを知っておこう。このことは、とても重要だ。

 

③あらためて、どう「なりたいのか」、どう「なる」ことを自身が望んでいるのか、自身に問い、「なる」べく「目標と姿勢」を明らかにする。

(何か紙に書き留めるのが良いと勧めている書籍が多くあるが、私も専用のノートに書き留めている。)

 

④ ③にむけて、日々一日一日、あるいはその瞬間、瞬間、「小さな行動を実行」する。

「小さな・・・」とは、「少しだけ高くしたハードル(課題)」を③より手前の目標として置いて「実行」するということだ。

簡単に言うと、「出来ることからやる!」ということだ。

(私は、日々の体調管理、歌やギターの練習時、ライヴ本番で、「少しだけ高くしたハードル」を必ず設定して、これを目標に「小さな行動を実行」することにしている。)

 

⑤ ①〜④を「決して慌てずに」丁寧に繰り返し続ける。そうすると必ず習慣化する。「慌てない」ことは、自身を責め過ぎずに「自分にやさしく」という意味もある。

物事を慌てず少しずつ進めることが「自分にやさしく」にも繋がる。

 

⑥ ①〜⑤での最大の注意がある。このとき、これだけに執着し過ぎてはいけない。「広い視野」を心掛けて、常に自分の「知らないこと」も少しずつ学ぼう。

ここでの「知らないこと」とは単なる情報ではなく「思考を学ぶ」ことだ。(現在の私なら、音楽のこともだが、一方で、心理学と行動科学、マーケティングを勉強中。でも少しずつだ。)

 

⑦「心が折れそう」は、「次へ進むための貴重なエネルギー」だと捉える。

 

⑧ 前へ進むとは、「また失敗を経験する」、「心が折れそうになる」という「貴重なエネルギーをもらうチャンスに出会える」ということだ。

だから、これを繰り返していれば「必ず進む」。「なりたい」目標へと「必ず近づく」。

 

「立ち止まる」ことは時として必要だと思う。が、「恐れて何もしなくなる」ことと一緒にしてはならない。「恐れて何もしなくなる」は、現状維持どころか後退するばかりだよ。これは私が経験・立証済みだ(笑・汗)。

 

以上、自分自身に日々言い聞かせていることを、「思考の整理」に役立てる意味でも、まとめさせていただいたというわけだ(笑)。

いくらかばかりでも御参考になれば、幸いです。

 

*追記:

しまった!一度このブログをアップしてから重要なことを書き忘れていたことに気が付いた(汗)。ゴメンなさい。⑨として追加する。

 

⑨「心が折れそうになる」という体験は、一旦は「痛み」に感じることであって、この「痛み」を感じることは悪いことではない。

が、一人で孤独にこの痛みを抱えてはならない。信頼のおける誰かに痛みの一部だけでも良いから話を聞いてもらうことだ。

他人に話を聞いてもらうことは、とても重要なことだ(ただし、他人に意見を求めたり、同意を求めたりはしてはならない)。

 

あらためて、好き(よき)人生を!

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2017年

3月

29日

今日の一曲㉖:渡辺貞夫「PETIT VALSE POUR SASAO」(アルバム「モーニング・アイランド」より)

「今日の一曲」の第26回目。今回は、渡辺貞夫、アルバム「モーニング・アイランド」から「PETIT VALSE POUR SADAO」を紹介しながらのお話。

 

紹介のアルバムは1979年に出されたLPレコード盤だ。

渡辺貞夫の音楽というと、親しみやすいメロディ・ラインとポップなリズムとアレンジで、ジャズ系・フュージョン系と呼ばれる音楽を日本の広く大衆に近づけてくれた、その入口を切り開いてくれた人かと、個人的には思う。

当時の日本で、アルト・サクスフォンやソプラニーノ(高音域のサクスフォン)を操るジャズ系のサクスフォン奏者と言えば渡辺貞夫だった。ただ、ライヴであったり、このアルバム「モーニング・アイランド」でもそうだが、フルートの楽曲にも手掛けて奏でみせるようになった。

 

ここからは私的な見解であって異論もあるかと思われる。そう思われた方には恐縮ながらご勘弁を願って書かせていただく。決して批判ではない。愛情表現だ。でなければ、「今日の一曲」として紹介しない。

渡辺貞夫は、やはりサクスフォン奏者だ。フルート奏者としての演奏そのもののクオリティは(当時)第一人者とまではなっていない。僅かにではあるものの、不安定さ、たどたどしい一面が演奏の中では覗かせる。

 

でも、今回ここで紹介する曲「PETIT VALSE POUR SADAO(サダオのための小さなワルツ)」はフルートで演奏した曲だ。

「ナベサダ(渡辺貞夫の愛称)」ファンからすれば、ラテン・パーカッションに乗せたサクスフォンの楽曲を好む人の方が多いかと思う。私も「ナベサダ」のこれらの楽曲が好きだ。

が、あえて・・・フルートとそのバックにアコースティック・ピアノ、薄っすらとストリングスが鳴るこの静かなスローテンポの曲を取り上げる。

 

以前、同じく「今日の一曲」で「ハーブ・アルパート」の曲を紹介したが、その頃とほぼ同時期に手にしたLPレコード盤だ。千葉県船橋市と習志野市の境辺りの四畳半一間のモルタル木造アパートに初めて一人暮らしを始めた頃のことだ(笑)。

やっぱり行きつけになった食堂の元気なオバチャンの姿が想い浮かんでしまう。どんなに励みになったか。

夜遅くに、四畳半一間の部屋で一人、ヘッドフォンをしてこのアルバムを聴きながらそのうちにB面に盤を反して、その2曲目を静寂を感じて聴いた記憶がよみがえる。少しだけ大人へ背伸びして魅せたような錯覚をもちながらであったかも知れない。今から振り返ると、そんな恥ずかしさにも笑える。

 

義務教育を含め10年半も学校のお勉強が苦手で背を向けていたヤツが、高2生の夏過ぎてから生き方を変えようとする中で大学受験の勉強にも必死で取り組んだ。奇蹟的に合格。が、入学すると、時間を掛けて身に着けてきた学力ではなかったためか、大学での内容がとても難しく感じて、「さっぱり解らない」という講義も少なくなかった。元々の劣等生には、「何とか出来るはず」という自信がまるでなかった。

 

が、私のラッキーは常に人間関係だ。

「もうダメかも・・・」というギリギリに追い込まれた時に、必ず支えてくれる人が現れる。あるいは、近くにいることだ。

当時の大学生活では、同級生で頭も良く人間的にも優れたヤツが友人と呼べる中に一人にいてくれた。もう一人、一つ上の先輩女子で時折り声を掛けてくれる親切な方がいて小柄な方だったが心の器の大きい人がいてくれた。当時の私には二人とも「救世主」か「女神」か、という存在だったと言える。

 

私は優秀な頭脳もないので、こうした「救世主」や「女神」にはなれないが(まぁ「女神」はどうにも無理か(笑))、せめて、他人の困り事や悩んでいること、心の騒めきを、少しでも耳を傾けて気付いてあげられるような人間になりたいと思ったのは、この頃だ。

「自分にして欲しいことは他人にしてあげたいと考える」ものかと・・・。

 

でだ・・・、「ナベサダ」に戻る。

「ナベサダ」というと、私の中では、静かなフルートの楽曲であるこの曲が一番深く印象にあるのだ。自分でも不思議だ。

音楽を聴いていると、その演奏テクニックや技量に惚れ込むこともあるが、「それだけではない」と感じることも多々ある。テクニックや技量だけに注目すればそれは僅かながら「不完全」に感じても、説明できない何かに魅力を感じ、引きつけられる音楽や演奏に出会うことがある。一つ言えるのは、「きっと、人の心に寄り添う音楽」だ。

 

渡辺貞夫の「PETIT VALSE POUR SADAO」は、そんな当時の私の心に寄り添ってくれていたのかも知れない。僅かながら不完全であるかも知れないが、それでも心に寄り添う音楽、そんな「今日の一曲」を紹介させていただいた。

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2017年

3月

27日

ライヴ報告(ほっと楽しやハートライヴ・第10夜)

一日空いての更新になってしましい恐縮です。

3月25日(土)、あたたか音楽空間『ほっと楽しやハートライヴ(第10夜)』は予定通りOpen。ライヴ会場はいつもの東京・阿佐ヶ谷の「ライヴ小屋 Next Sunday」さんにご協力いただいた。

 

2年前の3月から始めて約3ヶ月ごとに開いてきた自身の企画ライヴが、いろいろな人との繋がりで、お蔭様をもって10回目を迎えることができた。先ずはこのことに感謝。

(ライヴの主旨等は当ホームページの「プロフィール」にもあるので省略させていただく)

 

さて、今回の第10夜は、「少し異色な組み合わせにし過ぎたかな?」と想いつつも狙ってみてのことだったが、会場に足をお運びいただいたお客様が皆、好い時間・空間を過ごそうとされていて、素敵なお客様ばかりだった。こうした素敵なお客様にも恵まれ、とても好き(よき)ライヴの一夜になったかと思う。

 

ゲスト出演者には、ピアノ・インストゥルメンタルの「山西理彩」さん、ヴォーカル&エレクトリックギターの「弥勒のマル」さん、ヴォーカル&アコースティックギターの「ひらげエレキテル」さんをお招きして、出演していただいた。

毎回そうだが、大した打ち合わせもないのに、それぞれの出演者がライヴの主旨を理解してライヴを確りと繋いでくれる。この夜も、まったく異なるジャンルの音楽を奏でながらも、ステージは確りと繋いで次々へとバトンを渡してくれた。

 

で、最後に、いつものことだが自身が出演する。だから、とても緊張してステージに立つのだよ。そうは見えないらしいが・・・(笑)。

しかも・・・少し前のブログに載せた通り、現在「大スランプ」で、直前まで、正直、ステージに立つのが恐くて仕方がないほどにまで陥っていた。こんな経験は初めてだ。が、「大スランプ」と向き合って準備してきた姿そのままも見て聴いていただこうと決心・覚悟した。なので、なんとか、どうにかこうにかステージに立っていたのだ(汗)。

 

本番、一つ音を奏でれば、目の前のお客様に、ただ、ただ、届けるだけだった。これは何も変わらなかった。客席は、本当に熱心に聴いてくださった。盛り立てていただいて、拍手もいただいて、感謝、感謝だ。

 

お客様の雰囲気と3人の出演者のライヴの流れから本番直前にある決断をした。本番のステージではリハーサルとは異なる曲目・曲順に変更して届けたのだった。これもよかったのかも知れない。

もちろん、PA(音響)担当がレコーディングでも一緒に組んでいる沢田さんだから出来たのだけれど・・・。ほらね、いろんな人に助けられいる。

 

ライヴを終えて、「大スランプ」から少し前に進めた気がした。

そう、またここへきて、「人生のよき学びをしている」と。

 

それと、嬉しい話を出演者のひとり「ひらげエレキテル」さんがしてくれた。この『ほっと楽しやハートライヴ』で知り合ったアーティストさんと一緒にライヴをやることになって、「Next Sunday」で開くことになったそうだ。両者とも、私がこの企画ライヴで「Next Sunday」に連れてきたので、この繋がりが拡がりをみせていることはとても嬉しく感じた。

 

この日、PA(音響)担当をしてくれた沢田さん、私の知り合いの妹というだけで受付を担当してくれたNさん、「Next Sunday」の、みやこ店長、スタッフの今中さん、出演者の皆さん、この一夜、時間・空間を共有していただいた皆様にあらためて感謝申し上げる。

本当にありがとうございました。

 

で、ライヴでは申し上げられなかったことを・・・

3ヵ月ごと開いてきた『ほっと楽しやハートライヴ』だが、しばらく間隔を空けることにした。次回の予定は現在のところない。第11夜が開けるようになったら「ライヴ・スケジュール」に載せます。またいつか、『ほっと楽しやハートライヴ』のライヴ会場で皆様と再会できればと存じます。

(*この下にも当日の写真をアップしてあるよ〜)

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2017年

3月

21日

ライヴを訪ねて「松濱正樹さんのライヴ」

右の写真がCDジャケットではあるけれど、「今日の一曲」ではないよ。タイトル通りの「ライヴを訪ねて」だ。

 

昨夜の20日(月・祝)もそうだが、先週、先々週から仲良くさせていただいている方々のライヴがあちらこちらで続け様にあった。昨夜については数人の方のライヴが重なってもいたり、自身のライヴ・スケジュールとも重なって、こうした方々のライヴを訪ねる機会が少なくなっていて、勝手ながら絞り込んで訪ねさせてもらっている。

ま、ライヴを訪ねなかったからと言って、嫉むような方は交流しているミュージシャンの中にはいない(笑)。

 

さて、昨夜は一つ訪ねることができた。

兵庫県を拠点に全国を廻りライヴ活動されている「松濱正樹」さんのライヴだ。半年ぶりに会った。

その半年前のときと同じ、国分寺市にある立ち呑み屋「立瓶」でのライヴを訪ねた。

安くて美味い一品逸品を口にしながら、正直、狭苦しい(立ち呑みだものな)カウンターに立って約1時間のライヴを堪能させてもらった。

 

正樹さんの声量からしたら、この広さ(狭さ)ならマイクも要らないのだが、一応、ギターもヴォーカルもマイクを通しての演奏だ。ただ、この店の音は前回も思ったことだが、とても良質に感じる。

前回の客たちは静かに聴こうという客ばかりだったが、むしろ、この方がこうした処では珍しいのだが、昨日は立ち呑み屋らしく適度にざわざわした中でのライヴになった。正樹さんの演奏は、そこにも上手に寄り添いながらも自身のスタイルを入れ込む。「お見事!」と感心させられた。

 

上の写真は、昨年12月にリリースされた正樹さんの新作アルバム「愛」だ(全14曲収録)。これをライヴ後の帰り間際に購入した。

「何としても一緒にライヴをしましょう」と、お互いに約束を交わして、この日は別れた。9月頃に実現したい。

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2017年

3月

19日

今日の一曲㉕:シベリウス「交響曲第2番」(カラヤン、フィルハーモニア・オーケストラより)

「今日の一曲」の第25回目。久し振りの更新になってしまった。2週間ぶりだね。

今回は、シベリウス作曲の「交響曲第2番」を紹介しながらになる。

手にしているLPレコード盤は、カラヤン指揮のフィルハーモニア管弦楽団(当時の名)演奏で、1960年録音のものを1977〜1978年当時の最新技術で再販したものだ。

 

十代後半から二十歳を迎える頃まで、何十回と、このレコード盤に針を落としたことだろうか。本当に随分とお世話になった。

 

これまでの「今日の一曲」にも書かせていただいたが、丁度この頃は、様々な音(サウンド)や楽曲・音楽スタイルが生み出されて、最も音楽が満ち溢れていた時代であった。若さもあってか、こうした進化・発展し続けるポップス、ロック、ジャズ、フュージョン、テクノ、・・・とあらゆる音たちを興味もって聴いていた。また、振り返ると、こうした音たちを聴くことができたことが、とても幸運に感じる。

 

が、何かと自身の精神に関わる出来事とともにあったのはクラシック音楽だったように思う。

中でも、今日紹介のシベリウスの「交響曲第2番」は一番にそうだった。

 

なぜ、「シベリウス」なのか?「交響曲第2番」なのか?この盤を購入したときのことは、まったく記憶にない。

確かに他にも北欧系の作曲家やその作品に少々の興味がある方ではあるけれど・・・。???

「今日の一曲」では、あまり楽曲についての蘊蓄などは語らないようにしているが少しだけ触れてみるよ。シベリウスは御存知かと思うがフィンランドの作曲家だ。最も代表的な作品は、交響詩「フィンランディア」。フィンランドの人々が「第2国歌」と称賛するほどの曲だ。

だが、この曲でもなく、今日紹介しているのは「交響曲第2番」だ。

「静けさ」と「優しさ」が徐々に拡がり、「大きさ」と「力強さ」へと、そのスケールの雄大さと、確固たるエネルギーを、この楽曲からは聴くたびに感じる。おそらく十代後半の私もそう感じていたに違いない。

 

さて、自身の想い描いた通りには必ずしも物事は進まない。今なら自身の「感情をコントロール」して、そうそう簡単には「心が折れたり」もせずに、「次へと進む」こともできるのだが、中学生、高校生の頃はまったくもって情けないほどに未熟だった。小学校入学以来、学校のお勉強が10年半の間お馬鹿であった私も、その後は人生を見直す出来事があって、「生きる日々の総てを無駄にしない」と決心して大学へも進学するが、なかなか生きるにはそうは簡単でもなかった。思考も精神もまだまだ未熟であったことは変わりなかった。

そんなでもあって多感な年齢の頃だ。「心が折れそう」、いや、「心が折れた」ということが度々起きていたように記憶している。

そんなとき、このLPレコード盤をレコード・プレーヤーに置き、ゆっくりと針を落とすのだった。

第1楽章と第2楽章は「まあ、静観して見つめ直せよ。」と。第3楽章は「はい、はい、顔を上げてそろそろ前を見ようか。」と。そして、第4楽章からは「少しずつ、でも力強く、確りと、歩き出しみろよ。」と言われているかのように感じるのだった。

カラヤンの指揮がやや速めのテンポでもあり、当時のフィルハーモニア管弦楽団の冷静かつ豊かな響きも加わって、余計にそう感じたかも知れない。

 

未熟な若き10代後半を、支えて前に歩ませてくれた一曲、シベリウス作曲、「交響曲第2番」を、「今日の一曲」として紹介させていただいた。

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2017年

3月

16日

ライヴ報告(「日吉Nap」ありがとうの日)

30分以上のライヴだけでも何とか「ライヴ報告」を欠かさず載せたいと思っている。だが、1週間も過ぎての更新となってしまい、申し訳ない限りだ。

 

言い訳だが・・・新しいCDアルバムの制作が大詰めであったり、3曲ほど演奏のライヴが連日であったり、こちらが後回しになっている。まあ、音楽屋さんなのであってブロガーではないので、できればお許し願いたい(汗)。ダメ?

 

さて、ご報告のライヴは、3月9日(木)、「日吉 Nap」さんでの「ありがとうの日」と題してのライヴだ。これに出演させていただいた。

 

この日の出演者は出演順に、ヴォーカル&アコースティック・ギターで、「KAZ☆SINGING」さん、「葛西正志」さん、続いて、珍しい胡弓の演奏で、「与重安蕉」さん、そして4人目として私。

 

出演者それぞれ、ライヴのスタイルや演奏は勿論のこと違いもあって個性際立つライヴの一夜になった。が、それよりも、出演者どの方からも日頃からの音楽に対する真っすぐな向き合い方がステージ上で表れていて、自身の出番までの間に客席に居ながら、それらを感じ取れて、とても心地好い時間を過ごした。

 

最後の登場となった私めのライヴも、客席は熱心に耳を傾けていただいた御様子。皆様、ありがとうございました。

 

でも、自身では納得できる内容の演奏ではなかった。情けないが、そして、失礼ながら、「ごめんんさい」と言わざるを得ない。

もう、この1ヶ月ほど、自分の中では、これまでに経験したことないような不甲斐無い演奏をしてしまっている。「大スランプ」に陥っている。・・・そう思っている。まったくもって、自身に何が起きているのか見当がつかない状況なのだ。だから、「スランプ」なのだと思うのだが・・・。

この日のライヴ後は、他の出演者の方たちとも、あまり言葉を交わせないほどで、心折れながら、心で泣きながら、帰宅の途についた。

 

・・・と、男性がネット上にこうした内容を(泣き言等)載せると、さらに評価が下がるという研究データがあるそうだが(汗・笑)。

 

「大スランプ」も何か意味があって起こっていることなのだろう。

解決策が見当たらないのだから、とにかく日々、やれることを積み重ねるしかない。ただ、ただ、・・・だ。

練習も、ライヴ本番も、その他の時間を過ごす時も。

 

なんちゃって、心の奥底の何処かでは、「誰か助けてくださ〜い!」と、何かの映画ワンシーンのように叫んでもいるのだが・・・(汗・笑)。

 

3月25日(土)には、自身がプロデュースのライヴ『ほっと楽しやハートライヴ(第10夜)』もある。

「大スランプ」とも確りと向き合いつつ進むしかないな。

そう、逃げている暇はない。

「向き合って進む」のだ。

さあ、愛間純人、「大スランプ」と、どう向き合い乗り越えようとしているかの様を、よろしければ、お聴きいただきたく、ライヴ会場に足をお運びいただければと存じます。

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2017年

3月

05日

今日の一曲㉔:ビリー・ジョエル「ニューヨーク52番街」

「今日の一曲」シリーズもPCの不具合もあって少し間隔が空いてしまった。第24回目になる今回は、ビリー・ジョエルの「ニューヨーク52番街」だ。

 

以前にも「今日の一曲」の中で、ずうっと学校のお勉強というものが嫌いで苦手で、加えて向上心も薄く、高校進学もどうにかこうにか。そんな馬鹿者も高校2年生の夏過ぎたくらいから「高校生活の全てを無駄にすまいと」決心して、学校のお勉強も熱心にするようになったと、書いた。

 

超馬鹿者だったくせに・・・?、いや、超馬鹿者だったから、メチャクチャ勉強したのだ。それで大学に進学する。それも、当時最先端を行く分野だ。統計学やコンピュータ・プログラミングによる解析を中心とする学科へと進んだ。

アハハ・・・、これは誰も知らなかったのでは?想像すらできない?

 

年中、何時も、学内も学外も一緒にいるような仲間も割とすぐにできた。その中の一人、「タツヤ」とは、特に何とも説明ができないのだが、とにかく波長が合った。

タツヤはギター(アコギ)が上手かった。

彼がギターを弾く姿に刺激されて、少しだけギターを触ってみたくなって、簡単なコードの押さえ方やシンプルに繰り返すだけのスーリー・フィンガーくらいを時々教えてもらった。

石川啄木の詩を愛していたりの文学的な青年かと思えば、まぁ、生活全体はゆるく、仲間どうしの約束に時間通りに現れたりはしないし、製図の課題は定規も使わずにフリーハンドで描いても平気だった。これもある意味文学的か(笑)。それでも、周囲の誰もがそんな彼に人間的な魅力を感じていた。

きっと、ただのお気楽屋ではなかったという面もあったからだと思う。世の中や自身に起こる様々に、常に、「なぜ?」、「どんな意味があって?」を抱いているような彼とは、人生のあんなこんなを、一緒に過ごす少しの時間にも語りあったものだった。親友というべき存在になっていった。

 

タツヤは岡林信康から吉田拓郎などの日本のフォーク音楽にも詳しく、彼の自宅に遊びに行くと、そのあたりのレコード盤を度々聴かせてくれた。

ある時、彼には珍しく1枚の洋楽のLPレコード盤ジャケットを私に差し出した。そして、それを聴かせてくれた。ビリー・ジョエルのアルバム「ニューヨーク52番街」だった。

「これは好い!」と言う。タツヤにしては珍しい言動だった。いつもなら聴かせておいてから、「どう?」と控えめに感想を聴くのが慣わしだったからだ。

既にアルバムが発売されてから2年近くは経過していた頃のことだ。耳にしたことがある曲も収録されていたが、手に入れようとまで思うことは確かにそれまでなかった。で、聴かせてもらったこの時も、正直ピンとはこなかった。

 

が、タツヤのこの時の珍しい言動がいつまでも頭の中に残っていたからだと思う。さらに2ケ月程過ぎてからだったか、自身でレコード店で購入した。

当時は、ディスコ・ミュージック、テクノ・ポップも含めて、シンセサイザーの発達で電子楽器を多用したサウンドが溢れはじめていた頃だったが、このアルバムに収録された音たちは、それらとは一線を隔していた。

さらに月日は経過する。熱を帯びることもなく繰り返して聴くだけだったがそのうちに、ようやく、そんなことを感じるようになった。「頑固なほど時代に流されることない存在感ある音」に、やっと気付かされたのだった。この瞬間から、お気に入りのLPレコード盤の1枚になった。

 

振り返ってのことだが、一人の親友の深い感性が「なぜ?」、「どんな意味あって?」を問いかけ続けてくれて、私の感性をも磨いてくれたように思える。

 

さて、大学を卒業してから1年くらいの間は彼との交流も続いていたのだったが、突然、その後はパッタリ・・・。タツヤの居場所さえ不明のまま。探したが見つからない。何があったのだろうか? それとも、彼の自由気ままな部分が優先されて何処かで勝手に過ごしたくなってのことだろうか?

まさか、ニューヨークに居るなんて・・・ことはないだろうな(笑)。

 

親友との想い出と共に存在感ある音のアルバム、ビリー・ジョエルの「ニューヨーク52番街」を、「今日の一曲」として紹介させていただいた。

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2017年

3月

02日

ライヴ報告(阿佐ヶ谷「Next Sunday」で)

続けて、あらためてお詫び申し上げます。PCの不具合もあってブログが更新できずに、「ライヴ報告」も大変遅くなってしまっている。

今回は、2月24日(金)のライヴ報告だ。

東京・阿佐ヶ谷にある「ライヴ小屋 Next Sunday」さんに出演させていただいた。

出演順に、「藤原雄二」さん、でもって私、次が「村松飛鳥」さん、「涼夏彩」さんという顔合わせでのライヴとなった。

 

前日の「日吉Nap」さんでのスリーマン・ライヴもそうであったが、この日も、ヴォーカル&アコースティック・ギターで奏でる4者ではあったが、これまた表現方法がまったく異なる面白さが際立ったライヴの一夜になった。

まぁ、前日よりは全体的に上品だったかな?・・・って、前日が下品で悪かったとも言っていない。前日分の「ライヴ報告」を読めばお分かりいただける。

で、この日はこの日で、大変、楽しゅうございましたよ(笑)。

 

自身のライヴ中も、他の出演者のライヴを客席で聴くも、とても楽しい一夜だった。

ライヴ後も、出演者どうしで様々と話題があちらこちらに飛びながらも、やはり音楽中心の話題で、「こいつら(おっと失礼)、よほど音楽が好きなんだな」と思いながら楽しく会話させてもらった。

 

が、自身のライヴについて、楽しくもライヴをさせてはもらったものの、自身の中では全くもって不出来な演奏であった。客席はそう感じなかったらしいのだが、なんとも自身の胸の内は穏やかではいられないような最悪とも言えるものであった。これが原因の掴み切れないような事でもあり、厄介なことに陥っているところだ。

 

・・・と、このように、弱みや、不甲斐無さ、泣き言等をネット上に載せると、女性が載せた場合は、フォローをする意見や前向きなアドバイスも得られてその後も周囲からのサポートが強化される。一方、男性が載せた場合は、周囲からの好感度や評価が下がってサポートする人間が離れていくという研究データが明らかになっているらしい。

実際、そうだと誰もが思うだろう。

 

なので、これ以上の中身は書かない(笑)。ま、愚痴にしかならないからね。

とにかく、翌日から早速、練習中も生活全体を通しても、技術的な面、マインド的な面、あらためて自身と向き合って再チェックし直して取り組めることから取り組んでいる。

 

何度も痛い目に遭いながら、これらを乗り越えてきたオジさんも、しばしばやってくる試練に心痛めて逃げ出しそうにもなるのだよ。

が、ただでは済まさない。

「一歩進んで二歩さがる」という感じも「進化」の一つと受け止めている。少々の楽観さは必要と考える。

 10分~15分の出演ライヴも含めると、日々、次々とライヴをこなす毎日だ。やれることは完全でなくてもやってみて、一歩でも半歩でも進むのだ。「前進、前進」、それだけだ!

 

この一夜も共に過ごしてくれた皆様にあらためて感謝申し上げます。ありがとうございました。

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2017年

3月

02日

ライヴ報告(「日吉Nap」でスリーマン・ライヴ)

PCの不具合もあってブログへのアップが大変遅くなってしまった。

今回は2月23日(木)の「ライヴ報告」だ。

 

横浜は日吉にある「日吉Nap」さんに出演させていただいた。

出演順に、「夢路」さん、「あおいあお」さん、で、私と、スリーマン・ライヴとなった。

ヴォーカル&アコースティック・ギターで奏でる3人ではあるが、その表現方法、発信される音楽はまったく異なるもので、3人の個性が色濃く表れたライヴであったかと。

加えて、その人の姿勢であったり、覚悟みたいなものであったり、人となりなるものは、ステージ上で確りと表れるものだなぁ〜と印象付けられるライヴでもあったかと思う。

まぁ、とても、とても、楽しゅうございましたよ。

 

この日は、横浜方面は急に気温が20℃ほどまで上がったとか。自宅を出るときはコートにマフラーまでして出たのに、横浜方面に近づくほどにマフラーを外して更にコートも脱ぎたくなるくらいだったが、手元が荷物で増えてしまうので仕方なくコートは前側だけを開けるだけにして我慢した。

 

と、暖かな陽気でオジさんの身体全体は楽になるのだったが(笑)、僅かに花粉症の症状が・・・(汗)。喉のイガイガ感に加えて鼻水が出はじめた。

花粉症のこの時期、お客様側では歌声の違いもあまり感じないらしいが、歌う側は正直少々歌いにくい。が、この日のライヴは、そこまではにはならず、まずまずだったかな。

 

さて、ライヴ後も3人とマスターを交えて音楽談義。自身らの音楽活動経験やら、何故か80年代ころの音楽やミュージシャンを話題に、これもまた興味深い話題と共に楽しい交流の時間となった。

 

好い(よい)一夜になった。

この日に出会った全ての方々に感謝申し上げます。ありがとうございました。

(*この下にも写真があるよ)

(*続けて、2月24日(金)の「Next Sunday」さんでのライヴ報告を)

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2017年

2月

16日

今日の一曲㉓:F・シュミット作曲「ディオニソスの祭り」(パリ・ギャルドより)

「今日の一曲」の第23回目。『イチ推し』の一曲を紹介する。

 

紹介の音楽もその時代も、それにまつわるエピソードも、時系列に順序良くは並んでおらず、あちらこちらと飛び回りながらで恐縮ではあるが・・・、今回もそうなる(汗)。

 

第11回目では、指揮者ミュンシュとパリ管弦楽団から「フランスの音」について、第18回目では、現代音楽作曲家の作品への興味から「吹奏楽曲」を、第19回目では、「フランス式とドイツ式のクラリネット」に触れた。

 

これらのことが重なってのことかと思う。この曲と出会うべくして出会った感じさえする。大げさか・・・(笑)。

 

今回、第23回目では、フランスの吹奏楽曲として『イチ推し』の曲を紹介させていただく。

F・シュミット作曲、「ディオニソスの祭り」、通称「パリ・ギャルド」こと「ギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団」の演奏のものだ。

作曲者と楽曲、演奏者、そのすべてが「フランス」だ。

 

吹奏楽ファンなら御存じの曲ではないだろうか。

 

20世紀初頭のフランスの作曲家フローラン・シュミットが、「パリ・ギャルド」による演奏を想定して書き上げた曲、それが、「ディオニソスの祭り」だ。

ギリシャ神話に登場する「酒の神・ディオニソス」の話をモチーフにしたらしいが、ユーモアさ、静寂さ、熱狂ぶりが描写された作品だ。まぁ、このあたりの蘊蓄は専門家に任せよう。

 

私的には、楽曲が表現する音たちに、「フランス語言語の発音やリズム」、「フランスの文化」の匂いを感じる。

この楽曲を、フランスを代表する吹奏楽団「パリ・ギャルド」が演奏することで、特に、木管楽器群は、クラリネットもフランス式、低音木管楽器の一つもドイツ式のファゴットではなく、フランス伝統のバスーンで演奏されている。まさに、「フランスの音」が鳴り響いてくる音楽だ。

今、興奮して書いているのが分かるかな(笑)。

珍しく楽曲や演奏者の紹介が長めだぞ(笑)。

 

さて、この曲との出会いは、「今日の一曲」シリーズをここまで読まれてきた方は想像がつくかと思う。社会人1年目、2年目に痛い目に遭った後に廻ってきた幸運で、まだまだ若く未熟者ではあったものの、徐々に社会人として自信を持ち始めた頃だ。充実した日々が感じられるまでになっていた。

 

はじめは、吹奏楽コンクールで優秀な成績を受賞した学校や団体の演奏を収録した当時はLPレコード盤があって、その中で、「ディオニソスの祭り」という曲を知った。楽曲について調べると、なんと、「フランスもの」ではないか。当時までに培った音への興味と一致したのだった。

が、コンクール用に演奏されたものは、曲の一部をカットしたものだということを、少し経ってから知った。で、カットされていない全曲収録のものをレコード店をウロウロと探し廻るが、なかなか見つからない。現在のようにインターネットなるものがあれば、直ぐに、手が尽くせたであろうに・・・、残念。この時は手にすることができなかった。

ラジオで聴いたり、その後もコンクール演奏の「ディオニソスの祭り」を聴く機会はあったが、レコード盤を手に入れることはできなかった。

ただ、「パリ・ギャルド」の演奏のものがあることが調べて分かり、何がなんでも、これを聴きたいという想いだけは増していた。

 

時はあっという間に経過する。時折、レコード店に立ち寄る度にチェックはしていた。もう、そのほとんどは、LPレコード盤ではなくてCDが店頭に並ぶようになっていた。

お目当てのLPレコード盤ではなくその復刻版としてCDになった盤が2003年に出された。それを、ようやく手に入れた(上の写真)。10年以上が経過していたというわけだ(笑)。

 

2003年というと、病気はすでに発症していた。

暗くならないで欲しい。現在は元気なのだから。

何とか身体をごまかしながら新しい仕事にチャレンジしていた・・・つもりであったが、限界は目の前で、社会からの最初のリタイヤが待ち受けていた。

 

それでも当時、このCDを聴きながら(バッハの「トッカータとフーガ」なども収録されている)、そして、すべてがフランスの音で奏でられた「ディオニソス祭り」を聴いてはワクワク出来たように思う。

日々の充実感を感じながら若さに任せて仕事をしていた頃の記憶とも重ねていたのかも知れない。

このときに、自分自身にも、身近な周囲の人たちの想いにも、もう少し深く寄り添うようにしていたなら、厄介な病気を招くこともなかったのかも知れない。現在から振り返ると、そう感じる。

 

さらに時は進んで、現在。変わらずこの曲は、大のお気に入りの一曲だ。何度もクドイが(笑)、なんてたって、「フランスの音」が詰め込まれているのだから!

 「フランス」と「独創性」と「吹奏楽」を堪能するなら、『イチ推し』の一曲であることは間違いない!

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2017年

2月

11日

今日の一曲㉒:ビー・ジーズ「失われた愛の世界(Too Much Heaven)」

「今日の一曲」の第22回目。

前回(第21回目)からの流れそのままで、続けて洋楽を。

Bee Gees(ビー・ジーズ)の「Too Much Heaven(失われた愛の世界)」だ。

 

同級生の素敵な女子のお蔭で洋楽を聴くようになって音楽の世界が拡がった中学生も(前回の続きより)、どうにかこうにか高校に進学する(汗)。中学校を卒業して社会で働く覚悟など到底持ち合わせてもいなかったが、高校へ入学する然したる目的も本当のところはなかった。

・・・という自覚さえもなかったのかも知れない。こうするしかないという漠然とした高校生活が始まる。

 

「今日の一曲」では、これまで、矢野顕子、坂本龍一、山口美央子の音楽に触れて「テクノ・ポップ」について取り上げたことがあったが、その2〜3年前のことだ。日本でも、欧米でも、「ディスコ・ブーム」が湧き起こる。当然、音楽界は、「ディスコ・ミュージック」、「ディスコ・サウンド」で、にぎわっていた。

 

高校時代は、この頃だ。

 映画「サタデー・ナイト・フィーバー」が上映ヒット。Bee Geesもアルバム「サタデー・ナイト・フィーバー」がサウンド・トラックのLPレコード盤としては異例の大ヒットに。

 

と、世間があまりに騒ぎ立てるものに直ぐには喰い付かない。当時から、この少々ひねくれた性質(性格)を身に着けていたらしい(笑)。

 

このLPレコード盤には手を出さずに、この後のBee Gees が音楽アルバムとしてスタジオ録音した「失われた愛の世界(日本タイトル)」(欧米タイトルは「SPRITS HAVING FLOWN」のようだ)を求めてレコード店へ(上の写真)。

 

アルバムに収録された曲は、それでもディスコ・サウンドのものが目立ってもいるが、これらのディスコ・サウンドの曲もご機嫌な楽曲であったせいか、むしろ、A面の2曲目に収録されたバラード風の曲に耳が奪われた。

「失われた愛の世界(Too Much Heaven)」だ。

 

このLPレコード盤を買って知ったことがあった。この曲は、国際児童年のユニセフ・コンサートの出演に併せて、この曲によって得られる印税をユニセフ基金に寄付するというものだった。

 

アホな高校生も(何度も書いてしまうが、ホント、アホだったのだよ(笑))、少しだけ社会や世界で起きていることに関心を向ける一つの切っ掛けになった。音楽が人々の精神に響いたりして影響を与えるだけでなく、ビジネスとして経済的にも社会貢献になる手段になり得るのだと・・・。

社会や世界で起きている色々な出来事に、そんなことを感じて考えるようにもなったのは、この曲の存在と役割りを知ったことに始まったと記憶している。

 

高校生時代に様々なことが目の前で繰り広げられることになるのだが、高校2年生の夏過ぎてからだ・・・。

高校生活を、「決して無駄にすることなく一生懸命に生きよう」と心に決めたのだった。まだまだ甘っちょろかったかも知れないが、学校の勉強も、部活動も、「自分ができることを精一杯」との思いの高校生へと変わっていくのだった。

詳しい事の成り行きは、今後また何かのときに触れることだろう。

 

16歳、17歳、まさに大人の階段を、誰もがこうして一段一段ずつ昇っていくのかと、今、「失われた愛の世界(Too Much Heaven)」をレコード・プレヤーの針を落として聴きながら、当時を振り返っている、・・・そんな「今日の一曲」を紹介させていただいた。

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2017年

2月

09日

今日の一曲㉑:クイーン「ボヘミアン ラプソディ」

「今日の一曲」の第21回目。

ここのところ、クラシック音楽(しかも古典もの)が続いたので、今回は、イギリスのロックを紹介させていただく。

 

もう多くの方がご存じであろうQueen(クイーン)の「BOHEMIAN RHAPSODY(ボヘミアン・ラプソディ)」だ。

Queenの4枚目のアルバム「A Night At The Opera(オペラ座の夜)」に収録された曲だ。CDになって復刻盤が出されてもいるが、正真正銘のLPレコード盤のものだ(上の写真)。何?少し偉そうにして・・・(笑)。

LPレコード盤ではB面の4曲目に、この曲はある。

 

皆様の多くがご存じなので、今更、Queenについても、「BOHEMIAN RHAPSODY」そのものについても語らないが、私的にはやはり外せない一曲になる。

 

中学生時代だ。

勉強もできて、運動もできて、美人で・・・というような女子が同級生にいて、少し憧れていた。その彼女が洋楽を好んで聴くということを、当時、クラス内で班日誌というのがあって、たまたま彼女と同じ班になったことから、その班日誌なるものに書いてあるのを読んで知った。特にカーペンターズが好きだったらしいのだが・・・。

 

中学生男子だ、わかるだろう。誰もが憧れるような存在の女子が洋楽を聴くとなれば、否が応でも好奇心はそちらに向かう。ホント、中学生男子なんて幼くてアホだなぁ〜。あっ、失礼、私がそうだったということだな。

で、洋楽を聴き始めた。

笑えるか・・・、当時の本人は真剣だ(笑)。

 

 

土曜日の昼過ぎと、もう一つは夜だったように思うが、洋楽のベストランキングなどを紹介するラジオ番組があった。当時だから、「ラジカセ」だ。

現在ならスマートフォンを親にせがんだりするのかも知れないが、当時は中学生になったら、「ラジカセ」だ。そのラジカセで、ほぼ毎週欠かさず聴いていた。

カーペンターズ、ジョンデンバー、ベイシティローラーズ、オリビアニュートンジョン、ジョンレノン、ポールマッカートニー、ビージーズ、エルトンジョン、イーグルス、少し後だが、キッス、アバ、スティービーワンダー・・・・などなど、沢山の音楽に触れることができた。

それまでは音楽を聴くとなれば、クラシック音楽ばかりが中心で、日本のフォークや歌謡曲を少し聴く程度だったので、当時のラジオからの洋楽探索は大いにそんな中学生を刺激してくれたと思う。

 

中でも、印象的であったし、刺激的であった音楽が、Queenの「BOHEMIAN RHAPSODY」だった。それまで聴いてきた音楽とは明らかに違って聴こえた。

「えっ?・・・これロック?」というような曲の冒頭部分に引きつけられて、やがて、「おお、ロックだ!」という後半に入る。新鮮だったのもあるが衝撃的に聴いた記憶がある。

 

ラジオでは何週にも渡って1位にランキングされていたが、曲が長めで一曲まるごとはなかなか聴けない。小遣いを貯めてから、ようやく手にしたのが、この曲が収録されたアルバム「A Night At The Opera(オペラ座の夜)」だった。

 

そのうちに、昼休みの校内放送でも、放送委員会が校内の音楽ランキングを流すような企画が設けられて、Queenのこのアルバムの中の曲も「BOHEMIAN RHAPSODY」をはじめ、校内に流れるようになった。

 

中学時代の学校のお勉強となると、音楽と美術の成績は良く、体育は種目によって良いときもあったが、他の教科は・・・えへへ(汗)。

そんなだったが、英語だけは少しでも勉強したいと思って授業中を過ごした。

洋楽のお蔭だ。

いや、違った、何もかも万能だった少し憧れた女子のお蔭だな。

 

どうだ、オジさんにも、ほのぼのとした中学生時代があったのだよ(笑)。

 

が、真面目な話だ。英語だけでも勉強したい気持ちで授業中を過ごそうと、中学校に通っていたことは、ある意味、幸運なことだったと振り返る。

人間、十代くらいの年齢だと大抵がただ安易な方に流れる。少し苦手だと感じるものがあれば簡単に逃げてしまうものだと思う。ほとんどの者はそんなものだ。

だから、小学校や中学校、もしかすると現代の社会では高校もだと感じるが、学校というところは、もっと、もっと、生徒と先生が意思を疎通させながら触れ合って学べる場であるべきだ。先生も事務作業に追われて忙しいらしいが・・・。生徒も、「生き方」の何らかを指し示す大人は周囲におらず、自らへの向上心が薄れているらしい。闇雲に生きている中学生・高校生が多いのでは・・・?

ここで、教育論を述べるつもりはないので、そろそろ止めておこう。

 

ま、学校の勉強はあまり好きではなかったが、中学時代、学校は居心地の悪い場ではなかったように思う。洋楽にも興味をもてたし・・・(笑:素敵な女子のお蔭だけど)、それで音楽の楽しみ方がずうっと拡がったわけだから。やはり、幸運だよ。

 さて、少しだけ甘酸っぱい感情と共に、刺激と衝撃を印象付けた音楽、Queenの「BOHEMIAN RHAPSODY」を、「今日の一曲」として紹介させていただいた。

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2017年

2月

06日

今日の一曲⑳:ハイドン作曲「弦楽四重奏曲 作品64の5(ブダペスト弦楽四重奏団より)」

「今日の一曲」も第20回目になった。

 

さて、前回、第19回目の「今日の一曲」で、「クラシック音楽は様々聴くがモーツァルト、ハイドン、ベートーヴェンなどの古典のものはあまり好みではない・・・」というようなことを書いてしまったのだったが、「いやぁ〜、失敗した」と思った。

 

なぜなら、今回ご紹介するのはハイドンの曲だ(笑ってごまかすしかない)。

そう、大切なLPレコード盤の存在がここにあるのだった。

ハイドン作曲、「弦楽四重奏曲 ニ長調 作品64の5」で、ブダペスト弦楽四重奏団の演奏のものだ(上の写真)。

勤めていた職場の先輩から、この貴重な盤を、何んと、いただいた。

 

34歳のときだ。これまでの「今日一曲」に書いてきた例の職場だが、離れることを決断した。

 この職場でのことを読まれていない方は、「今日の一曲」の ⑫(12月17日)、⑬(12月27日)を、宜しければ覗いてみていただきたい。

 

結局、11年間勤めて離れることにした。

 

この3年前に、救世主でもあり、この業界で生きる為のあらゆるknow-howを叩き込んでくれた心から尊敬する例の人も、既に定年退職を迎えられて、既にここから離れていた。

現場の長が替わると、かつてほどではないが、またまた落ち着かないことには少しだけなっていた。が、社会人一年目の頃とは違って、お蔭で力を着けさせてもらって、そんなことの殆んど事は解決する力量も備わっていた。大した問題ではなかった。

 

この備わった力量を、少し違う環境で試したくなったのだ。

飛ぶ鳥落とす勢いの若ゾウが少々勘違いをして自惚れながら選択した「無謀なチャレンジ」というわけだ。

どうだ、馬鹿者としか言えないだろう?(笑)。

 

職場の皆と別れる数日前だった。

この先輩職員から「これ、あげますよ。」と、差し出されたのが、この貴重なLPレコード盤だった。

 

1947年の録音のものを、1990年頃に当時のCBSソニーが新技術で実際の音に近づけて復元させた言わば復刻盤のLPレコードだ。確かに、弦楽器の響きに古さを感じないで聴くことができる。ブダペスト弦楽四重奏団の名演がここに再現されていると言って良い思う。

 

ハイドンというと、お堅いイメージもあってあまり好まないのだが・・。お許しを、あくまでも個人的な感覚だ。

音の構成や構造を理論的に追及することを中心に置いて、作品を創り上げていたという。交響曲にしても、今回紹介する室内楽曲にしても、この理論に基づくアレンジ力は響きとしても完璧で見事に感じる。そのチャレンジ精神には情熱があってこそだとも思う。ハイドンという人の存在がなければ、その後のベートヴェンの名曲も、更にその後のアレンジ力・オーケストレーション力でもクラシック音楽の専門家やファンから評価の高いブラームスの作品も生み出されなかったであろう。

 

ハイドンの情熱と功績は認めつつも、そこに計算外の自由さと遊びが無く感じて、いまひとつ、なのだ。

 

が、交響曲などの大編成のものとは違って弦楽四重奏曲のような室内楽のアンサンブルとなると、この精密な音の構成力は、こんな偏見野郎にも心地好さを届けてくれることに気付かされた。当然、ブダペスト弦楽四重奏団のアンサンブル力による響きの良さも相まって心地好さが伝わってきたのだろう。

 

この盤のA面には。作品76-3、別名「皇帝」が収録されていて、これもまた心地好い。が更に、B面の作品64-5、別名「ひばり」とも称されるこの曲からは更なる豊かさを感じ得て心地好い。

 

なぜ、先輩が、これほどまでに貴重な盤をくれたのかは不思議でならない。この先輩、一年目の私が派閥争いを無視していたら干されてしまったときに、私を追い出そうと企んだ側にいた人であった。救世主の登場にその後、彼の心もすっかり入れ替わったのか、生き残るために外見の態度を転じただけだったのかが分からず疑い、あまり近づかなかった。親しくはできなかったのだ。

それがなぜ?・・・という謎は、現在もわからない。

ただ、先輩も、仕事自体には厳格な人で、この部分では学ぶ点は多々あった。ある意味、尊敬できる部分も感じられる人ではあった。

 

いずれにしても、当時の選択が「無謀なチャレンジ」だということは、周囲の人たちも当然思っていたことだろうが、勘違いと自惚れの若ゾウも心深いところでは分かっていたはずなのだ。その証拠に、不安だらけだったことも確りと記憶している。

 

ハイドンの淀みない精密な音の構成の上に成り立った「弦楽四重奏曲 ニ長調 作品64-5(別名:ひばり)」が、勢いだけに任せたチャレンジをしようとしていた若ゾウを、冷静に幾らかばかりか整えてくれようとしていたのかも知れない。そこにある不安も落ち着かせてくれたに違いない。残る記憶の中ではそうだ。

 

「さあ、足を確りと地に着けて、新たな一歩だ。」

と、仕事には厳格な先輩も、ハイドンのこの一曲も、そう伝えたかったのかも。

 

「今日の一曲」の第20回目は、ここまで。

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2017年

2月

04日

今日の一曲⑲:モーツアルト作曲「クラリネット協奏曲K.622(カール・ライスターより)」

「今日の一曲」の第19回目。クラシック音楽のLPレコード盤を取り上げての話は、これまでも割合として多めではあったが、古典の作品を紹介するのは今回が初めてだ。

 

実を申しますと(何あらたまってんの?)、クラシック音楽も様々聴いてはおりますが、モーツアルト、ハイドン、ベートーヴェン・・・は、あまり好むものがなく・・・。これらの音楽ファンの方は怒らないでもらいたい。音楽評論家でもなんでもない、ただのオヤジの好みなので。

 

さて、こんなオヤジにも若い時はあったわけで、高校生時代にさかのぼって紹介する曲は、モーツアルト作曲、「クラリネット協奏曲K.622」だ。

この曲も、LPレコード盤とCDとで合わせて4枚持っているが、ここで紹介するのは、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、ベルリンフィルハーモニー管弦楽団、クラリネット奏者はカール・ライスターの演奏で、これを収録したLPレコード盤だ。

真にオールスター大集合という組み合わせの「クラリネット協奏曲」だ。

 が、興味をもったのは、クラリネットという楽器の音色だった。

 

このLPレコード盤を手に入れる少し前、高校生1年生のときだ。

当時住んでいた東京の田舎方面(笑)の自宅からであっても、在来線の電車で30分ほどで行けるところには少し大きなホールがあって、日本を代表するクラリネット奏者の村井祐児さんのリサイタルがあった。よくチケットが手に入ったものだ。記憶がない・・・チケット代はどうやって払ったのだろう?モーツアルトの「クラリネット五重奏曲」がプログラムのメインだったと思う。

このリサイタルが切っ掛けで、マイブームがクラリネットということになった。

 

なんだろうか。クラリネットの音って、何かをそっと包んでくれるような感じに思えた。それも、神経質にではなく、どこかユーモラスもあって。

高校時代、なんだか冷めてたからなぁ〜(笑)。心奥では何か欠如して求めていることが多々あったのかも知れない。

 

もちろん、マイブーム中に、モーツアルトの「クラリネット五重奏曲」をレコード店で買い求めたこともしたが、今日紹介のオールスター大集合のLPレコード盤で(上の写真)、当時の高校生は、更に、クラリネットの音色にハマっていった。

 

カラヤン指揮で、ダイナミックスのレンジが他のものとは一段階違うようにも思えたが、もっと惹かれたのは、カール・ライスターが演奏するクラリネットの音色だ。

明らかに、それまで聴いてきたものとは異なる。・・・って、16・17歳だ、たかが知れているのだが(笑)、そう思ったのだよ。生意気にも。

 

少し後になってから知ったことだが、クラリネットというのは、「フランス式」と「ドイツ式」の2種類があるということだ。

日本人のクラリネット奏者の多く、または、中学校や高校の吹奏楽部の人たちが吹いているのは「フランス式」。だから、どうしても日本では「フランス式」のクラリネットの音を耳にする場合が圧倒的に多いのだった。ところが、カール・ライスターが手にしているクラリネットは、「ドイツ式」だ。

 

より透明感と静寂感、温かみとほんの僅かに重厚な落着きと芯を感じる。「いやいや・・・これがクラリネットの音色かぁ!」と、一種のカルチャーショック的な衝撃を受けた憶えがある。

以来、カール・ライスターと「ドイツ式」クラリネットが、マイブームへと発展していったことは言うまでもない。

 

あれ?「フランス式」のクラリネットの音色も好きだよ。誤解なきように(笑)。現在は、「フランス式」のクラリネットの音色の好さも味わって聴いている。当時の高校生の馬鹿ガキの感じ方を再現しているので配慮なきことがあれば許してやって欲しい。

 

さあ、一気に12・13年の月日が経過して、社会人にもなって仕事にも勝手に自信をもち始めていた30歳くらいのときだ。

カールライスターが来日。東京・上野で、円熟のカールライスターの演奏を、それも、生の演奏で、やっと堪能することができた。高揚しながらもどこか鎮めた心持ちで会場の席に居た。

「ああ、クラリネットの音色のような人になりたい」、少しおかしい(変)か?・・・でも、ようやく少し大人になり掛けた若ぞうは、そんなことを想った。

 

 結局、「今日の一曲⑲」は・・・、ん?・・・、モーツアルトにも、カラヤンにも、ベルリンフィルにも触れてない?そうかも知れない(笑)。

ドイツ式クラリネットとカールライスターが奏でるクラリネットの音色の話だけ・・・。

「クラリネットの音色のような人」とは、未だかけ離れた人が書いたブログでした。大変、失礼をした(汗)。

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2017年

2月

02日

今日の一曲⑱:J・シュワントナー作曲「・・・そして、どこにも山の姿はない・・・(武蔵野音楽大学ウィンドアンサンブルより)」

「今日の一曲」の第18回目。今回は初めて吹奏楽曲を紹介しよう。中でも少しマニアックなものになるかな・・・。

 

J・シュワントナー作曲、「・・・そして、どこにも山の姿はない・・・」という曲だ。これを、しかも、『武蔵野音楽大学ウィンドアンサンブル』の演奏で、1979年~1981年の定期公演からセレクションしたものがLPレコード盤に収録されたものだ(上の写真)。

 

このLPレコード盤を手に入れたのは、この「今日の一曲」の第12回目(昨年12月17日)で坂本龍一の「SELF PORTRAIT」、第13回目(昨年12月27日)で武満徹の「ノヴェンバー・ステップス」を紹介したことがあるが、その頃ではあるのだが、その丁度間と言った方がより正確かも知れない。

これらを既に読まれた方は、社会人になりたての若ぞうがどんなことになっていたかを御存じかと思う。今なら、とても貴重な体験をしたと思える、その頃だ。

 

当時は若かったから、あの状況の中で、「どう生きていけば良いのか」、「どこに向かって歩んで行くべきか」、もう分からなくなっていた。ただただ、生活するために得られた機会を逃すまいというだけであったように思う。

3つのアルバイトを掛け持ちではあったが、それぞれ少しずつしか仕事がもらえなかったので、時間だけはあった。本を読み、仕事に繋がるかも知れない専門分野の勉強にほとんど費やした。が、やはり、こうしたことが役立つのかの確信はまるで持てないでいた。

 

幼少の頃からクラシック音楽(古典やロマン派)や洋楽・邦楽のポップス、中学生くらいからはロックやジャズ、フュージョン系音楽なども加えて聴いていたが、この頃から、徐々に現代音楽作曲家たちの作品に興味を持ち始めていた。そこで、現代音楽の色々を、幅広く手っ取り早く触れるのに好都合に思えたのが、吹奏楽曲だった。当時の私の感覚ではだよ(笑)。

 

今でこそ、全国コンクールなどで金賞を受賞するような高校の吹奏楽部がCDを出して販売もしているが、当時は、日本では唯一プロの吹奏楽団は「佼成ウィンドオーケストラ」だけで、アメリカの「イーストマン・ウィンドアンサンブル」、フランスの「パリ・ギャルド・ウィンドアンサンブル」くらいだった。しかも、海外のものはあまり入荷されていなかったのだと思う。手に入らなかった。

 

で、またまた「ジャケ買い」な感じでレコード店でのお得意の自分の手で行う検索作業だ(笑)。・・・意味不明なら、「今日の一曲⑰」をお読みいただきたい(笑)。

 

見つけ出したのが、「武蔵野音楽大学ウィンドアンサンブルVol.2」のレコード盤だ(上の写真)。そのB面の3曲目に収録されたのが、ジョセフ・シュワントナー作曲、「・・・そして、どこにも山の姿はない・・・」だ。

J.シュワントナーが「イーストマン・ウィンドアンサンブル」のために1977年に書いた楽曲。詩人キャロル・アドラーが書いた「アリオーソ」という詩をもとに作曲したとされている。

管楽器・打楽器の通常の吹奏楽編成に加えて、ピアノ、人の声や口笛、それと面白いのが、水をいれたクリスタル・グラスの淵を指でこすると音が鳴るは御存知かと思うが、音程の異なるクリスタル・グラスを7つ用いている。

神秘的な感じと、やや悲愴感が漂っている印象の楽曲だ。金管と打楽器群の大胆さと、クリスタル・グラスやピアノによる効果で冷淡な感じが繰り返される。吹奏楽曲ならではの響きが感じられる。

 

「悲愴感が漂っている」は、当時の心情がそう感じさせたことかも知れないが・・・。余計な情報だったか(笑)。

 

少々やり場のない想いで過ごしていた当時としては、この曲が妙に心地好く感じたのを記憶している。

「やり場がない想い」とか言いながら、こうして音楽から心地好さを感じながら過ごしていたのだと、今から振り返ってみれば、何て事はない。

 

悲観的に社会や人生を眺めていたときでも、とにかく目の前を歩むことだけは止めないで良かったと振り返る。

 

こうした心持ちの中であったからこそ、マスメディアに乗っかっている音楽や既成の音楽に飽きていたのだろう、現代音楽家の作品に何かを欲して求めていたように思う。お蔭で、吹奏楽曲や武満徹の音楽など新たな聴きなれない音楽たちと、この後、数々出会うことになる。

 

ネガティヴな感情に入り掛けながらも、辛うじてバランスを保ち救ってくれた音楽の一つであったと感じる。吹奏楽曲、J・シュワントナー作曲「・・・そして、どこにも山の姿はない・・・」を、「今日の一曲」として紹介させていただいた。

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2017年

1月

30日

隠れ家Cafeへ(笑)

今日は突然にスケジュールが空いてしまった。で、お気に入りのカフェの一つへ。最も近いところにあるカフェだ。5分~10分では無理だが歩いては行ける。

 

マスターが丁寧に淹れるコーヒーと、ママさんがイギリス・コッツウォルズで習得した本場仕込みのスコーンを注文。器はいずれも自家製で、お二人ともに陶芸教室で教えるほどだ。

 

ここは、「Cafe-yokotan」。

 

いつもに増して、ゆっくり過ごさせてもらった。JBLのスピーカーから鳴るジャズを聴きながらだ。

 

自身の音楽活動についても考えていた。

他人様にお役に立てることが、まだあるのではないか?・・・、自分が楽しむだけで終わっていないか?・・・、何故にそれを目指すのか?・・・などなど、と。

 

マスターも最近お気に入りだという「EVA CASSIDY」を、特別に聴かせてもらって、「音楽の心地好さ」ってなんだろう?・・・なんてことも漠然とだが考えながら、でも癒されながら過ごさせてもらった。

 

こんなふうに過ごしているときにマスターは話し掛けてこない。ありがたい。

こんな時間を与えてもらってこそ贅沢というものだ(笑)。感謝、感謝。

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2017年

1月

29日

今日の一曲⑰:山口美央子「コードCの気分」

1月9日以来の久しぶりの「今日の一曲」だ。第17回目になる。

今回紹介する音楽は、おそらく御存じの方は少ないかと・・・。山口美央子のアルバム「Nirvana」から「コードCの気分」という曲だ。

 

第8回目(2016年11月26日)で紹介した矢野顕子の「いつか王子様が」とほぼ同時期に手にしたLPレコード盤だ。コンピュータの目覚ましい技術発展に伴って、テクノ・サウンド、エレクトロニクス・サウンドが音楽のあらゆるジャンルに渡って盛んに試みがなされていた80年代前半の頃だ。

 

当時、矢野顕子さんのことも断片的にしか知らず、ほとんど「ジャケ買い」だったと書いたはずだが、山口美央子さんについては、何の情報も入れないまま、100%の「ジャケ買い」だった。

ちなみに申し訳ないが、山口美央子さんについては未だに何者なのか存じ上げない。

 

さて、レコード店にフラ~っと入って、LPレコード盤ジャケット一枚一枚を、4本の指はジャケットの裏側に当てて親指の先とで軽く挟んで摘まみ、これを引き上げる。やさしく、素早くだ。そして、ひたすら繰り返す。

 

インターネット検索もなく、アナログ・レコード盤は視聴するわけにはいかない。そんな時代だ。音楽雑誌やテレビまたはラジオからあまり情報が得られないような音楽は、こうして自分の「直感」で探し当てる。

言ってみたら、自分の「直感」だけで選択した音楽を聴こうとするのに、2,000円〜3,000円のお金を出して買うのだからスリルこの上ない楽しみの一つなのだ。

 

これまでも書いてきたが、CDの時代以降、ましてや、ネット社会になってからは、こうした楽しみが無くなった。・・・と、またもや愚痴る(笑)。

 

で、山口美央子のアルバム「Nirvana」を手にした。

レコード・プレヤーに乗せて針を落とす。

『テクノ・ポップ&ロック&昭和歌謡』といったところだろうか。まあ、全体のサウンドは、80年代前半のテクノ・サウンドとロック・バンドが融合した音だ。収録された9曲が多彩で、ポップス、ロック、昭和歌謡・・・風な感じに、メロディ・ラインや歌詞が様々な色に変えて聴かせてくれるのだった。

 

中で、今日紹介する「コードCの気分」は、これらが丁度バランス良く総てをミックスしたようなテイストの楽曲だ。何色もの色が一曲の中に盛り込まれてバランスの良い配色が面白く楽しい曲だ。これが、A面の2曲目にある。

 

ここで、平成生まれの諸君、アナログ・レコード盤にはA面とB面があるのだ。この良さを理解できるか・・・(笑)。でも、最近は、わざわざアンログ・レコード盤で聴く人も増えているようだ。聴いたことのない方は、どうか一度お試しあれ。余談だったか・・・。

 

話を戻そう。

楽曲のアレンジやサウンド、メロディや歌詞にも面白みを感じるが、山口美央子のVocal が好い味を醸し出している。決して丁寧な歌い方には感じられないし、テクニックを感じるわけでもないが、ただノビノビと自由に感じたまま歌っている風に聴かせるのが上手い。声質は、森高千里さんに似ているかなぁ〜(森高千里さんの方がずっと後の時代に登場するのだが)。

 

「ジャケ買い」大成功!

・・・ということだ。

当時、これだけで喜んで聴いていたかも知れないが、そろそろ社会でどう生きるべきなのかを日々模索していたような頃でもあった。

心の奥底では自身の生き方と向き合うべく少々重苦しい想いを抱えていたが、この音楽が自由で前向きな想いも呼び起してくれたように感じていたに違いない。

そう「直感」も大切にして生きる!・・・とね。

 

100%の「ジャケ買い」でも前を向かせてくれた音楽、「直感」も大切な生きる手段なのだと。が、人生もより面白くするなら「バランス」は欠かせない。そんなことを思わせてくれた音楽として、山口美央子のアルバム「Nirvana」から「コードCの気分」を、今日の一曲として紹介させていただいた。

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2017年

1月

26日

ライヴを訪ねて「Next Sunday 9th Dan blelow」

数日経過してしまったが・・(汗)。

1月23日(月)、まったく表現方法の異なるというか、立ち位置の違う音楽表現をもっている方たちのライヴを訪ねてみた。

 

「Next Sunday 9th Dan blelow」というライヴが、東京・阿佐ヶ谷の「ライヴ小屋 Next Sunday」で開かれた。

エレクトロニクス・テクノロジーを取り入れたサウンドを活かしつつ生演奏・即興演奏するバンドであったり、ヨーロッパでも音楽活動されている方たちが出演のライヴだ(上の写真)。

 

まあ、切っ掛けは、レコーディング・CD等の制作で音響をいつもお願いしている沢田守秀さんこと「SAWADA」が出演するということではあったのだが、人付き合いだけで、ライヴや音楽を聴きに行ったりはしない。音楽に、ライヴに、そこに興味があって「訪問」する。最低限の礼儀だと思っている。

 

さてさて、この日のライヴで聴こえてきた音たちは、日頃取り組んでいる音楽とは対極的な位置にある音・演奏スタイルであったせいか、脳がイイ具合に刺激されながら、むしろ休まるような心地好さで、ライヴ会場に居させてもらった。

 

ライヴ後も出演者の何人かの方とお話をする機会も偶然得られて、自身の音楽活動も顧みながら刺激になる交流がもてた。

もちろん、スネアドラムからあらゆる想像の源を届けてくださった後の「SAWADA」さんともお話をさせていただいた。

「Takkiduda」のメンバーの「sao」さんには、熱心に私の方が話を聞いてもらってしまうほどだった。恐縮です(汗)。

 

ライヴ中もライヴ後も、とても楽しく有意義な時間を過ごすことができたというわけだ。

いやぁ〜、楽し過ぎた!

 

こうしてライヴ会場に実際に足を運ぶと、必ず何かが自身に起こって、思いがけず与えてもらえる。ちょっとしたラッキーがそこに感じられる。今回のライヴも訪ねてよかったぁ〜。

 

(*下の写真は、帰り道、阿佐ヶ谷・中杉通りでの写真)

(デジカメが壊れて昨年終盤から先週くらいまでは、スマホのあまり性能の良くないカメラでの写真でした。今回は新しくデジカメ買ったよ〜。)

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2017年

1月

22日

2017年と誕生日を迎えて誓ったこと

前々回のブログに載せた通り、『ほっと楽しや Birthday Live 2017』は、お客様にもゲスト出演者にも盛り上げていただいた。とても幸運を感じる誕生日を迎えることができた。

「有難く」感じ、「感謝」しかない。

 

年齢を言わないできたので勘違いされている方が多いようだが、大抵は実際よりも若く思われているらしい。5歳か、どうかすると10歳くらい若く言われる。社交辞令もあるかも知れないが・・。半世紀を超えたのはもう何年か前のことだ(笑)。

今回のライヴでは年齢を公表したが、ネット上では明らかにしないでおく(笑)。

 

さて、誕生日をライヴで皆様に盛り上げてもらって嬉しさを噛み締めながらも、喜んで浮かれているだけでは大人としてはならないだろう。

 

ここまで生かしていただいたことに、先ず感謝だ。

あたりまえに生きてきた分けではない。幾つかの場面で救ってくれた人の存在もあって生き延びてきた。

 

新たな年齢を積み重ねると共に、その度ごとに「幸せに生きる」ことが、他者や世間様への恩返しの一つかとも思うのだが・・・。

 

「人々が豊かで幸せな人生を歩めるように」、「世界が平和になるように」、これらを導く手段の一つに「音楽の存在」があるようにと願う。と同時に、その一端だけでも担えるような音楽活動をしていくことを、2017年の新年を迎えて誓った。

 

イイ年齢(とし)して多々至らなかったり馬鹿者でもあるが、大人としての責任も少なからずとも負って行動すべきだと心掛けている。これでも・・・(笑)。

 

楽観主義だとは思うが、実は危機感もある。

日本も、日本人も、世界も、世界の人々も、何やら「幸せへ」とは逆行しているかのように思える。そんな出来事を目にして耳にすることが日々増えているように思えてならない。皆様はどうお感じだろうか。

 

あたたか音楽空間『ほっと楽しやハートライヴ』は、まずは、日本の人たちに少しでも「笑顔」と「幸せ」に心の奥底から向き合って欲しくて、「豊かで幸せな人生」を本気で見出して欲しくて、はじめた。

少々大上段に構えての表現になったかも知れないが、そうだ。

その輪を拡げていけるように想いを描き行動することを、誕生日を迎えて誓った。

 

いずれの誓いも実現させる為に、一つひとつの姿勢と行動が僅かずつであってもそこに向けて進むものであるように、常に心掛けたいものだ。

あぁ〜、あと大切なことを一つ付け加えると、「ユーモア」も必ず含みもって発信することかな。

 

皆様にも、お力をお借りしたり、ご協力願うこともあるかと思う。どうか、そんなときは支えていただきたく、お願い申し上げます。

 

ブログに載せるには、日が前後してしまったが、2017年と誕生日を迎えての誓いを述べさせていただいた。

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2017年

1月

21日

ライヴ報告(菅野忠則さん企画「King’s Bar Vignette」で)

昨夜、20日(金)は、横浜・馬車道駅から直ぐ「King’s Bar Vignette」での菅野忠則さんによる企画ライヴに出演させていただいた。

 

志茂山裕紀さん、愛間純人、菅野忠則さんの順に3人で繋いだライヴとなった。

 

雪や雨になる予報もあったが、そんなことにはならなかったものの大寒らしい冷え込みの厳しい一日で、オジさんの身体には少し堪えて喉がなかなか温まらずに少々苦労した。それでも、なんとか愛間純人ならではのライヴを、ご披露はできたかと・・・。

 

志茂山さん、菅野さん、それぞれのライヴも、なるほど、「~らしい」ライヴをしてくれて(笑)、何やら、あたたか~な、穏やか~な、ほんわか、楽しいライヴの一夜になった。

 

場所が横浜・馬車道ということで、横浜在住の友人とも久しぶりの再会が叶った。お忙しいだろうに駆けつけてくださった様子。ありがたい。

足をお運びいただいたお客様が熱心に聴き入ってくだって、これもまた、本当にありがたい。

 

そう、「有難い」。

 

人も音楽も、昨日とは同じはなくて、今日のその人、今日の演奏・音楽があって、演奏する出演者側と聴く側のお客様が共にする時間と空間は奇蹟とも言うべく瞬間的な出会いだ。少し大げさか・・・。そんなことを、あらためて味わい感じさせてくれる一夜で、一種特殊な感じ方を憶える昨夜のライヴは心地好かった。

 

こんな愛おしいような空間を共に過ごしていただいた皆様に感謝申し上げます。ありがとうございました。

(この下側にも写真(4枚)を載せたよ)

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2017年

1月

15日

ライヴ報告(ほっと楽しや Birthday Live 2017)

あたたか音楽空間『ほっと楽しやハートライヴ』の番外編として、『ほっと楽しや Birthday Live 2017』を、昨夜の1月14日(土)に企画・開催させていただいた。場所は、東京・阿佐ヶ谷の「ライヴ小屋 Next Sunday」。

ホント恐縮ながら、自らが「誕生日です!」と掲げてのライヴをさせてもらった。

 

ゲスト出演者は、まったりーフッカー(ex.一日一善松田一善)さん、babaリズムさん、カノミさん。まぁ、見事だ。いつものことながら、ゲスト出演者の方たちの予測を超える好演のライヴに、今回も大いに感激させられた。

これだけでも十分に楽しい一夜と思えたのだが、図々しくも、この好演のゲスト出演者のあとに出演させていただくのが企画した者の責任の取り方のようなので(笑)、例外なくそうさせていただいた。

 

ゲスト出演者3組それぞれの音楽は、音楽スタイルからしたら、まったく方向性が違う。が、それぞれのオリジナリティを発揮しながらも確りと繋がるのが、この『ほっと楽しや・・・』のライヴならではだと自負している。この日も、繋いでもらった流れに乗るだけで良いような雰囲気の中でステージに立たせていただいた。

客席からも盛り上げてもらった。

実年齢を遂に公表したり!・・・、

2番目に出演したbabaリズムさんがトークに混ぜて突然、「禁じられた遊び(ロマンス)」をこの日に使用していたガット・ギターで弾き始めたことに触れて、私のトークも予定外の話へと・・・、「音楽に救われた」、「生きていてよかった」という話となったり・・・これまでライヴでは直接的に話題にしなかったことも語った。

『ほっと楽しや・・・』のときだけにしか演奏しない約9分間の長い曲の「木漏れ日の願い」も確りと演奏を届け・・・、思いがけずアンコールまでいただき、「朝陽は空色を変えて」も演奏した。この先、この2曲を同じライヴで演奏することは、おそらく、2度と起こらないことだろう。

そして、そして、ケーキまでいただき、客席からは「ハッピーバースデー・トゥ・ユー~♫」を歌う声が聴こえて。こんなにも盛り上げてもらって良いのだろうかと思えるほど、楽しい一夜に、とても幸運な一夜に感じさせてもらった。

 

少し長く抱えた病気から復帰して始まった音楽活動だが、音楽を通じて知り合った人たちと、これほどまでに温かな時間を共有できるようになるとは、なんとも有難くて、喜びと感謝しかない。

 

これまで、応援・ご支援くださった皆様、この日のライヴを共に過ごしてくださった皆様に、心より感謝申し上げます。ありがとうございました。

 

客席にも、ゲスト出演者にも、ライヴハウス関係者にも、もっと、もっと、恩返しができるようにならないとなぁ〜。・・・ということなども含めて、元旦の初詣で誓ったのだが、誕生日の誓いにもしよう。

 

(*この下にも写真を載せたよ。)

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2017年

1月

09日

今日の一曲⑯:ニューイヤー・コンサート2002「ラデツキー行進曲」

「今日の一曲」の16回目、新年を迎えたところでもあり、ヨハン・シュトラウス (Ⅰ 世)作曲、「ラデツキー行進曲」をと思う。

 

ウィーンフィルハーモニー管弦楽団による元旦の「ニューイヤー・コンサート」、その恒例のアンコール曲も終演の曲が、「ラデツキー行進曲」だ。

・・・などいうことは、クラシック音楽ファンでなくても知る方は多いと思うが・・・一応。

 

2017年、ニューイヤー・コンサート史上、最年少35歳で指名を受けた指揮者はグスターボ・ドゥダメル。彼は常に楽し気な雰囲気で清々しい気持ちになる元旦のコンサートを届けてくれた。個人的に知る中ではとても好印象のニューイヤー・コンサートだった。

 

もう一つ、とても印象に残っているニューイヤー・コンサートがある。

2002年のだ。日本人の指揮者が初めて指名され、このステージに立った。指揮者、小澤征爾。

この日は、テレビの生放送を視聴した。

それ以前の数年間は年末・年始も忙しく何かをしていたりで、後から録画で視聴することもあったが、2002年はゆっくりと元旦を迎えていた。

 

そう、もう病気が発症し始めていたこともあってだ。通院して2ヶ月くらい経過していた。

 

小澤征爾なる指揮者がそれまでに痛い目にも遭いながらも、辛かった時期さえも、果敢に、日本人に西洋音楽の良さを伝えようと、日本人演奏家のレベルアップの為にあらゆる機会に挑んできたことを、勝手に想像しながら、ニューイヤー・コンサートのステージに立つその姿と演奏を視聴していたのだった。

 

お決まりのアンコール曲、まずは「美しく青きドナウ」。そして、もう1曲、終演の曲「ラデツキー行進曲」の演奏がはじまった。

 

小澤征爾のこの時の「ラデツキー行進曲」は、たっぷり目(遅め)のテンポだった。

会場客席の手拍子と共に、「確りと一歩一歩進むぞ!」と言っているかのように感じる演奏だった。

「少々厄介そうな病気を抱えたなぁ~」という思いで日々を過ごしていた私には、この「ラデツキー行進曲」の演奏はそうにしか聴こえなかった。心が晴れ晴れとしたのを最近のことのように憶えている。

 

CD(上の写真)が発売されて直ぐに買いに行った。購入後に、このCDをあまり聴きはしなかったのだが・・・。まぁ、テレビで視聴したときの演奏がよほど印象深かったか、そのときの感情を大切に閉まっておきたかったのか?ん〜、よくは分からないが・・・。

ただ、ここ3〜4年前くらいからは、新年を迎えて、その年のニューイヤー・コンサートをテレビで視聴したあとに、あらためてこのCDを聴くようになった。2017年もだ。

 

当時、病気を抱えた不安の中、「ゆっくりと確りとした一歩一歩」を届けてくれた、小沢征爾指揮、ウィーンフィルハーモニー管弦楽団のニューイヤー・コンサートから、「ラデツキー行進曲」を、「今日の一曲」として紹介させていただいた。

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2017年

1月

08日

レコーディングを終えて(新作アルバム「ココロノササエ」)

皆様は新年をどのように迎えましたか?

皆様にとって、好き(良き)一年が更に重ねられますよう願っております。

 

さて、年明け早々、4日(水)・5日(木)・6日(金)の3日間は、新作アルバム「ココロノササエ」(全7曲)のレコーディングに挑んでいた。

 

音響全般を担当するのは、やはり沢田守秀さん。昨年末にドイツから帰国したばかりの沢田さんに事前に約束を取り付けてお願いしてのことだ。

場所は録音スタジオではない。

ライヴの本拠地としている東京・阿佐ヶ谷の「ライヴ小屋 Next Sunday」さんにした。親しみ馴染んだライヴハウスの空気感も音に乗せられたらと考えた。

重要事を進めるときには「御縁」というのも大切、沢田さんにお願いしたのも録音場所の選択もそうだ。

 

レコーディングは、生演奏で一曲をそのまま通して録音する方法だ。一曲につき3テイクくらいずつ録音しておき、録音後に採用するもの1つに絞り込むというやり方をとる。

 

前に進めば、向かい風にも遭う。

レコーディングの期間中も常に、自身と、音楽と、聴く人たちと、向き合いながら本当に様々なことを考えさせられながらだった。思わずニンマリしてしまう良い感触に出会えたかと思うと、ここへきて新たな課題を突き付けられたり・・・。

それでも、演奏には集中できた。

音楽に、100%や完全・完璧というのはないのだが、自信をもって送り届けられる演奏が録音できたかと感じている。

 

音響の沢田さんとも録音の合間の少しの時間だったが、音楽活動やドイツでの音楽環境の話など、中身の濃い会話が交わせたのも好かった。

 

幸せなレコーディングの3日間だった。

 

昨日と今日は、録ったテイクの中から採用する1つを選ぶ、絞り込みの作業をしている。何度も繰り返し聴く。朝に聴いてみたり、昼間に聴いてみたり、夜になってから聴いてみたり・・・。

人の耳は身体や心理状態の僅かなことで、同じ音でも聴き方・聴こえ方が異なる。自身の感覚も大切だが常に変化を伴っていることを自覚しておく必要があるということだ。 それで、こんなことをしている。

 

この後は、沢田さんに、ミキシング・マスタリングの作業を進めてもらう。新作アルバム「ココロノササエ」の完成は春になる。きっと、心地好い音たちを届けるアルバムに仕上がることだろう。・・・手前味噌で恐縮です(笑)。

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2017年

1月

01日

謹賀新年 初詣は御岳山へ

『あけましておめでとうございます

本年も よろしくお願い申し上げます』

 

初詣は、自宅から比較的近い東京・御岳山の「武蔵御嶽神社」へ。

 

晴れ渡った青空が広がって気持ちイイ~、そこに、冷たい空気を感じて心が引き締まるようだ。

 

確りと誓った!

 あっ、後ろに並ぶ列が長くなってるよ〜・・・(汗)

 

(この下にも御岳山の写真5枚を載せました)

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2016年

12月

30日

年納めとしての感謝を、そして新年へ

まずは、2016年までに、出会ってくれて何かしらに関わってくれた(あるいは関わってしまったのであるかも知れないが・・)全ての人たちに感謝申し上げます。

特に、少しでも時間や空間を共有していただいた人たちには、格別な思いをもって感謝を申し上げます。ありがとうございました。

同時に、関わり合いから生じて起こった全ての出来事や物事にも、感謝の念を抱き、「年納め」の今日と明日は特に心に留めおこうと思います。

 

さて、2016年も残り35時間余りだろうか。

 

2016年の前半は人生の岐路に立っていた。

これほど人生の進み行く方向に悩んだことがないというほどだ。その選択に、悩んで、悩んで、迷いに迷って、悩んだ。

 

笑えるだろ・・・。

私を比較的よく知る方は、「あなたにも悩みなんてあったの?」などと思って、笑って、ここまでを読んだことだろう。

 

以前のブログでも書かせていただいたように思うが、悩みを他人に話すことなどは滅多にしない。口を開けばどうせ愚痴になる。他人が私の人生を歩むわけではないのに愚痴を聴いてくれるか。愚痴をいくらでも聴いて(聞いてではない)くれる人になら悩みを打ち明ける。

 

それと、悩んだ顔や姿も滅多に見せない。むしろ、「笑ってごまかす」のだ。

「笑ってごまかす」などは、大抵は良くないとされる。

が、「笑う」を心掛けることで、視野は狭くならないで済む。日々、僅かでも次へと踏み出して歩める。

内面は確りと悩み迷っている自分と向き合う。嫌でもそうなるのだから、外見の見苦しいものは見せない。「ごまかす」のだ。

 この意味で、「笑ってごまかす」は、手段としてよく用いている。

 

で、何の話だったかな(笑)。

 

そう、結局は、思い切って生活スタイルを変えた。

が、自ら選択したものの、夏頃までは、どこかで「これでよかったのか?」と自問自答を繰り返していたりしたから、新しい生活スタイルに慣れないで日々がぎこちなかった。

身体は正直だ。

6月頃から良くないなと感じていたら、7月下旬頃の夏には身体はダウン。夏のライヴ・ツアーも中止。食事から再度徹底的に見直した(「最強の食事」について以前のブログに載せている)。見直した食事は現在も続けているが手探りは続いている。

 

同時期に重なって困ったことが他にもあった。

ギターのピックだ。3年半近く使ってきて慣れたピックは楽器店全てから姿を消した。代わりに信頼できるようなピックは現在も見つかっていない。

練習を重ねながら、正直、狂うほど繰り返し試している。本当は狂わない方が良いのだが・・・(笑)。

それでも、客席にはそんな不都合は感じさせないライヴを続けてきたと自負している。が、当然これで良いわけはなく、自身の中で描くライヴ・パフォーマンスとしては、テクニックの面で、まったく納得できるものではない。初めてここで明かす。敢えてのことだ。

課題が目の前にある以上、これを解決するためには、今日も明日も、練習でもライヴでも、チャレンジを重ねる。当たり前だ。

 

さあ、ここまでの重たい話題は、ポジティブな話題に向けてのお得意の前置きだ(笑)。

 

こうして、生活スタイルにしても、ギター・ピックの事にしても、超えるべき課題が少々厄介であったために、お蔭で、とても重要なことにも視野を向けることができた。

 

「集中力」、「パフォーマンス力」そのものを向上させることだ。

脳科学、行動科学、心理学の面から真剣に学ぶことができた。「休息」や「人間関係」のことも、この中に含まれる。

 

学んだだけでは何もならない。ただの情報だ。これらを用いて実践経験も積んで試した。場面、場面で、威力を発揮したと感じている。でなければ、体調の回復も、ライヴ本番などでのピンチも、この一年間を越えては来られなかった。

 

「少し高いハードルを越えること」と「静観して現在ある自身と向き合うこと」のバランスが大切だと実感した。

厄介なことばかりに囚われ過ぎると、解決できないでいる間が面白くない時間になってしまいがちだ。厄介なことがあるからこそバランスを整えられる何かを見出すことがないか、静観して視野を拡げ向けてみることが大切になる。

 

お蔭様で、2016年は心が折れそうになったことがない。

まぁ、ただの馬鹿なのかも知れないが・・・。

 

プロデュースしている「ほっと楽しやハートライヴ」も、年間通じて予定通りに開催できた。

とても重要なことを、ここで書く。

もちろん、御協力いただいた音楽関係者と腐れ縁(笑)の皆様、ライヴ会場に来ていただいて共有してくれたお客様の支えがあってのことだ。「悩みは他人に話さない」と先に書いたが、こうした人たちは黙っていても、助けてもくれて、救ってもくれた。もう感謝しかない。

 

このライヴは、「ライフ・ワークです!」と宣言をした。

だから、まだまだ満足はしていない。マーケティングを勉強している最中だ。2017年は、お客様はもちろん、関わる全ての人たちがもっと喜べるようなライヴにしたい。

 

ここに繋がる活動に、2017年は注ぎ込む。

2017年、新年早々の4日~6日は、新作アルバム「ココロノササエ(全8曲)」のレコーディング。

14日(土)は、「ほっと楽しや Birthday Live」がある。

 

今日も明日も、まずは、これらの備えに時間を費やす。

 

が、未来の「進め、やること」ばかりになってもいけない。

2016年の過去への「感謝」を、静かな「現在の時間に居て」丁寧に噛み締めたい。それから、未来へ繋がるような「現在にする行動」が取れるようにしたいものだ。

 

2017年も、関わる全ての人に感謝しながら歩み続けよう。

いい歳をした大人が未熟さをさらけ出しているような馬鹿者ではあるが、今後とも、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

皆様、どうか良い(好い)年をお迎えくださいますよう、お祈り申し上げます。

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2016年

12月

29日

今日の一曲⑮:J・S・バッハ「無伴奏チェロ組曲 第1番」(ピエール・フルニエのチェロ)

「今日の一曲」の第15回、J・S・バッハの「無伴奏チェロ組曲第1番 BWV1007」を紹介する。

 

数日前(12月24日)のブログに、「静寂な時を過ごす~人生を豊かにするコツ~」と題して載せた。

同ブログの中では、早朝と就寝前に習慣にしている15~20分間の「瞑想のマネごと」もその一つの方法として書いた。

 が、もうほんの僅かに少しだけアクティヴさのある過ごし方も最近は取り入れている。

「瞑想のマネごと」にまで身体の動きを停めてしまうのではなく、部屋をゆっくりウロウロと歩いてみたり、手足をゆっくりと動かしたり、軽いストレッチをしてみたりなどもする。もちろん、座ってじっとすることもあり。つまりは、静かに身体を動かすことには制限をかけない。ただし、呼吸をしていることと、動かしている身体部分に意識を向けておくことは瞑想と同様だ。「動く瞑想」とでも言っておこう。やはり15分~20分程度だ。

「動く瞑想」と呼ぶことに、「ヨガ」や「マインド・フルネス」を専門にされている方からしたら御異論もあろうかと思うが、私的な表現だ、ご容赦願いたい。

 

で、この「動く瞑想」に入るときに先ず最初に、J・S・バッハの「無伴奏チェロ組曲 第1番 BWV1007」を部屋に流して聴く。

ただし、ピエール・フルニエの演奏のものだ(上の写真)。

 

2ヶ月ほど前に手に入れたばかりの再盤のCDだ。

第1番の他にも、「第3番BWV1009」と「第5番BWV1011」が収録されていて、録音は、1960年12月と1961年2月、ハノーファー、ベートヴェンザールでのものだ。

 

これが、「動く瞑想」時に最適というわけだ。

チェロ1本だけの無伴奏曲で音がシンプルで良い。が、フルニエの演奏は、静かな上品さだけでなくテンポが適度に動き揺らいで主張する力強さも時折感じさせる。こうした呼吸感や音量の変化は、身体を座らせていても軽く動き出すときも丁度良く感じられる。加えてフルニエのチェロの音色は落着きと奥行があって深い。この音色を確りと感じられる録音がなされているのも嬉しいが、身体の動きをゆるやかにもしてくれる音色に感じる。シンプルだが決して単調にならずにゆるやかな身体の動きを自然と導いてくれる音だ。それで、「動く瞑想」には最適というわけだ。

また、第1番の第1曲から第6曲まで聴くと約20分で時間的にも適当だ。

 

フルニエの無伴奏チェロを、このために探し求めていたわけではない。

ピエール・フルニエの演奏を純粋に求めて20年ほど前か、もっと前だったかもしれない、いろいろなところを当たって探し廻ったことがある。当時はとうとう見つけられなかった。LPレコード盤では販売されなかったのだろうか、ようやく、ここで出会えたというわけだ。

ま、CDではあるが・・・と、お決まりのように寂し気に書く(笑)。

でも、やはり出会えて良かった。

 

「動く瞑想」に入る前に聴いてみたのは単なる偶然だ。

ところが、こうしてみると、その直前までの思考と行動を切り替える切っ掛けになった。「動く瞑想」の時間に入り易くなったのだ。 3週間前くらいから始めた。

 

不思議に感じる。以前は探し廻っても見つからなかったのに、今になって難無く出会えて、これが、現在まさに自身で取り入れたい生活の時間の助けにもなっている。片想いの人にようやく出会えて会話を交わしているようだ。ん?例えが適当ではないか(笑)。

 

それよりも、「過去」・「未来」に囚われるのではなく「現在ここに在る」を感じる時間を導いてくれる音として、ピエール・フルニエが演奏するJ.S.バッハ作曲「無伴奏チェロ組曲 第1番 BWV1007」を、「今日の一曲」として紹介させていただいた。

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2016年

12月

28日

今日の一曲⑭:ELP(エマーソン・レイク・アンド・パーマー)の「展覧会の絵」

「今日の一曲」の第14回は、「展覧会の絵」を紹介する。

クラシック音楽ファンなら、原曲(ピアノ演奏曲)を作曲したムソルグスキーやオーケストラ・アレンジをしたラヴェルの名前がすぐに出でくるところだろうが、今日、ここで紹介するのは、イギリスのロック・バンド「ELP」(エマーソン・レイク・アンド・パーマー)のものだ(右の写真)。

 

Keith Emerson(キース・エマーソン)はシンセサイザー、キーボード奏者、Greg Lake(グレッグ・レイク)はヴォーカル、ギター、ベースの奏者、Carl Palmer(カール・パーマー)はドラム奏者で、略称「ELP」と呼ばれたこのバンドは、当時、「プログレッシブ・ロック」というくくりもあったが、これに留まらずロック・ミュージックを代表するバンドだ。私的な捉え方だが・・・。

「展覧会の絵」が収録されたこのLPレコード盤は、1971年3月26日、ニュー・キャッスル・シティホールでのライヴ録音とジャケットには記されている。

ライヴ録音にしては音がとてもクリアに感じる。

 

「展覧会の絵」という曲自体は、ムソルグスキーが作曲した原曲のピアノ演奏曲を、小学生の高学年くらいの時だったか、テレビで視聴して、ピアニストのテクニックとその迫力あるピアノの音に演奏終了と同時に「すげぇーっ!」と声を上げて感動した記憶がある。ん〜、誰の演奏だったかを覚えていないのが残念。気転の利くガキではなかったのでこんなものだ(笑)。

この後すぐに、ラヴェルによるオーケストラ・アレンジがあることも知ったのだったが、こずかいを貯めて、LPレコード盤を買いに行ったのは中学生になってからだ。カラヤン指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のだ。

 

で、本題に入ろうか(笑)。・・・ホント、いつも前置きが長いな。

実は、この「ELPの展覧会の絵」は、高校1年のときに同クラスの友人からもらったものだ。 

彼は中学生時代からロックバンドを同級生らと組んでベースを弾いていた。クラシック音楽も好きだったらしいのだが、なかなか周囲にクラシック音楽を話題に話す者がいなかった。そこで、クラシック音楽の話相手として彼のお目に叶ったのが私であったのだろう、彼とは音楽の話しかしたことがない。

ある時、話の流れは想い出せないのだが、彼にチャイコフスキーの「1812年大序曲」を、FMラジオからエアチェックして録音したカセット・テープを貸したことがあった。ところが、彼はその録音されたテープの一部を誤って消去してしまったのだった。1秒間くらいだ。

彼は正直に打ち明けてくれて、私もやむを得ないことと受け止めた。が、彼は何度も何度も詫びるのであった。同時に差し出された1枚のレコード盤があった。それが、「ELPの展覧会の絵」。

「えっ?」

もちろん、テープを消去されたことにではない。差し出されたレコード盤のことだ。

テープが消去されたのはこちらにも若干の否はある。カセット・テープを知らない世代の方に説明は難しいが、カセット・テープの側面には小さなツメがあって、このツメを折っておけば消去されることはなかった。でも、彼はそんなことは一言も言い訳にしない。それと、このレコードが大切なものであることは彼の様子から明白だった。

「お前なら、この演奏をきっと楽しんでくれるだろうと思って」

 といった意味のことを言われた記憶がある。

あとはよくは憶えていないが、それ以来、このレコード盤を所有しているのは私なので、結局は受け取ったということだ。

 

現在もレコード盤の状態は良好だ。ご機嫌な音で聴くことができる。もちろん、演奏は面白すぎる!楽しすぎる!

 

当時のことだから、ギターケースを持って歩いていれば大抵の大人達は不良だと決めつけていたような時代だ。私に至っては当時少々素行に問題がなかったわけでもないが(笑)、彼は違う。ロックに狂っていたが決して不良ではない。不良なら、こんな風に詫びたりはしない。

 

ともかく、お蔭で、「展覧会の絵」を、原曲のピアノ演奏、オーケストラ・アレンジに、ロック・アレンジ・・・という具合に、順序良く聴くことにもなった。

彼が差し出してくれた1枚のレコードは、他人と誠実に心を通い合わせることの大切さも一緒に届けてくれたように思う。「今日の一曲⑭」は、そんな、ほろ苦くも温かい想い出とともに、「ELP」の「展覧会の絵」を紹介させていただいた。

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2016年

12月

27日

今日の一曲⑬:武満徹「ノヴェンバー・ステップス ~尺八、琵琶とオーケストラのための~」

「今日の一曲」の13回目、武満徹の音楽から「ノヴェンバー・ステップス~尺八、琵琶とオーケストラのための~」だ。

 

ところで、いつものことだが本題に入る前に・・・、

丁寧にブログをお読みいただいている方がいらっしゃる。ありがたい、恐縮の限りだ。

前回の「今日の一曲⑫」で、坂本龍一の「音楽図鑑よりSELF PORTRAIT」を紹介しながら、当時、職場の派閥争いに関わらないでいたら干されてしまったことを書いた。これに、「その後はどうされたのですか?」という心配をされて、「メール・ボックス」にメッセージをくれた方がいらした。

「今日の一曲」は、時系列で順に並べての紹介はしていないのだが、折角なので、今回に限っては12回目の続編として書かせていただく。

 

社会人として最初の職場はそんなことで次の年には3つほどアルバイトを掛け持ちしながらの生活になった。私に同情してくれたのであろう数人の同僚が同種に近いアルバイト先を紹介してくれてだった。同種と言っても当然のことながら職場が違えば方針やら仕事の進め方も人間関係のやり取りも違う。アルバイト先によって自身のスタンスを臨機応変に切り替えるのに苦労した憶えがある。あとは、ただ必死で生活することしか考えられなかったように思う。

 

ところが、これは時折感じるのだが、強運な面がある。

 

社会人3年目に入る前に連絡が入った。最初の職場の現場トップが交代。何やら派閥争いに終止符を打って改革するような「キレモノ」がやって来るらしい・・・となった。元同僚らが力になってくれたこともあってだと思うが再採用。どう、強運でしょ。

 

でも、これで済むような強運ではない。

「キレモノ」なる人物は単なる「キレモノ」ではなかった。人生において尊敬すべき大きな器をもった人と出会うことになったのだ。「行動力」、「決断力」、「思考・創造力」、「包容力」、そして、「ユーモア」、これら全て真に長けた人物だ。

この人から、社会人として、業界人として、更に言えば、大人として、その姿勢を一から叩き込まれることになる。何度叱られたか・・・。が、メキメキと力が着いてくるのが自覚できるほどだった。20歳代後半で主要な役にも就き、職責を担うまでになった。

 

お待たせした。いよいよ武満徹の音楽だ。

「飛ぶ鳥を落とす勢い」と周囲からも言われるような中で、タイミング良く諫めてくれる一声さえも掛けていただいた。お蔭で、物事を冷静に眺めながら事を進めることもできた。

それで、当時、心鎮めて聴いたのが、武満徹「ノヴェンバー・ステップス~尺八、琵琶とオーケストラのための~」だった。

 

日本を代表する現代音楽作曲家とも称させる武満徹の音楽、当時、それまでも耳にする機会はあった。「独特の音の重なりが心地よいなぁ~」とは感じてはいたものの、熱心に聴くまでではなかった。

指揮者の小澤征爾の師で斎藤秀雄氏の功績を知って、「サイトウ・キネン・オーケストラ」に興味をもったのが切っ掛けになった。併せて、邦楽器の尺八と琵琶、西洋楽器群のオーケストラ、両者が融合した音楽として再び武満徹の音楽が世界的に注目されるようになっていた背景もあって、それで紹介のCDを手にした(上の写真)。

 

そう、もうその頃は完全にCDの時代になっていた・・・。これに関しては敢えて残念そうに書いている(笑)。お分かりか・・・。

 

指揮が小澤征爾、「サイトウ・キネン・オーケストラ」、尺八が横山勝也、琵琶が鶴田錦史・・・とある。

同CDには、やはり邦楽器の笙を用いた楽曲「セレモニアル~オーケストラと笙のための~」も収録されている。

 

邦楽器が入ることで、独特の呼吸感と間が生じる。これを巧みに表現に入れ込み、西洋楽器の響きと融合させた音楽に感じる。

この呼吸感と間が心を鎮めさせてくれるのだろうか。鎮まる感覚が好くて、当時は、頻繁に聴いていた。もしかすると、そろそろ少し忙し過ぎるようにもなっていたのかも知れない。

 

人生で尊敬すべき人物との出会いがあって、未熟者が社会人としても大人としてもその姿勢を育てていただいた。エネルギッシュに充実感をも得ながら日々を過ごす中で、少し冷静さを取り戻す時間を作ってくれた音楽、現代音楽、武満徹の「ノヴェンバー・ステップス~尺八、琵琶とオーケストラのための~」を、「今日の一曲」として紹介させていただいた。

人との出会いは大きい。人との繋がりは大切だ。いつ何時、何処で、何が幸いするか・・・。

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2016年

12月

26日

ライヴ報告(ほっと楽しやハートライヴ・第9夜)

昨夜(12月25日(日))のライヴ報告。

 

自身でプロデュースしているライヴ、『ほっと楽しやハートライヴ(第9夜)』を終えた。

東京・阿佐ヶ谷にある「ライヴ小屋 Next Sunday」さんで、ゲスト出演には、ひらげエレキテルさん、五寸釘さん、菅野忠則さんを迎えた。お三方の後に、4番目の出演者として愛間純人もステージに上がらせていただいた。

各々の持ち味がステージ上で十分に表現尽くされ、確りと次々繋がれていったライヴの一夜になったかと思う。

事前にお約束した通り、新曲「木漏れ日の願い」も初披露させていただいた。やや長い曲(約8分間)であるのだが、熱心に聴いていただいた様子。

 

クリスマスの夜に最高の男性アーティストが集まっただけのことはあった・・・というのは嘘だ(笑)。

数日前のブログに載せた通り、クリスマス・ライヴには決してならなかった。あくまでも、『ほっと楽しやハートライヴ』を、お届けした。この意味では、最高のアーティストが集結した。おそらく・・・(笑)。

 

どんなライヴか・・・って?

本ホームページの「プロフィール」にも載せてあるが、手前味噌で恐縮だが、この貴重とも言えるアコースティック・ライヴを実際に体感していない方がまだまだいらっしゃるようだ。後々、伝説になるライヴだ・・ということに気付いていらっしゃらないのか(笑)?

そういった方へは次回こそお待ち申し上げているので、是非、是非、足をお運びいただきたく・・・、

なんて冗談だ。

評判だけを聞いて、義務的になられても音楽は楽しめない。

その時に、『ゆったり、まったり、クスッと笑えて、楽しく!』を期待される方に来ていただくのが一番良いのかと・・・。

 

昨夜、共に同空間を過ごしていただいた皆様には、深く感謝申し上げます。ありがとうございました。

(この下にも写真を載せたよ〜)

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2016年

12月

24日

静寂な時を過ごす(人生を豊かにするコツ)

クリスマス商戦真っ只中、街中は何やら騒がしくなかなか落ち着かない。ニュース報道も穏やかでない出来事が多い。それをまた、「ここまで必要か?」と思うほど連日に渡って繰り返し伝えている。

 

東京とは言っても、商店も商業施設も並んでいないような比較的静かな地域に住んでいる。不便さはなくもないが、幸運に感じることの方が多い。

 

この静かな住処にも手伝ってもらいながら、早朝と就寝前にそれぞれ20分程度、「瞑想のマネごと」のようなことをしている。その方法は、その時々で若干違うのだが習慣になっている。

5年ほど前だ。早朝の5分間ほどだけ始めた。そのうち、徐々に自然と10分~15分間・・・となっていった。ここ1年くらい前からは就寝前にも時間を設けるようにした。

 

「休息法」、「脳疲労」、「マインド・フルネス」といった事柄に触れて、書籍を含めてマスメディアに様々取り上げられている昨今だ。多くの人がこれらの方法を詳細に知って実践している人も増えていることと思う。知る限りではあるが、おそらく、「瞑想のマネごと」も、これらに記されている内容・方法に近いようなことであるらしい。

 

加えて、可能であれば、半日ほど意識して「静寂な時を過ごす」ことにしている。もっと言えば、一日中そうしたいところだが・・・。翌日や当日に重要事を控えているような時は特にだ。これはまだ半年ほど前から始めたばかりだ。

「のんびり羨ましいなぁ〜」と思われた方もいらっしゃるかも知れないが、始めてしばらくは、そうしようと思っても、遂、色々なことをやろうとしたり、考えてみたり、心身共に忙しく動かそうとする何かがあるらしく、意外とこれが難しいことに気付かされるだけであった。

ひと月に1回か2回のことなので、慣れてきたのは、ここ2ヶ月ほどだろうか。

 

テレビ、ラジオを視聴しない。スマートフォンやインターネット等も使用しない。音楽さえも聴かない。楽器にも触らない。

人通りの少ない、できるだけ木々や花を目にして、空を広く見上げながらでも歩けるようなルートで近所を散歩する。または、自然の音だけの静かな場所(公園・多摩川の土手)で陽にあたりながら読書をする。まぁ、雨の日や、ひどく冷え込む日は部屋に籠っての読書になるが、いずれにしても心地好く過ごせるようになった。

 

「瞑想のマネごと」と「静寂な時を過ごす」は、次なる集中力・パフォーマンス力の向上にも繋がっている実感がある。えっ、もしかしたら気のせいだけかも知れない?・・・が、そう思わせておいていただきたい(笑)。これでも、生活は望む方へと大きく踏み出せたのだから。

 

「少しだけ高く感じるハードルを越えること」、「ゆっくり立ち止まって自らを静観すること」、この両者のバランスを保ち続けることが人生を少しでも豊かにするコツなのかも知れない。

 

では、今日と明日の昼間8時間ほどは「静寂な時を過ごす」とさせていただく。

明日の夜、『ほっと楽しやハートライヴ(第9夜)』でお会いしましょう(笑)。

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2016年

12月

18日

「ほっと楽しやハートライヴ(第9夜)」もうすぐ!

いよいよ来週だ。

12月25日(日)、東京・阿佐ヶ谷の「ライヴ小屋 Next Sunday」さんで、18:30open。

ゲストに、ひらげエレキテルさん、五寸釘さん、菅野忠則さんらを迎える。

 

昨年の3月から、ほぼ3ヶ月ごとに続けてきた自身での企画ライヴだ。「第9夜」としているので、9回目を迎えるのだが・・・

 

大好きな音を奏でる大好きな人たちをゲスト出演者に招いてのライヴだ。毎回、何とも言えない特別な緊張感がある。プレッシャーも当然ある。ゲスト出演者のライヴを客席で楽しんでしまい過ぎて、このまま終わってもよいのでは?・・・と思ってしまうくらいだ(笑)。

 

これらの感覚が入り混じりながらも、必ず最後の出演者としてステージに上がらせてもらっている。そのステージ上で越えようとするハードルは、いつも、少し高い。

が、人間、この「少し高い」のがよいのだな・・・きっと。

大抵がそれまでを越えたパフォーマンス力を引き出してくれる。だから、ステージ上では演奏・トーク・ライヴを進行させながらも、実は、内心はワクワク感いっぱいに満たされていく。

そうは見えないらしいが、まぁ、感じさせないようにもしているのだが・・・(笑)。でも、こうやって、客席に届けている。

 

12月25日(日)の今回、新曲「木漏れ日の願い」を初披露する。約8分間に及ぶ長い曲だ。途中でゆったりとウトウト眠ってしまうかも知れないような曲(歌)だ。

この1ヶ月半ほどの間、あちらこちら出演させていただいたライヴ会場でこれを宣言して、すでにハードルを上げてしまっている(笑)。

長い曲なので通常のライヴでは歌えない曲だ。企画ライヴ「ほっと楽しやハートライヴ」のときだけの特別な演奏曲というわけだ。

お楽しみいただけたらと思う。

 

ところで、巷では「クリスマス」ムードといったところかも知れない。これはゲスト出演者のお三方も心得ていらしゃることかと思うが、クリスマス・ライヴという感じにはならないと思う。あくまでも、「ほっと楽しやハートライヴ(第9夜)」を、客席にお届けする。

 

またまた、色々と書き綴らせていただいたが、結局はこれが言いたい!

 

「ライヴにみんな来てよォ〜!」

 

ということのお願いなのだ(笑)。

 

生活が掛かっている~、冗談だ(笑)。イヤそんなこともないか・・・(汗・笑)。

それよりも、少しでも多くの方に、良き(好き)音楽空間を体感していただくことだと思っている。ライヴへ足をお運びくださった人たちが、結果、幾らかばかりでも心豊かにお過ごしいただける機会になればと願う。 

 

本ホームページの「プロフィール」、ならびに、11月28日に載せた「ブログ」・・・『12月も温か音楽空間「ほっと楽しやハートライヴ」』も、併せてお読みいただけたらと・・・。

ライヴの趣旨等をあれこれと書かせていただいている。

 

では、ライヴ会場でお待ち申し上げております。 

(この下にも、ライヴ案内の画像があるよ〜)

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2016年

12月

17日

今日の一曲⑫:坂本龍一「音楽図鑑」よりSELF PORTRAIT

「今日の一曲」の12回目。今回は、坂本龍一のアルバム「音楽図鑑」の中から「SELF PORTRAIT」だ。

 

いまのところ、「今日の一曲」ではクラシック音楽かジャズ系の音楽の紹介が多くなってしまっている。意図もなく、その日その日で気ままに手に取ったレコード・ジャケットから想い出される記憶を綴っていたら、そうなった。自身でも意外である。もっと様々な音楽を紹介することになると思っていたからだ。物事は「non-judgmental(ノン・ジャッジメンタル)」、前もって勝手に決めつけないように心掛けたいものだ。

 

さて、前置きが長くなった(いつもだが・・)。

以前に載せた「今日の一曲⑧」では矢野顕子「いつか王子様が」を紹介して、テクノポップとその時代背景にも触れた。

 

ここから4~5年後、坂本龍一のアルバム「音楽図鑑」と出会う。もちろん、LPレコード盤だ。そろそろ念を押さないでもよいか(笑)。

2枚組のアルバムで、坂本龍一がYMOでの活動を経て直ぐ後に出したアルバムだ。このアルバムにもYMOのメンバーであった細野晴臣、高橋幸宏が参加している。が、テクノポップとは異なる。テクノ・サウンドを追求して実験し続けた時代を経て、その結果を活かして次なる試みを表現した音楽に感じる。テクノ・サウンドの要素に、生の弦楽器や管楽器、生のドラムなどの音も加わって、これらが融合している。おそらく、当時の坂本龍一が表現したかったものを純粋に作品に込めて創り上げた音と思える。決して世間へのウケ狙いなどというのではなく。いつものことだが、音楽評論家ではない。個人の感想だ。これも、もう念を押さなくてもよいか(笑)。

 

このアルバムを手にした当時、日常は「心ここに在らず」といった状態であった。

自分のしていることに、まったく自信の一欠片も感じられずにいた。懸命にやっているはずのことが何か空回りしている。ならば自身の心掛けが誤った方向を向いているのか?・・・などを問いかけても何もつかめずにいた。前へ進める気が徐々に失せていくようだった。

社会人として初めての職場は、派閥争いだけで明け暮れているような組織だった。頑固にも、どちらの派閥にも着かないでいたら、そのうち干されてしまった。

大人になりきれていない自分の薄さにも酷く応えたが、馬鹿げた大人社会を否定することも止まなかった。

そう、自身が薄っぺらいから視界はますます狭くなっていった。どっちを向いて、どう進めば良いのか、まったく見当のつかない日々が続く。そのうち、足掻くことさえしなくなっていた。辛かったとか苦しかったとか、そんな感覚はもう憶えてはいないが、決して好き(よき)記憶はない。

 

そんな頃に、ぼーっとしながら自宅近所にその頃はまだあったレコード店に足を運んだ。「音楽図鑑」はそこで手にしたLPレコード盤だ。発表されてから数年は過ぎていたと思うが・・・。

 

2枚組の1枚目(どちらが1枚目かは不明だが、たぶん・・・)、A面の4曲目にその曲は収録されている。

買ってきたそのLP盤を初めてレコード・プレーヤーに乗せて針を落とし、1枚目のA面から順に聴く。

4曲目、そのうちに勝手に涙が溢れて止まらない。

涙を拭いながらレコード・ジャケットを見渡し曲名を探した。

この時の情景は現在でもはっきりと記憶として再現が可能だ。

 

この日、このアルバムを2度ほどくり返し聴いたが、その後、何年もの間、このアルバムを聴くことはなかった。何故かは想い出せない。

おそらく、次に聴いたのは10年以上も過ぎてからだ。

 

「今から想えば」ということになってしまうが、まぁ、記憶とはそんなものだとも思うが・・・、

当時、溢れてきた涙によって何かが解けた感覚があったように想える。今も、この曲を聴くと泣きそうになる。

と、想像して笑いそうになって読んだあなたは私のことをよく知っている方だと思うが、オジさんも泣きそうにはなるのだよ(笑)。涙を流して泣きはしないのだが・・・。たまには心で泣くのだ。少しは知っていて欲しい。冗談だ、知らなくてよい(苦笑)。

 

こうした記憶と共にある音楽が、坂本龍一のアルバム「音楽図鑑」に収録されているということの話なのだが、曲のタイトルが「SELF PORTRAIT」であったことも、何か当時の涙を物語っているようにさえ思えてくる。

今回は、少々暗く重い「今日の一曲」に感じたかも知れない。

未熟者であることは相変わらずだが、オジさんだものな、これでも様々痛い目に遭いながら、それなりに年齢を重ねてきている(笑)。40歳を過ぎたらだったか、何歳だったか、「自分の顔に責任をもて」というような言葉もあるが、そんな年齢にもなったのか・・・。

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2016年

12月

16日

ライヴ報告(そろそろ年納めライヴ② Next Sunday)

前回の「ライヴ報告」にも書かせていただいたが、恐縮ながら、「ライヴ報告」は「ライヴ・スケジュール」に載せている30分以上のライヴだけに限らせていただている。全てを載せられずに申し訳ない。

 

昨夜、12月15日(木)、東京・阿佐ヶ谷の「ライヴ小屋 Next Sunday」さんに出演させていただいた。

ちょっとした面白いブッキングになって、出演者としても客席に居る間も確りと楽しい時を過ごさせてもらった。好き(よき)一夜だった。

 

山西理彩さんと伊藤悠紀さんはピアノのインストゥルメンタル、それをコトノハさんとギター弾き語りの二人で挟んだような出演順で繋いだライヴになった。

とは言っても、山西理彩さんと伊藤悠紀さんのピアノ演奏・楽曲のスタイルは違う。コトノハさんと愛間純人もギターで弾き語ってはいるが異なるスタイルの音楽だ。

結果、出演者4人がそれぞれ自身のライヴ・スタイルを確りと客席に届けあうことができたライヴ一夜であったと思うが、どうだろうか。

それでも、根底の深い部分では4人で共通している何かが存在したようにも感じた。ここでは、それは黙っておこう(笑)。

何故かって?・・・少々手前味噌的な自惚れめいた感覚も含むことを承知で言うならば、ライヴ会場に足を運んで4人の音楽に直接肌に触れた人だけが各々に感じられることだと想えるからだ。ブログなんぞに載せるのは、もったいない(笑)。何て言ったって、ライヴなのだから!

 

ま、それほど面白い、少し特殊な、特別感のあるブッキングライヴの一夜になったように感じる。これは、客席にいらしたお客様を含めて、ライヴハウスのスタッフの方たち、御一緒した出演者、共にライヴの空間に居合わせた皆で創り上げた時間だ。好き(よき)時間にしていただいたことを皆さんに感謝だ。

 

加えて、この日、とても、とても感激したことが起こった。

10月のライヴで山西理彩さんと御一緒したときに、「桜、夢色」のピアノ・アレンジをお願いしていた。快く引き受けてくださった。

それが完成した!それも丁寧に、楽譜と音源を一緒に手渡してくれた。宝物だ。

音楽活動を始めたからこそ、こうした喜びにも恵まれる。感謝しかない。山西理彩さんにも、音楽活動をお応援・ご支援くださっている皆様に、全ての人にだ。

音楽があってよかったぁ~と、実感もする。

 

さあ、こうした思いを前面に出してのライヴ、愛間純人Presents『ほっと楽しやハートライヴ(第9夜)』は、もうすぐ!

12月25日(日)だ。同じく「ライヴ小屋 Next Sunday」さんがライヴ会場となる。ゲスト出演に、ひらげエレキテルさん、五寸釘さん、菅野忠則さんらも迎える。私も、約8分間ある長い曲の新曲を初披露する。

足をお運びいただけたらと・・・。

詳しくは、このホームページの「ライヴ・スケジュール」で御確認いただきますよう、お願い申し上げます。

 

(この下にも写真があるよ:音響の坂元さん、みやこ店長、スタッフの今中さん)

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2016年

12月

15日

今日の一曲⑪:ブラームス「交響曲第1番」~ミュンシュ、パリ管弦楽団~

「今日の一曲」の第11回、今回は、ブラームス作曲の「交響曲第1番」を紹介する。

と言っても、またもや曲自体よりも、ある1枚のLPレコード盤との出会いの話になるかな・・・。

 

幼少の頃だ。具体的に何歳だったかは憶えていない。夕方の6時前だったように記憶するが、NHKの「みんなのうた」という番組を視聴するのが習慣になっていた頃がある。

後々になって知ったことだったが、ブラームスの交響曲第1番の第4楽章に出てくるテーマ旋律に歌詞が付いて、おそらく合唱曲になっていたように思うが、これを聴いたのが最初だ。記憶に残る限りで。

 

でも、ここからブラームスの音楽に興味をもつことはなかった。

 

学生生活がもう終わる頃だった。大人がなんであるかも自覚できていない無知で無自覚なまま、社会人として生活する時だけが近づいていた気がする。そんな頃に、音楽指揮者の小澤征爾さんの著書で「ボクの音楽武者修行」を手にしていた。この本の中で、フランスのオーケストラの指揮者で、「ミュンシュ」という人物が紹介されている。

ドイツ、オーストリア、イギリス、ハンガリー、ロシア、アメリカ、日本・・・などのオーケストラの演奏は耳にしたことはあったが、当時はまだ、フランスのオーケストラの演奏をそれまでに聴いたことがなかった。

「ミュンシュかぁ〜」、「フランスの音かぁ〜」。

 

これまでの「今日の一曲」を読まれた方は、その後の行動を容易に御想像できるかと思う。

「ブラームス」というよりは、「ミュンシュ」、「フランス」とういうのがキー・ワードで、レコード店へ(笑)。

不思議にも感じる偶然という出来事の一つがここで起こる。入ったレコード店に目立つように置かれているではないか。

「ミュンシュ」、「パリ管弦楽団」、これじゃないか!(上の写真)

・・・ええっと、ブラームス?交響曲第1番?・・・。

 

レコード盤に針を落とす。

ミュンシュ、パリ管弦楽団、ブラームス、交響曲第1番、最高だ!

引き込まれる、引きずり込まれる音楽だった。

第4楽章に入ると、幼少時代の懐かしさも交差するのだった。

 

このLPレコード盤に収録された演奏は、クラシック音楽ファンならば誰もが知る「名演奏」と称される一つなのだそうだ。当時から更に後々知ることになる。

 

これを切っ掛けに、ブラームスにも暫くハマる。

サイトウ・キネン・オーケストラのブラームスも好む。が、ミュンシュ指揮、パリ管弦楽団のブラームス「交響曲第1番」を聴かなければ、ブラームスにハマることはなかった。

 

フランスの音への興味でブラームスにハマるなどとは、クラシック音楽ファンからしたら邪道のように思われるかも知れない。が、現在になってではあるが、「人生の偶然とは、こんなものかもよ・・・」ということで、「今日の一曲」は、ブラームスの交響曲第1番(ミュンシュ指揮・パリ管弦楽団)を紹介させていただいた。

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2016年

12月

12日

今日の一曲⑩:ハーブ・アルパート 「アランフェス」

「今日の一曲」の10回目は、ハーブ・アルパートの「アランフェス」。

 

大好きな音楽の最上位にあるはずのハーブ・アルパートの音楽を、これまで何故だろう?不思議なくらい「今日の一曲」では紹介する機会がなかったなぁ〜。

以前に、ブログ「ミュージック・ヒストリー(第1回~第8回)」の中では、「ライズ」というアルバムでハーブ・アルパートを紹介させていただいたことはあるのだが・・・読んでいただいたことは?・・・なくても構わない(涙・笑)。

 

ハーブ・アルパートはトランぺッター&音楽プロデューサーだ。「フュージョン系ジャズ」、「フュージョン・ポップ」と呼ばれるジャンルになるのだろか? 彼自身も年齢・時代と共にその音楽も変化・進化をし、決めつけるのもいかがなものかなとは思う。音楽のジャンル分けは「おおよそ、〇〇な感じの音楽」という便宜上だけのものだ。音の構成や時代背景などによってという分類も確かにあるが、明確に分類することは到底できない。

 ハーブ・アルパートの音楽を聴いたことがない方は、おおよそ、こんな感じでとイメージしていただきたい。聴いていただくのが一番だとは思うが強制はできない・・・よな(笑)。

 

さて、前置きが長過ぎた。失礼。

千葉県内、住所は船橋市だったが習志野市との境で、数歩で習志野市内という所に4畳半一間モルタル造りのアパートに部屋を借りていたときがある。一人暮らしをはじめたばかりの頃だ。

半年くらいしてからだったか、近所に住む少しだけ年上の音楽好きの方と知り合いになった。顔馴染みになり始めていた食堂のオバチャンが紹介してくれてだった。

知り合ったこの方から、「最近はハーブ・アルパートを聴いているんだ」という話を聞いたのが切っ掛けだ。その翌日には、そこはもう習志野市だったと思うが?レコード店へ行った。このとき手にしたのが、アルバム「ライズ」だ。LPレコード盤だ、念のため。

 

アルバム・タイトルにもなっている「ライズ」もお薦めな曲だが、ここでは、盤のB面最後に収録された「アランフェス」を紹介する。

 

クラシック・ギターやスペイン・ギター(フラメンコ)などにご興味のある方は御存じかと思うが、ロドリーゴ作曲「アラフェス協奏曲」というギター協奏曲がある。これが原曲だ。原曲は、少し悲し気であったり、儚さ気な雰囲気も漂わせながらもスペイン舞曲(フラメンコ)風のリズミックな力強さも要素に取り混ぜた音楽だ。

 

これを、ハーブ・アルパートがアレンジして演奏した。前面にエネルギッシュさが出ているアレンジだ。情熱的であるがそれだけではなく、何か抑えつけられたものから一気に弾け出そう、解放されよう・・・とするような力強さとしなやかさ、少しの楽観さを想わせてくれるアレンジになっている。

いつも断っていることだが、音楽評論家ではないので、あくまでも個人の感想だ。

 

生まれ育った土地から離れて、初めて一人暮らしをしながら新たな地に確りと足を着けて生活をしたり、社会と向き合っていけるのか、不安や期待を共に抱えながら暮らしていた頃だ。今になって想い出すと何て初々しい。こんな頃もあったのかと思う。書いていて恥ずかしい気持ちにもなってきた。そんな時代に出会った音楽の一つがハーブ・アルパートの音楽だった。

それで、想い出した!

4畳半一間の畳部屋では、レコード・プレーヤーにラジカセを繋いで聴いていた。決まって、LPレコードを最初に聴くときは同時にカセット・テープにダビングもしたのだった。普段はカセット・テープで聴いた。平成生まれの方には、もしかしたら想像などできない図柄か(汗)?

 

ハーブ・アルパートがアレンジ・演奏した「アランフェス」、解放されようとする力強さに楽観さが交じり溢れるこの音楽が、当時、慣れない地で、なんとも初々しく、大人らしい大人になるまでにはあまりに未熟であることを簡単に見透かされていたであろう青年の、その背中を幾度となく押してくれたに違いなかった。下腹の奥底から湧き出てくるような熱いものの存在を感じながら聴いた記憶がある。

今日の一曲、ハーブ・アルパートの「アランフェス」を紹介をさせていただいた。

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2016年

12月

10日

ライヴ報告(そろそろ年納めライヴ① 日吉Nap)

ときどきご指摘も受けるのだが、「ライヴ報告」は、本ホームページの「ライヴ・スケジュール」に載せている30分以上のライヴに限らせていただいている。申し訳なさは感じている。

「何故、出演している全てのライヴについて、ライヴ報告をしないのか?」ということなのだが・・・。

出演している全てのライヴについて、ライヴ後の度に、しかも、ライヴ報告となれば出来ればタイムリーにブログをアップしたい。が、ブログを書くことに、そこまでの時間的な制約を受けるわけにはいかない現状況があることをご理解いただけたらと。あくまでも音楽活動を優先にすると、それは出来ない。だから一定のルールを設けた。他にも思うところはあるのだが、こればかりで長くなるといけないので、このくらいでご勘弁願いたい。

 

12月8日(木)の夜、神奈川は日吉にある「日吉 Nap」さんに出演させていただいた。大げさかも知れないが、人が音楽を生み出し必要としたことが感じられる、そんな心地好い一夜を楽しんだよ〜!

 

この日は、出演者が5組で、最後の出演だったので出番までゆっくりと他の出演者のライヴを客席端で楽しませてもらった。

出演者それぞれの想いや表現方法が際立ったブッキング・ライヴだった。音楽たちの多様さと可能性、才能の無限さ、再現のないライヴならではの時間の貴重さ、これらを、あらためて感じずにはいられないブッキングで、楽し過ぎた(笑)。

 

出演者は、理沙さん、HIROCKOさん、小林涼さん、本橋早織さん、で、愛間純人という順でライヴを繋いだ。

 

この流れで、歌とギターの演奏、トークも含めて、楽しく、確りと届けたい想いを乗せたライヴを心掛けながらも自然にステージに立たせていただいた。

客席も、じっくりと耳を傾けてくれて、楽しんでくれているかのように感じた。ま、感じ方は色々だろうけど。いずれにしても、ステージ上でも好き(よき)思いで過ごさせてもらった。同空間で共に過ごしていただいた皆様に感謝、感謝。

 

それと、日吉に寄ったらここへという場所がある。この日も、サウンド・チェックの前後にそれぞれ、[Cafe ISSUI」さん、「珈琲屋いこい」さんに、寄らせていただいた。気持ち良く過ごさせてもらった。こちらへも感謝。

 

今回を含めて、「そろそろ年納めライヴ」をテーマにライヴが続く。未熟者がしていることなので何も納まりもしないのではあるが(笑)、「ほっこり、まったり・・・」と、生の音楽・演奏を楽しみたい気分になったら、ライヴ会場へと足をお運びいただけたらと思う。いや、お願い・・・だね(笑)。

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2016年

12月

05日

自分を救うのは感謝からはじまる自分(改訂版)

これは、2016年10月31日に載せたブログを所々改訂して載せたものになる。あらためてお読みいただけたら、幸いに思います。

 

年齢だけは増していくが、人間が出来ていないものだから、日々、迷ったり、悩んだり、諸々の課題がなかなか尽きない。つい、孤独感に襲われることもしばしば。どうやらそうは見えないらしいが・・・、まあ、滅多に見せたりもしないのだが・・・。

 

10日ほど前のライヴでだったか、ライヴ中のトークとして曲創りについて簡単に話をした。すると、続く同日の出演者も、それぞれの曲創りについて語ってくれた。

その中で、共通して語られていた曲創りのパターンの1つとして、

「あるとき、曲(または歌詞)が降りてくることがある。」

という話があった。

クリエイティブなお仕事や作業をする方は音楽やアート系でなくても、物創りされている方や様々な開発などに携わっている方も体感されるようなことかと思う。少しスピリチュアルっぽい話に感じられるかも知れないが、感覚的にはそうした感覚だ。

 

ここで、先日のブログ「歌う準備、ストレッチなどはしない」の終盤に書いたことにも触れさせてもらう。「人はそれぞれ違うのが自然だ」と書いた。表面に見える姿、表現方法、感じ方、物事への対処方などは、人それぞれ違うのが自然ではないだろうか。「普通の人」、「人並み」というのは無いと考える。

ところが、この表面のレベルで、「皆と一緒・同じ」ということを求めすぎる妙な集団心理が働きやすくなった時代にあるとも感じる。ここ約15年くらいのネット社会になってからは特に。ネット社会に人はまだまだ慣れていないのだ。慣れている振りをしている者も多いのではないか。だから、一時、あるいは瞬間的に、ここに入れなかった感じを抱いた者がここに囚われて、「人それぞれ違って良い」、「人それぞれ違うのが自然だ」ということを忘れて、勝手に孤独感に苛まれたり、もっと過ぎると孤立してしまう。こんなことに陥りやすくなっていることもあるのかも知れない。

 

勘違いしないでもらいたい。協調性や人々の共有を否定しているのでは決してない。むしろ、協調性、共有の意識は大切だと感じている。

 

「あるとき、曲(または歌詞)が降りてくることがある。」に話を戻そう。

曲創りには自ら絞り出すようにして形にする場合もある。だから、こうした感覚は別モノで、むしろ、特別な場合の感覚だ。

私はこの感覚を、こう受け止めている。

「とてつもなく大きな存在」からのメッセージを受け取っているのだと。「あなたにメッセージを届け預けるので、あなたの表現で他者に伝えて届けてみなさい。」と。やっぱりスピリチュアルな感じか、または何か宗教的な感じに思えてしまうか?そんなつもりはないが、感覚としてはこうなのだ。

気にせずに書き続けるが(ホントは少し気にしながら(汗))・・・、

 

自然現象、遺伝子情報、地球、宇宙の仕組みなどを想うと、決して人間の及ばない「とてつもなく大きな存在」があると思えてくる。

この「とてつもなく大きな存在」から発せられたメッセージを、例えば曲創りをしている者がメッセージの一部を分けてもらって、各自の表現方法で他者へ音楽・曲として伝え、届けているように思えてくる。決して、自身の力だけで音楽・曲ができたとは思えない感覚のときがあるということだ。

だから、こうして、曲・音楽が出来上がったときは、メッセージを分けてもらったことへの感謝の想いが同時に湧き起こってくる。

 

それで、想う(想像する)。

何もクリエイティブな作業をしている人だけでなく、人は誰も、深い深いところでは繋がりあって共有しているのだと。遺伝子、自然、地球、宇宙など・・・この深いレベルでの協調性や共有感を、本来、人は誰もが持ち合わせていると。

 

しかしながら、現在、こうした深いレベルでの協調性・共有感が急速に薄れつつあるように感じる。あらゆる問題が引き起こされているようにも感じる。

 

話が横道に外れそうでもあるが(一緒に毒も吐きそうだが・・・)、

例えば、行き過ぎた地球環境破壊であったり、それが更には異常気象をもたらしていたり、食料事情の悪化にまで影響して、人類は人類自らの首を絞めているかのようにも感じる。少し話を拡げ過ぎたか?

ならば、すぐ近くで起きている深刻な社会問題だ。人を人して扱わないような雇用の仕方をして利己だけを目的とした企業が「ブラック企業」、「グレー企業」と言われながらも、現実には多くがまかり通っている。「ワーキング・プア」さえも生み出しているこの時代・社会の深刻さ。

本来の深いレベルでの協調性・共有感の薄さからに思える。子育てや教育などにも様々な問題を引き起こしているように感じてならない。

やはり、少し話が飛躍し過ぎたか・・・。

 

繰り返すが、それでも本来は繋がっていると思えるのだ。こんな私にも「あるとき、曲(歌詞)が降りてくることがある。」のだから。

(実際、人々が深いレベルでの協調性・共有感をもつには、どうしたら良いのか・・・、で、この文章は無責任か?)

 

もしも、日々、悩み、迷い、ときに孤独に思える人(自身を含めて)が、このブログを読んでいるとしたなら、こう考えてはどうか?

 

表面上に目に見えるレベル(物事への感じ方なども含めて)は、他人と違っていても良い。姿などが同じようでなくても、必ずしも同じ考え方でなくても構わない。むしろ、人はそれぞれ違うのが自然だと。

 

ここで少しだけ念のため加えておくが、「ただし・・・」だ。他人との違いを表現する方法として、他人を傷つけるようなことが勿論あってはならない。深いところでの協調性・共有感が欠如していると他人を攻撃したりもする。が、こんなことはあってはならない。

 

話を戻す。

だけど、孤独感などに苛まれたり、孤立してくると、自分で自分のことが嫌いになってしまいがちで、世界を眺める視界まで狭くなってしまうことがある。

だから、まずは、自分の住んでいる地域にある景色や恵であったり、次に自然や地球、そして宇宙の営みへと、少しずつその視線先や視界を拡げてみる。その中で小さな一欠片が生かされているのだと。それらを含めて、深い深いレベルでは繋がっている意識や感謝をすることから、先ずは、はじめてはどうか?

 

感謝の想いは自分を好きになることも想い出させてくれる。そしたら、自分を好きでいられる時間を少しずつでも増やせるように、目の前を、感謝と共に、ただただ生きていくことだ。

それから、一人、二人であっても、たとえ陰ながらであっても、前へと歩もうとする人のことは誰かが必ず見ているものだ。その人達の存在に気付いたり、その人達への感謝も想い出させてくれるかも知れない。

 

①少しずつ視線先や視野を拡げて広く大きなものを対象に、感謝の想いをもつ。

②願わくば、その中のたった一欠片である自分を好きになる。愛おしく想う。

③目の前をただただ生きて、自分を好きでいられる時間を少ずつ増やせるように歩み続ける。

④一人、二人であっても、自分を見くれている存在や感謝する人は本当にいないのか、いま一度、見渡して想い起こしてみる。気付いたら感謝だ。

⑤まあ、なかなか簡単じゃない。だから、また自分が嫌いになったら、何回でも、いつでも繰り返しても良いと思っておく。

 

何も問題なく生きている人など何処にもいない。どうにか、こうにかであっても、目の前を生きることなのではないだろうか。それには、「感謝」は必要だ。

冒頭に書いたが、年齢を重ねてきているだけで人間が出来ていない。そんな者の現在のところでの思いだ。長々と書いてしまったが、参考にもならないか(笑)。

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2016年

12月

04日

何かを終えた後こそ大切に(ご意見に答えて)

やたらと、という表現は少々過敏すぎる反応かも知れないが、最近、「先送りしない行動・・・」、「すぐやる・・・」といった類の本が書店店頭に並ぶのが目につく。こんなにも書き手がいるのかと思ってしまうほど多くの著者によって、様々な視点から書かれた本たちだ。

達したいと想う目標に向けての準備から行動等について、心理学や、脳科学、行動科学などに基づいて書かれている。

・・・って、よく知っているでしょ?この半年くらいで4~5冊くらいではあるが読んだかな(笑)?

 

で、今回はこれらについて・・・ではない。

10月22日に載せたブログで、「歌う準備、ストレッチなどはしない」に、幾つかのご意見をいただいた。お応えをすることを、申し訳ないことに暫く放置してしまったが、ここで書かせていただく。

あらためて、ブログを読み返していただけたら大変ありがたい。が、そんな人は珍しいだろう。だから少し振り返ることにする。

 

ごく簡単に振り返ると、通常の生活で自然と身体を動かしていたなら、わざわざ歌うための準備としてストレッチなど特別なことはしませんよ〜。特に首周りや肩周辺のストレッチは避けてますよ〜。・・・という内容だ。もっと、もっと、大切なことも書いて載せたのだが、長くなるのでここまでの説明に留めておこう。

 

では、ご意見にお応えすべく、書き記しておこう。

日々の歌やギターの練習後、あるいはライヴ後は、どうしているのか?

これを書き記せば、端的にお応え(お答え)したことになると思う。

 

必ず、丁寧に、足先から顔面まで身体全体を通して主な箇所をそれぞれストレッチする。そう、首周りや肩周辺もだ。呼吸を停めずに20秒~40秒。呼吸は静かに鼻から吸って口から吐く。吐く方を長めにしながらストレッチをする。

さらに最近は、事を終えた後の休息・休養にも工夫を心掛けている。具体的には、いずれブログに載せるかと思う。

 

「何か終えた後こそ大切に」だ。

歌うとか、ライヴをするとかに限った話ではないと思っている。スポーツなどをされている人なら当たり前に思えるだろう。

何かを終えた後、その瞬間から次なる準備がはじまる。何かを終えた後こそ、そのケアーを先ず大切に丁寧に行う。

例えば、後片付けと同じだ。イベントやパーティーを開いて大盛り上がりをすることも大切だが、ドッ散らかしたままでは終えられない。次が何も始められない。

イベント・物事によっては、むしろ準備よりも時間を掛けて丁寧に後片付けをしなければならない場合もあるかと思う。

これと同じだ。これらを疎か(おろそか)にしてしまうと、次なるパフォーマンスに大きく関わる。どうかすると、生き方にまで関わることもあるだろう。大げさか?  いや、そうでもないと思うが、ここ最近になっては殊更強く実感している。

 

事を成し遂げる準備や過程にも、成し遂げた出来事そのものにも、勿論、重要かつ重大な意味があるのだが、「何かを終えた後こそ大切に」ということも、常に心掛けておきたいものだ。

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2016年

12月

03日

今日の一曲⑨:マーラーの交響曲第2番「復活」

「今日の一曲」の9回目。今回は、マーラー作曲、交響曲第2番「復活」を紹介させていただく。

この曲にまつわる思い出話というより、この曲が収録されたあるLPレコード盤について語ってみようと思う。

 

もうだいぶ前の話だが、マーラーの交響曲が日本でもブームになったときがあった。クラシック音楽でブームになるというのは大概が「作曲者の生誕〇年を記念して・・・」ということを言って、クラシック音楽界全体で盛り上げるのだ。このときもそうだったかも知れない。申し訳ない、あまりよく憶えていない。ただ、普段あまりクラシック音楽を聴かないような人たちまでが、マーラーの交響曲をBGM的に部屋に流して過ごすといったことが流行の話題になったのを記憶している。だから、ちょっとしたブームであったことは確かだ。

ちょうどこの頃、レコード店にCDが置かれるようになった。CDとLPレコード盤とが同居して店に並んでいた。でも、まだまだLPレコード盤の方が多い。

 

きっと、マーラー・ブームにまんまと乗せられたのであろう、マーラーの交響曲を求めてレコード店に入った。

そこで、見つけたのが紹介するこの盤だ(上の写真)。

「スーパー・アナログ・ディスク」と称されたレコード盤だ。「究極のアナログ・サウンド」が謳い文句だ。

手にすると通常のLPレコード盤よりも明らかに2倍以上は重たい。ずっしりくる感じ。少々大げさか?いや、そうでもないな。盤がしっかりと分厚い。 

 ジャケットの中に「スーパー・アナログ・ディスク」の説明も書いてあって、どうやら、通常のLPレコード盤よりも細かな周波数の変化も再現できるらしい。

この目新しいレコード盤のキャッチにも乗せられたのかも知れない。実際に聴いてみると、ダイナミック・レンジ(音量の大小の幅)の広さを先ずは感じる。静かに鳴っている音の滑らかさと音量が上がった箇所での迫力に威力を発揮しているように感じる。

が、マーラーの交響曲第2番とはそういう曲でもある・・・ん〜、なんともなぁ(笑)。

CDに対抗して、「アナログ・レコードもこれだけ聴かせられるぞ!」という当時のレコード盤製作関係者の必死な思いが今になって伝わってくる。すみません、気付くのが遅過ぎました~(汗)。

 

さて、この究極の「スーパー・アナログ・ディスク」に収録された演奏、演奏そのものもとても気に入っている。よかったでしょ(笑)?

ズービン・メータ指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ウィーン国立歌劇場合唱団による演奏だ。1975年2月の録音と記されている。ジャケットに記されているのを確認すると、1986年に、この盤にして発売したということのようだが・・・。

 

で、お気に入りのこの演奏、私の勝手な感覚だが、演奏の最初から最後まで、また細部に渡るまで、最高のテンポ感だ。音楽評論家ではないので当てにしないように願いたい。あくまでも、個人の感想だ。・・・あれ?、何かのCMのようなフレーズになってしまったか。

とにかく、最高のテンポ感だ。というのは、このレコード盤を聴いていると、いつの間にか眠りに就いている。これが何よりの証拠だ(笑)。言い忘れたが、このレコードは2枚組で成り立っている。1枚目のA面、次にB面に盤を反してプレーヤーに置き鳴らすと、その後は大抵の場合、いつのまにか音が止っている。ウトウトと目を覚ます自分に気付く。やっと、2枚目の盤をジャケットから取り出す。2枚の盤を続けて通して聴くことは滅多にない。心地好いとは、こんな状況にもしてくれることがある。

 

マーラーの交響曲では、第5番や第8番も好みで聴く。が、この「スーパー・アナログ・ディスク」の存在のお蔭で、交響曲第2番「復活」をとても気に入って、これが切掛けで、これらも好きになったように思う。

 

当時、「マーラー・ブーム」と「スーパー・アナログ・ディスク」の両方に乗せられて手にしたのだが、好い(よい)音と演奏に出会えたと感じている。・・・というこで、「今日の一曲」は、マーラーの交響曲第2番「復活」を紹介させていただいた。

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2016年

11月

28日

12月も、温か音楽空間「ほっと楽しやハートライヴ」

昨年の3月から、ほぼ3ヶ月ごとに企画させていただいているライヴがある。このホームページの「トップページ」と「プロフィール」でも紹介させていただいている。温か音楽空間『ほっと楽しやハートライヴ』だ。

 

このあと、あれこれと書き並べるが、先に掲げてしまおう。

この『ほっと楽しやハートライヴ』・・、

生涯を懸けての「ライフワーク」と考えている。

歌ってギターを鳴らしてステージに立てる限りは続ける。そう考えている。

あれ?冒頭から少々重たい感じになってしまったかな・・・(笑)。

 

次回で9回目となる『ほっと楽しやハートライヴ(第9夜)』は、12月25日(日)、東京・阿佐ヶ谷の「ライヴ小屋 Next Sunday」さんで、18:30よりオープンさせていただく。

この第9夜のゲスト出演者は、ひらげエレキテルさん、五寸釘さん、菅野忠則さんだ。

 

ゆったり、まったり・・・、クスッと笑えて、楽しく・・・、

少〜しだけ、人や社会のことを考えてみたり・・・、

奏でられる音たちと共に好き(よき)一夜を過ごしてみませんか?

そんなアコースティック・ライヴです・・・きっと。

 

・・・といったフレーズで、ライヴを案内している。

 

このホームページの「ライヴ・スケジュール」と、ライヴをさせていただく「ライヴ小屋 Next Sunday」さんのホームページに、既にアップされている。

同時に、普段から出演させていただいている各ライヴハウスやライヴカフェでは紙面印刷のフライヤー(チラシ)で配布をはじめた。

隠れ家的な行きつけのカフェにも、同じものを、そっと置かせてもらっている。・・・ライヴの告知を「そっと置いて」というのは効果がないか?(笑)。

イラスト(上の写真)を描いてくださったのは、ハマノナツキさん。企画ライヴ案内のイラストは、これまでも全てそうだ。

 

さて、「ほっと楽しやハートライヴ」への思いを少し語ろうかと・・・。

自身、病気で何もできなくなってから、やっと、自分の生き方を見つめ直すようになった馬鹿者だ。もちろん、現在に至っても未熟者そのものではあるのだが、こんな馬鹿者も生き方を見直す中で、日々、少しずつ、少しずつ、想いを巡らせながら行動できることから実際に行動に表していたら、音楽創作・音楽活動に繋がった。

これは、「今何ができるのか?」という問いに、応えて答え続けてきてのことだと感じている。

中でも、ライヴ活動は常に厳しく問いただしてくる。その度ごとに必ず何かを越えなければ応えてくれない。ライヴ活動を続けてきて、お陰様で多くのものを与えていただいたと感じられている。生きていく上で何一つとして無駄は無いのだと・・・。一時的に失敗したと思えた悔しささえも貴重な体験に感じられ、心通わせられる大切な人たちと新たに出会うこともできた。

 

そう、始めてしばらくの音楽活動は、それだけであった。もちろん、現在も「今何ができるのか?」の問いは繰り返される。

 が、現在はまた少し変わってきた。

それが、昨年の3月に形になって表れた。

『ほっと楽しやハートライヴ』だ。

 

ここから数行は、今までのブログでもライヴ中のトークでも話したことがないことなのだが・・・、まあ、あまり書くと一緒に毒まで吐くといけないので、ほんの少しだけ記すことにする。

それは、ある危機感を含んでいる。

人が、人々が、「日々、笑顔で」、「日々、幸せを感じて」、・・・に繋がるような大切で欠かせないことが、あまりに簡単に Through されて(見過ごされて)はいないか?

 おっと、やはり毒を吐きそうなので、これくらいで、もう止めておこう(笑)。

 

 もっと、もっと、いろいろな人にライヴハウスで音楽を楽しむことを体感してもらいたい。その体感は特別なものになり得ることを知ってもらいたい。

ライヴハウスは、客席のお客様とステージの出演者との距離の近さが持ち味の空間だ。近距離で聴く生の音、繰り出される生の演奏、その振動、息づかい、決して再現のない一瞬のパフォーマンスが目の前で・・・、これらから伝わるものを感じてもらいたい。

 

だから、

『ほっと楽しやハートライヴ』 では・・・、

確かな音を奏でる人たち、音を届けようとする中に、少々大げさな表現で誤解を生むかも知れないが、何かしら「芯」や「魂」のようなものを持っていると感じる人にゲスト出演いただいている。それこそ、「奥底に温かなハート」を持って届けようとしているミュージシャン、アーティストだ。

それと、これは決まり事ではないのだが、割りとシンプルな音(ヴォーカルとギター、ヴォーカルとピアノ・・など)での演奏をスタイルにしている出演者が多い。

愛間純人も、そうだからではないよ(笑)。

演奏を聴くお客様のイマジネーションを、できるだけ奪わずに、そのまま預けて刺激したいという思いがある。

 

ライヴハウスという空間の力を借りて、これら奏でられる音たちを、客席で体感したら、ひょっとすると生き方まで変わるかもしれない・・・と、大げさではなく多いに可能性がある。

まあ、もしもそうでないにしても、一夜、ライヴ中の約2時間と帰宅の途につく時間は、笑顔であったり、充実感に満たされた時間を過ごせることと思う。

 

当然、ライヴにご来場いただく方は、それぞれの想いで足をお運びいただくだけで良いと思う。それぞれを過ごしながらライヴ空間を共有していただくだけで十分。まずは、それぞれにお楽しみいただけたらと・・・。

 あとは、『ほっと楽しやハートライヴ』が自然に何かを届けることでしょう。

 

と、以上、『ほっと楽しやハートライヴ』について書き並べてきたが、

「みんなぁ、もっと、ライヴに来てよ〜ォ!」

というお願いなのだ(笑)。

*この下にも、ライヴ案内の画像があるよ。

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2016年

11月

26日

今日の一曲⑧:矢野顕子「いつか王子様が」

「今日の一曲」の8回目。これまでがクラシック音楽かジャズ系の音楽のどちらかだけになっていたので、今回こそは違うジャンル(?)をと、少し意識的に選んだ。テクノポップ系から紹介する。

今日紹介する一曲は、矢野顕子のアルバム「ただいま。」の中に収録されている。アルバム全体も色々と紹介したいくらい面白みに満ちた全17曲が収録されたアルバムだ。小学生たちが書いた詩に矢野顕子が曲をつけて歌ったものも9曲収録されていたり、シングル曲にもなって化粧品のCMで多くの人に知られた「春咲小紅」も収録されている。

 

と、いうようなことは、当時レコード店で購入してきたこの盤をレコード・プレーヤーに置き聴いてみて初めて知ったことだった。えっ?もちろんCDじゃないよ。LPレコードだ。「テクノ」だけど「アナログ・レコード盤」で聴くというよき時代にリリースされたのだ(笑)。

 実は、矢野顕子もその音楽も当時はあまり存じ上げず、坂本龍一らの「YMO」のライヴ・ツアーなどにサポート・メンバーで加わっている人?くらいの認識しかなかった。ゴメンなさい(誰に謝っている?)。ジャケット(上の写真)が、あまりに素敵過ぎたので買ったというのが購入理由の80%を占めていたと思う。ただし、この数字はまともに信用しないように願う。でも、まあ、「ジャケ買い」というやつだ。

 

余談になるが、LPレコード全盛の時代は、「ジャケ買い」も楽しみ方の一つにあった。CDのサイズでは「ジャケ買い」はしずらいものなぁ。

 

当時、テクノポップは発展途上の音楽だ。急速にコンピュータ技術が進んで、シンセサイザーなどの電子楽器類もその性能が日々進化を遂げていくほどの勢いだった。あらゆるジャンルのミュージシャン、アーティストたちが様々なサウンドにチャレンジする活気に満ちた音楽界であった。欧米などもそうであったようだが、日本の社会もチャレンジあふれた活気ある時代であったように記憶する。

 

矢野顕子もこうしたチャレンジを重ねたであろう時代のアルバムの一つ「ただいま。」だ。これだけ面白い楽曲たちが集められた中で、このアルバムのA面の2曲目にあるのが「いつか王子様が」だ。

もちろん、シンセサイザーなどの電子楽器のサウンドを色々と試しチャレンジしていることが伺えるアレンジだ。当時のテクノポップはやや単調に聴こえがちな側面があったように思う。が、この矢野顕子の、特に、「いつか王子様が」は、矢野顕子のヴォーカルが様々に表情を見せて、魅せてくれる。優しかったり、力強かったり、明るかったり、寂し気だったり、この一曲の中に詰まっていて、テクノポップのサウンドが、矢野顕子という存在と共に、自由さを次に次に拡げてくれるのでは・・・という可能性を感じさせてくれる。楽しさ、面白みは、このアルバムに収録された他のどの曲も持ち合わせているが、自由な表情や表現の豊かさは、この「いつか王子様が」から一番に感じる。当時も現在も聴いていて、その可能性やその可能性を想い出して、嬉しい思いが沸き上がってくる。

 

そう、「今日の一曲」で、歌詞つきの楽曲を紹介したのは初めてになる。それだけ、矢野顕子のヴォーカルの表現の豊かさや自由さが、当時も現在も何かを届けてくれている印象なのだろう。

 

さっきから、「当時」って、「いつの話だよ〜」と思って読んでくださったあなた!ありがとうございます!確りと読んでくださって・・・。アルバム「ただいま。」は、1981年のリリースらしい。愛間純人は何歳なんだなんて想像するなよ。頼むお願いだ(笑)。

 

テクノポップ・サウンドへのチャレンジを感じると共に、豊かな表現で自由さをも忘れずに届けてくれた楽曲、矢野顕子の「いつか王子様が」を、「今日の一曲」として紹介させていただいた。

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2016年

11月

24日

「最強の食事」お試しのその後

9月から、このブログでも、何回かに渡って食事と健康について触れて載せている。今回は、「最強の食事」を実践・体験しながら、その後のご報告をさせていただく。

 

以前に載せた関連のブログを読んでいない人は遡って読んでからにしてくれ・・・とは言えないなぁ〜(笑)。で、掻い摘んでになるが、これまでの経過を・・・。

今年の夏、体調を大きく崩してしまい夏のライヴ・ツアーを中止せざるを得なくなった。多方面にご迷惑も掛けてしまった。それまでも気付かっていたはずの食事を、再度、ゼロから見直すことにした。身体の感覚を最重要にしながらも、以前に読んだことのある食事・健康に関する書籍類などを再度読み返したり、かかりつけの医者や数少ない友人の中で食や健康管理に詳しそうな人にも相談したり。

そんな折、9月中旬頃に偶然だった。日本語タイトルで「最強の食事」(デイヴ・アスプリー著、栗原百代訳)という本を手にした。この本に書かれている内容を基本に、9月下旬頃から実践している。

ちなみに、この本の内容はダイエット方法としても書かれているが、それが目的ではない。厚生労働省?がいうところの標準体重を8kgほど元々下回っていたので・・・。健康で、高いパフォーマンス力を維持できる食事を採ることが目的だ。

 

では、ご報告だ。

以前のブログでも少し触れたが、9月末から10月末はとても良好に感じていた。今年の夏、あるいはそれ以前に比べて、信じられないほど身体は楽になった。パフォーマンス力や大切な場面での集中力などを含めても、以前に比べて明らかに良い状態になった。大げさではなく、頗る(すこぶる)順調であった。

 

でだ・・。こうして調子に乗っていると何かが起こる。自身の人間的な至らなさが根源的な問題なのかも知れないが、大抵、「調子良いぞ」なんて思っていると何かしら問題が浮上する(笑)。(笑)って、本当のところ、本人は決して穏やかではないのだが、起こってしまったことをただ悔んだり否定的になるのも建設的ではないので、先ずは笑ってしまうことにしているのだ。そう、次を考えるためにも。

あっ、それで、どんな問題が起きたかだ・・・。

11月に入ってのことだった。風邪を引いてしまった。直後からライヴが続いていた時期でもあり、連日歌うのには少々苦労した。お客様に気付かれるようなことは無かったようだが、私からは決してベスト・パフォーマンスとは言えないライヴを続けてしまった。客席側で熱心に聴き入っていただいたり、盛り上げていただいたのも、むしろ幸運だったとしか言えない。風邪の症状は想いのほか長引いてしまい、症状が消えたのは4~5日前のことだ。

 

風邪を引いたということを大して問題にしなかったり、割と軽く考える人も少なくないように思える。でも、身体の抵抗力・免疫力が下がっているということであり、それは身体に良い(好い)食事をしていないか、健康を保つ上で何かしら誤った食の仕方をしているということだ。それが一因にあるということだ。いや、一因どころではなく食事の問題は大きい。睡眠・休息にも影響するのだから。

 

「最強の食事」を基本にしてというのは、方向としては間違っていないように感じている。繰り返すが、今日現在も、今年の夏前までや昨年に比べたら身体はずうっと楽だ。明らかにパフォーマンス力・集中力も向上した。

ただし、この本に書いてある通りのメニューを食するとなると、現在の生活レベルでは少々難しい現実もあったり、事細かにデーターやデーター分析も詳しく述べられた本ではあるものの、日本の食料事情や食文化にはあまり詳しく触れられていないこともあって、日本に暮らす以上、その身の周りにある手に入りやすい食材・食品等で替わりになるものを探り試している面もある。本に書かれている通りの完璧な「最強の食事」を実践・実行できているわけではない。多少はこの試し方に課題があるようにも思う。

 

そこで、風邪を引いてしまってから今日現在までの3週間ほどは、先ずは全体的に食べる量を若干多くして試している。腹6分目くらいを腹7分目くらいにしたといったところだろうか。それでも、実際の感覚としてはお腹は十分に満たされている。これに加えて、少々の出費増額を覚悟で、本の中で、「完全無欠の・・・」と記されている食材・食品をこれまでよりは多く採るようにしている。

あらためて、自身の身体と相談しながら進めていく必要があるようだ。まだまだ工夫の余地もありそうだ。何か良い案が想い付いたり、身体に何らかの変化が起きたときにでも、またこのブログでご報告させていただくとしよう。

 

「最強の食事」の内容そのものについては、このブログには載せていない。最近、書店では、この本が目立つところに置かれるようになって話題になりつつあるようだ。内容をお知りになりたい方、特に食事や健康が気になっている方には参考になると思う。

が、ここのところ時々このブログで世間様に向けて書かせていただいていることを、敢えてここで繰り返すが、あくまでもその人それぞれ自身の問題だ。参考にして行動するにも自身の覚悟や自身の軸をもって、自身の感覚と折り合いをつけながら進めてもらえたらと願う。

 

少し偉そうだったか?

この種の言い分には、先ず一番に、自身に言い聞かせるための言葉であるのだ。「偉そうに」と、そう感じたのなら大変失礼をした。

 どうか皆様、お身体を大切にお過ごしください。

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2016年

11月

23日

ライヴを訪ねて「由弥さんワンマンライヴ」

これまた日がだいぶ経ってしまってからのブログ更新で恐縮である。

先週、11月17日(木)、由弥さんのワンマンライヴ『社畜乃宴 vol.2』にお邪魔させていただいた。

 

このライヴ、阿佐ヶ谷の「ライヴ小屋 Next Sunday」さんの11周年記念企画の一つで、由弥さんの2回目のワンマンライヴであった。同時に、由弥さん30歳の誕生日を迎えられてのライヴでもあり、由弥さんご本人にとって、区切りの一つとしても特別なライヴであったと想像する。

 

たまたまというのは失礼だな(笑)・・、この日、丁度運良くスケジュールが空いていたので、訪ねることができた。

 

由弥さんとは2年ほど前に、ブッキング・ライヴで御一緒してからの付き合いである。両者の創る音楽は楽曲全体を並べると演奏スタイル等を含めてその雰囲気は少し違う。かと言って、さほど離れていないようにも感じている。音楽で伝え表現したいもの、ライヴで届けようとするものなど、根本の目指すところが似ているのかも知れない。数多く会っているわけでもないし、それほど色々と話などをしたこともないが、たまに久しぶりに顔を合わせても、何となく互いに分かり合っていると思える。だから、彼には、企画ライヴへの出演依頼はしない。意味はお分かりになるだろうか?

 

さてさて、「ライヴを訪ねて」では、あれこれと感想は書かない。最小限に留めておこう。

とっても、とっても、楽しいライヴだった。由弥さんの人柄を象徴するようなライヴで、会場に集まったお客様もそうであった。何とも楽しい時間を提供してくれて感謝、感謝だ。「由弥さん、30歳の誕生日おめでとう!」というのにも相応しいライヴだった。好かったぁ〜。

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2016年

11月

20日

今日の一曲⑦:上原ひろみ「another mind」

「今日の一曲」、7回目は、「これまでとは別のジャンルを・・・」とも思ったのだが、最近また聴いている曲があって、再びジャズの紹介になるが・・・ご勘弁を。ただ、「今日の一曲:①〜⑥」では、クラシック音楽、ジャズ、いずれも、LPレコードを取り挙げてきたが、今回初めてCDを紹介する。

 

上原ひろみ、2003年の全米デビュー・アルバム「another mind」だ。

今回も、「一曲」ではなく、アルバム全体として紹介させていただく。

 

このアルバム、全9曲が生録音で収録されていて、その生録音っぽさとスタジオの空気感が確りと伝わってきて、ご機嫌な音なのである。

 

実は、ある方(先輩)から頂いた大切な品の一つでもある。

当時、不安やらプレッシャーを抱えながら過ごしていた時で、なかなか他人に相談するというのも苦手にしていたのであった。おそらく温厚で物腰のしなやかなこの方の人柄を感じて、自身で抱えたものを一言二言つい漏らしたのだと思う。それから数日経ってだった。まったく予期していないところに、この方からいただいたのが、このCDだ。

 

アルバム全体、2002年頃の上原ひろみの若さあふれるインスピレーションとクリエイティブさ、チャレンジ魂というべきか彼女ならではの他にはないエネルギッシュさが多いに詰まっている。

まさに、当時の心境にはタイムリーな音たちだった。どうかしたら逃げ出してしまいそうな状況の中、背中を押し、今一度、歯を喰いしばりながらでも気持ちを奮い立たせてくれる音たちになった。その方の優しい気持ちと一緒に届く音でもあったのだろう。特に当時は、一日の始まりに大き目な音量で部屋に鳴らして聴いた。

(そう、以前に紹介したメイナード・ファーガソンの「ロッキーのテーマ」とは、また少し違う感覚なのだ。)

 

前半にも書いたが、全曲「生録音」というのが心地好いというのもあるが、加えて、嘘っぽくなく聴こえて、救われるような想いを感じさせてくれるのかも知れない。現在も、ふと弱気さが顔を覗かせると、このアルバムを聴く。いや、聴くことにしているのカモ(笑)。

 

いただいた大切な品であると共に、弱気な心を消し去り、今一度、気持ちを奮い立たせてくれる「今日の一曲」として、上原ひろみ、2003年のアルバム「another mind」(全9曲収録)を紹介させていただいた。

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2016年

11月

14日

ライヴ報告(Next Sunday 11th Anniversary)

お陰様で忙しく動いておりまして、言い訳っぽいが、ブログ更新に余裕がなく、これまた御報告が遅くなってしまった。が、これだけは御報告しておかねば!

 

11月10日(木)の夜、東京・阿佐ヶ谷「ライヴ小屋 Next Sunday」さんの「 11th Anniversary(11周年記念)Live」としての一日に出演させていただいた。

 

他の出演者、びゃっきーさん、AKIさん、菅野忠則さんと、顔見知りの方々との出演でもあり、とても面白くもあり、楽しい一夜になった。

加えて、この日のPAさん、4〜5年前に都内の別のライヴハウスでお世話になった方で、ちょっとお互いに懐かしんでの再会となった。このPAさんの話では、愛間純人も随分と進化を遂げているらしい。社交辞令でも嬉しい(そんなことはないと思っているが・・・)。

 

が、この日、せっかくの記念のライヴであるにもかかわらず、なんと馬鹿者なのであろう風邪を引いてしまい、サウンド・チェックのときは満足に歌えなかった。当然、本番もベスト・パフォーマンスであるとはこちら側からは言えないが、客席では、風邪など引いていることには気付かなかったらしい。ほっと~・・・(汗)。

勿論そうであるように徹した。喉に負担を掛けないのならトークを減らしたりも方法だが、いつもの歌・演奏&トークのライヴで通した。

 

症状としても副鼻腔に溜まる鼻水(?)が喉に廻ってこなければ、まあまあ、いつものように歌えるくらいではあった。もちろん、顔面・頭蓋骨をきれいには響かせられはしないが、マイクを通してなら何とかなる(?)程度ではあった。少々なら鼻水が喉に廻らないようにするちょっとしたコツはあって・・・、おっと、どうでもイイ話だな・・。

ライヴが次々と続いているような時期に風邪などを引いていること自体、論外だな。お客様にも失礼だ。まったく面目ない。

 

結果的にということにしかならないが、こうした記念のライヴで、客席に愛間純人としてのライヴが何とか届けられてよかった。まあ、ただ幸運だっただけなのかも知れない。

楽しい一夜に共にしていただいた皆様に、心から感謝申し上げる。ありがとうございました。

 

「ライヴ小屋 Next Sunday」さん、あらためて11周年、おめでとうございます。今後も、音楽を愛する多くの人に好き(よき)場であり続けますよう、願っております。

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2016年

11月

12日

ライヴを訪ねて「五寸釘さんソロ・ライヴ」

ご報告が遅くなって、申し訳ない。

11月5日(土)の夜のことだが、音楽活動を通じて仲良くさせていただいている「五寸釘」さんのソロ・ライヴにお邪魔させていただいた。

五寸釘さんとは、5年ほど前、都内のライヴハウスのブッキング・ライヴで共に出演者としてご一緒して以来、仲良くさせていただいている。

 

五寸釘さん曰く、「人生で最初で最後のソロ・ライヴ」。

 

1ヶ月ほど前に直々ご本人から知らせれ、これを聞いては、私も自身のスケジュールを様々やり繰りしてでも行くしかないよね(笑:Just joking.)。

ま、本当に「人生で最初で最後の」かは別にしても、それだけ彼がいつものライヴにも増して、覚悟してチャレンジするライヴなのだということは伝わってきたので、それを楽しみにこの日を待った。

 

19:30、「高円寺Alone」でスタート。

彼のライヴは、私とは全くスタイルが違う。曲間にトークなどは一切挟まない。ただただ、ギターを弾き鳴らし、歌い続ける。

この日も、まずは10曲をノンストップで演奏。一言二言だけ客席に言葉を掛けただけで、次の10曲を続けた。また一言二言だけ客席に言葉を掛けて、次もまた10曲を連続演奏。

「アンコール」の声と拍手。

「50歳になったところだ」という話を交えて客席に感謝の言葉を語った。

更に1曲を、ギターを弾き鳴らし歌いあげた。

 

好い(よい)ものを目の前にして聴いた音だった。

こちらこそ、感謝だ。

 

写真は、当日の五寸釘さんではない。

12月25日(日)の私の企画ライヴに、彼がゲスト出演者として出演する。そのライヴ案内用に預かった写真だ。

言い訳になるが、当日は、カメラなどを彼に向ける余裕は私にはなかった。何も逃したくなかったので・・・。

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2016年

11月

03日

今日の一曲⑥:ホルストの組曲「惑星」

今日の一曲、第6回目は、グスターヴ・ホルスト作曲、組曲「惑星」だ。

 

私は、この組曲「惑星」を聴くと、決まって、想い浮かび上がってくる風景がある。自身が小学4年生の頃、野球のグラウンド場から見上げた夕焼け掛かった空だ。

 

クラシック音楽ファンでなくても、多くの人が、この組曲「惑星」の中の第4曲「快楽の神・木星(Jupitar)」に聞き覚えがあると思う。特に、中間部分のメロディは、テレビ番組のテーマ曲に使われたり、または歌詞が付けられて歌にもなっている。日本でも平原綾香さんが歌った「Jupitar」は、新潟・中越地震後や東日本大震災後の被災者の多くに励ましや勇気を届けたとして、広く知られるようになった。そう、あのメロディだ。

 

私が初めてこの曲に触れたのは、その小学4年生頃だったと記憶する。

当時の私は野球少年で下手クソなくせに野球をするのが好きで、小学校から帰宅するとランドセルを捨てるように部屋の隅に転がして、バットとグローブ、軟式ボールを持って、ほぼ毎日であったであろう、外へ遊びにと駆け出して行った。

大抵は、同級生どうしで集まって近くの野っ原で野球を楽しんだ。この頃、私が住む近所には、空き地であったのか、小学校低学年くらいのガキ(私のこと)が駆け回れるくらいの野っ原があちらこちらにあった。

 

ただ週に一度くらい、近所の6年生・5年生のお兄さんたちから誘いがあって集まるときは少し違った。私より年下もいたので、小学3年生から6年生までの男子14~15人、活発な女子が3〜4人ほど加わることもしばしばで、近所中の小学生が集まるこの時は、自転車をこいで15分ほど離れた野球(軟式)専用のグラウンド場まで行くのだった。

 

 私はこの頃、自転車を持っていなかった。自転車は小学校に上がる前には乗れたので乗れないわけでもなかった。自転車を買ってもらえない家でもなかったとは思う。私から「自転車は別にいらない」と両親に言っていた。自分で不便を感じていなかったのだと思う。友達らが自転車で移動する後を自分の足を走らせ追いかけているのも何だか楽しかったように記憶している。今想うと、妙なガキだ(笑)。

話が脇道にズレて自転車の話になるが、小学5年生の時にある友人のお父さんがそんな私を見かねてか、古く少し小さ目だったが自転車をくれた。とっても恐縮してこの自転車をいただいた覚えが鮮明に私の中に残っている。その友人のお父さんにも、自分の両親にもだ。

 

さて、その少し離れた野球のグラウンド場で野球をすることは少し贅沢な気分であったかも知れない。砂まみれ、汗まみれになって、夢中で野球を楽しんだ。何本ヒットを打ったのかとか、満足にボールをキャッチできたかなどは何も記憶にない。たぶん、活躍はしていなかったと思う(笑)。

 この野球のグラウンド場の周囲は当時、工場やその工場・会社の倉庫などが立ち並ぶ地域にあって、ここで働く人たちや近隣に住む大人が休日の草野球チームで利用するグラウンド場であったようだ。

夕方、薄暗くなり掛けると、6年生のお兄さんが、「もう遅くなるから片付けて帰るぞぉ」と、下級生たちに呼び掛ける。ほぼ同時に決まって、近くの工場(会社の業務終了時間等の合図なのか?)から流れてくる音楽があった。組曲「惑星」の第4曲「・・・木星」の例の中間部分が聴こえてくるのだった。

 

「なんて温かいメロディ」なんだろうと感じた。

「急いで帰ろう」と、夕焼け掛かった空を見上げながら、バットの先にグローブ差し込んでそれを肩に担いだ。皆の自転車の後を追いかけるようにして、またもや自分の足を走らせ家路についた。

 

写真は、高校生くらいになってからレコード店で偶然に見つけて買ったレコード盤だ。私が同曲で現在持っているレコード盤・CDの中では、この演奏が一番の好みだ。ユージン・オーマンディ指揮、フィラデルフィア管弦楽団、1975年11月8日録音と記されているものだ。

少し成長した私は、第2曲「平和の神、金星」、第6曲「魔術の神、天王星」も、曲の構成として面白く興味深く聴いている。

 

まあ、もちろん、当時、野球のグラウンド場から見上げた空が、毎回、夕焼け掛かった空であったわけではないが、私の少年時代の記憶の1コマだ。この程度の脚色はお許しいただきたい(笑)。

 

ホルスト作曲、組曲「惑星」を、砂まみれ、汗まみれの汚い野球少年が見上げた優しい温かな空の風景の記憶と共に、今日の一曲として紹介させていただいた。・・・少しキザだったか(笑)。

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2016年

10月

27日

今日の一曲⑤:ストラヴィンスキーの「火の鳥」

「今日の一曲」、ここのところジャズが続いたのでクラシック音楽を・・・と言っても20世紀に入ってからの作品でと思う。

で、今日の一曲、第5回は、ストラヴィンスキー作曲、「火の鳥」だ。

 

ここでは音楽の蘊蓄をあれこれ書かないことにしているが、簡単に紹介させてもらう。

ロシアの民話をもとにしたバレエ音楽で、セルゲイ・ディアギレフの依頼で、ミハエル・ホーキンスが振付け・台本を書いた。このときストラヴィンスキーも加わって曲を仕上げた。これが「火の鳥」の全曲版(1910年版)として演奏されている。「火の鳥」は他に組曲として、1911年版、1919年版、1945年版とある。

後に日本でも、バレエ「火の鳥」のストーリーに刺激を受けた手塚治虫さんが、漫画で「火の鳥」シリーズを描き上げている。アニメになった作品もある。

と、これくらいにしておこう。

 

実は、私、大まかなストーリーを知るだけで、バレエ「火の鳥」も、手塚治虫さんの漫画「火の鳥」シリーズも読んだことがない。アニメ化された作品を10年以上前?に一度観たことはあるが、記憶にその多くを留めているわけでもない。

組曲の「火の鳥」は聴いたことがない。

私が好んで聴くのは、全曲版(1910年版)のみだ。

 

写真は、小澤征爾指揮、パリ交響楽団で1973年頃に出されたLPレコードだ。私が持っているレコード盤やCDの中では勝手ながら一番好みの演奏がこれだ。

 

ただただ、音として楽しんでいる。大まかなストーリーが頭の隅に入っているだけで、何となく情景を浮かべながら聴くこともあるが、大抵この曲を聴くときは、脳みそを働かせずに空っぽにしたいようなときだ。思考を働かせずに音に触れていられる一つだ。何も考えないで時を過ごせる心地良さを運んでくれる。

私は多くの場合、どうしても音楽を聴くと、音の構成や分析をし始めたり、自身の心持ちをコントロールするために何らかの方向へ想いが働いて、音楽に聴き入ってしまうタイプだ。「火の鳥」は、私が聴く音楽の中では貴重な一つかも知れない。

私を「無」に近い状態にしてくれる音楽、これを今日の一曲として、ストラヴィンスキー作曲、「火の鳥」(全曲版:1910年版)を挙げさせていただいた。

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2016年

10月

22日

歌う準備、ストレッチなどはしない

日々歌い続けられるように、様々試してきた。

発声法やボイス・トレーニングに関する書籍も幾つも読み、YouTubeなどの動画を視たり、これらのレッスンをされている講師の方からお話を直接伺ったり・・・。

 

先ずは、声帯と身体・骨格の仕組みは知っておいて良かった。

が、状態の良い声で歌う具体的な方法となると、真正直にそのまま取り入れたところで私自身に合う方法はなかったという結論だ。いや、でも参考にはなった。幾つもの捉え方や方法を知って試しながら、自分に必要なもの、不必要なもの、それぞれ冷静に振り分けたり、自身に合う方法を見出すことが徐々に可能になった。

 

①飲み物について

ボイス・トレーニング等では、大抵、声帯や歌声に影響する飲み物が挙げられるので、ここでも記しておくと・・・、

オレンジジュースなどの柑橘系のジュース、ウーロン茶、紅茶、日本茶など、牛乳や豆乳も含めた乳製品、これらは声が出しづらくなるか、コントロールしにくくなる。

コーヒーが良くないと挙げる人もいるが、安価な豆のコーヒーや安価な店のコーヒーは、あまり良くないことが多い。明確に書いてしまうと営業妨害とか言われても困るので、ここでは書かないが・・・。

ちょっと良い値の豆や信頼できるカフェ・喫茶店で出されるコーヒー(砂糖やミルクは入れない)であれば、一日4杯以内で、本番の1時間~2時間前にいただくのでも、良好に声が響かせられる。

 

②身体をほぐす

以前、私も、歌う直前などに丁寧に身体のあらゆる部分をストレッチしてから歌っていた。でも、どうやら声帯や声を響かせる手段として直接は関係ないようだ。

ストレッチについては、フルマラソンにも出ていたことがあって、専門の方からその目的や方法を教わっていた時期がある。間違った方法でストレッチはしていないと思う。

普段の生活で自然に身体を動かしていたなら、歌う前になってからわざわざストレッチをしたり体操をしたりは必要ない。

椅子に座りっぱなしの状態が続いたり、あまり身体が動かせていないと感じたときは、あらかじめ10分〜15分程度ゆっくりと散歩をしてきて全身を温めておく。直前では、軽く膝の屈伸運動を1・2回と、足のふくらはぎと大腿部(もも)の周辺を軽くゆっくり揉んで血流を良くして身体を温めるようにする。もし、猫背のような崩した姿勢でいたなぁ〜と感じたら、手を腰の後ろ側で組んで軽く胸を開くストレッチを、ほんの2〜3秒程度だけ。

ボイス・トレーニングの本などで肩や首周りのストレッチを紹介しているものもあるが、むしろ悪影響があるので、肩・首周りのストレッチは決してやらない。 

 

③声帯を振動させておく

生活の中で少しのお喋りや会話があるならその程度で十分。

私も独りっきりで過ごすことがあるが、そんな日は、ときどき、唇をプルプル震わせながらハミングのように静かに声を鳴らす「リップ・ロール」とか?っていう方法で高音のファルセット音域から地声の中音・低温域までを、上がったり下がったり1・2回だけして、1〜2時間おきに気付いたらやってみる。独りで黙りっぱなしの日があればだよ。

 

④その他、声を響かせる準備?

少し加えておくなら、私は花粉症などもあって、鼻腔が詰まりやすい傾向があるので、鼻をティッシュで軽くかんでおいた後、鼻呼吸で深呼吸して鼻通りを良くしておく。同時に、息を吐く時間を長め(10秒以上)にしてリラックス効果も兼ねている。

ついでに、あごを軽くあくびをするような感じで数秒間開ける。これを1度か2度くらい。

 

歌う前の準備について、以上をまとめると、特別なことは何もしないように心掛けている。

日常を過ごす動作等で、そこそこ身体も声帯付近も温まっていて、鼻通りを良くしておけば十分だ。もし身体が温まっていないなら10〜15分程度散歩するとか、歩いてじんわりと身体を温めておくのが良い。

 

さあ、あとは、ギターを構えて実際に歌う。ライヴ本番前も練習のときも、この準備は変わらない。

ちなみに、練習はほぼ毎日。練習時間はライヴがある日とない日、曲創りをしている日、それぞれ異なるけれど、まあ毎日歌っている(笑)。

・・・と、以上記した内容は、あくまでも私が試行錯誤を繰り返し、現段階で私に合っているであろう「歌う準備」だ。

 

偏見かも知れないが、最近、同じような発声や歌い方をしている人があまりに多過ぎはしないか?(クラシック音楽などで声楽家を目指す人は別にして)

個人差があるのが当たり前。色々な人の色々な歌声や歌い方があって、それを聴けるから音楽は楽しいのだと思うが・・・、どう?

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2016年

10月

21日

ライヴ報告(実りの秋ライヴ②Next Sunday)

『実りの秋ライヴ』の2回目、昨夜、10月20日(木)は東京・阿佐ヶ谷の「ライヴ小屋 Next Sunday」さんに出演させていただいた。

 

川口祥子さん、山西理彩さん、羽田敬さんのお三方と同日出演。音楽への誠実さが伝わってくるライヴであると同時に、それぞれの音楽表現の世界観が存分に味わえて、楽しくもあり嬉しくもなる一夜になった。

 

私、愛間純人も、現時点でのベスト・パフォーマンスを客席にお届けできたように感じている。歌・ギターの演奏、トークを含めて、愛間純人ならではのライヴになったかと・・・。

 

でも、まずはライヴ会場に足を運んで下さったお客様に感謝、感謝。

 

1か月半程前のライヴから新しいチャレンジを自らに課している。このようなプレッシャーが上乗せされたステージであっても、自然に集中できるコツみたいなものが、この数週間で備わってきたと感じる。もちろん、「集中するとは、どのような仕組みなのか?」を、脳科学に関する本なども読みあさり、これでも勉強したのだ(笑)。少しずつ実践してきたことが実を結びつつある。

加えて、この日のPA担当は坂元さん(写真)。私が信頼をおいている音響さんの一人だ。坂元さんが担当のときの私は安心してステージ上で勝手をさせてもらっている。そんな信頼感も良い集中ができた要因なのだろう。

 

さて、ライヴ終了後、山西理彩さんのお客様や羽田敬さんのお客様からもお声を掛けていただいた。最近、他のイベント等に出演したときも、こうした私以外のミュージシャン目当てでライヴ会場に来てくださったお客様の中に、愛間純人の音楽・ライヴを楽しみにされている方が増えている実感がある。嬉しい限りだ。僅かながらでも愛間純人の音楽が広がっていってくれたらと、つい、調子に乗って期待しそうになる(笑)。

 

だから、どんなライヴでも、どんなイベントでも、丁寧に、愛間純人らしい音楽表現を地道にであっても続けていこうと、あらためて覚悟した一夜にもなった。

昨夜、関わりあった全ての皆様に感謝申し上げる。ありがとうございました。

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2016年

10月

15日

今日の一曲④:メイナード・ファーガソンの「ロッキー」のテーマ

今日の一曲、第4回は「ロッキーのテーマ」だ。

サウンド・トラック盤のも映画のシーンと重なると自然と気持ちが高まって、なかなか好いのだが、音楽のみで聴くなら、「メイナード・ファーガソン」のだ。

 

メイナード・ファーガソンはジャズ・トランぺッター。後にも先にもトランペット吹きでこれほどまでの高音を出せる奏者は現れないだろうと私は想っている。彼の唇と息の絶妙なコントロールが生み出す超人的な高音だ。

こうして書くと、少しマニアックな音楽ファンの中には、「彼の中音域での音は大したことはない」などど言い出すのもいるけど、私は、ここで音楽の蘊蓄を語るつもりはないので、私の音に対する感じ方だと思って読んでいただきたい。

 

さて、話を戻す。

メイナード・ファーガソンのアルバム「征服者(日本タイトル)」の中に、当時のレコード(LP)盤・A面の1曲目として、この曲が収録されている。ベスト盤としてCDの復刻盤もある。それも持っているけど、レコード盤で聴くほうが好い。

 

メイナード・ファーガソンの音との出会いは・・・、

高校生のとき、ドラムをやっている先輩の自宅に何の時だったか記憶がないが泊まらせていただいた。

先輩が「これ知ってるか?」、「半端ねぇぞ」と聴かせてくれたのが、このアルバムだった。しかも、1曲目、「ロッキーのテーマ」はサウンド・トラック盤の出だしとは全く違い、強烈なスピード感と威力をもって始まる!

メイナード・ファーガソンの超人的な高音、バックのビックバンドの音もキレキレだ。加えてすごいのが、ギターリストのジェフ・レイトンのソロ。

 

その日に先輩の自宅に何故泊まらせてもらったのか?

何を先輩と話たりしたのだろう?

メイナード・ファーガソンの「ロッキーのテーマ」の記憶しかな~い(笑)。

それ以来、メイナード・ファーガソンのファンになった。まだまだ紹介したい曲はいくつもある。

元気をもらいたいときに、勇気を感じたいときに、悔しいことがあったときに、そして自分を信じたいときに・・・聴く今日の一曲として、メイナード・ファーガソンの「ロッキーのテーマ」を紹介した。

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2016年

10月

10日

ライヴ報告(実りの秋ライヴ①日吉Nap)

昨夜、10月9日(日)は神奈川・日吉の「日吉Nap」さんに出演させていただいた。40分のライヴ。

 

お客様はあたたかく熱心に聴いて下さった様子。私も楽しくライヴをさせてもらった。感謝、感謝、ありがとうございました。

 

でも・・正直に・・・、

ん〜、昨夜の演奏、愛間純人としては、ベスト・パフォーマンスとは言い難いものだった。

客席で聴いた方からお叱りを受けるようであれば、潔く、「ごめんなさい」だ。幸い、客席は聴き入って下さった雰囲気には思えたが・・・。

 

まったく言い訳にもならないけれど、ここ1ヶ月ほど、新たな3つことにチャレンジして試している。その1つが、昨夜は噛み合わない方に出た。どうやら、練習だけでは解決できない、色々なライヴ会場で本番を重ねて見極めないとならないようだ。

 

また手探り状態から練り直しだ。今日から違うもので試みる。

挑み続けるしかないと思っている。避けたり、放っておいては、これ以上進化できないので・・・。

 

が、お客様には、こちらのこんな都合は関係ない。本当に心苦しい限りだ。

焦ってもいけないが、できるだけ早く新たなるものを見出したい。

次に日吉を訪れるときは、日吉のお客様にも、必ずや進化した愛間純人のライヴをお届けしよう。

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2016年

10月

07日

誰かのためのヒントになるのか?(新曲創り)

私は曲創り用のノートを持ち歩いて、歌詞やメロディの1フレーズでも湧いてきたらそこにメモをしている。8月後半頃からイメージの異なる3曲分を少しずつ書き溜めていた。それらを、ここ5日間でまとめ上げた。作業を途中で停止できずに徹夜作業にもなってしまった日もあったが、新曲3曲が形になった。ギター・アレンジも含めて。

 

でも、完成とはならない。 

あとは1ヶ月ほど練習を重ねている間に私が飽きない曲なら、ライヴで披露する。

「飽きる」とか「飽きない」というのは何か?

歌詞やメロディ、ギター・アレンジも含めて、曲として形にするまでは湧いてきたイメージそのままの感覚で、ただただ、歌・曲として表現することだけで創る。他には考えない。考える余裕がないというのが本当かもしれないけど・・・。

曲として形になると、すぐにでもライヴで演奏してみたいという衝動にも駆られるけど、1ヶ月間くらいは練習を重ねながら形になった新曲が「聴く人、誰かのためのヒントになる可能性があるのか?」を自身に問いかけ続ける。細かな修正を入れることもある。「違うのでは?」と思えてくるとお蔵入りだ。ライヴで披露されることはない。

 

このホームページの「プロフィール」を読んでいただいたことがあるだろうか?興味があったらお読みいただきたい。

そこに書いてある音楽創りとライヴ活動での「心掛け」は、愛間純人の音楽の生命線だと思っている。・・・少し大げさか。

 

私は、何も社会的な大きな成功もしていないし、立派な人間ではない。こんな者が他者のために何かを届けようなどと考えるのは、考えようによっては、図々しくもあり、自惚れであったり、余計な御節介なのかも知れない。

 でも、実際に音楽を(このブログもだが)他人様を目の前にして発信している。発信しているものがある以上は、他者が何かしらヒントにでき得るものであるなら・・・というのは勝手だけど私の思いだ。願いでもある。

 

ライヴで披露にまで至った新曲たちも、お客様の反応によってはその後の育て方は色々だ。発信したら、むしろ、お客様に育ててもらえるくらいじゃないと、とも感じている。

あれ?まったく面白さに欠けるブログなってしまったかな・・・(汗)。

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2016年

10月

05日

今日の一曲③:チック・コリアのマイスパニッシュ・ハート

めずらしく連日のブログだ。「今日の一曲」の第3回。

一昨日から曲創りをしていて、途中で作業が停止させられずに明け方4時頃まで。そんな日が続いて、脳の使い処を切り替えたくてリラックスのためにも、ここ数日はブログを書いている。

 

「今日の一曲」の趣旨?は昨日のブログに載せた。

クラシック音楽が続いていたけど、今回はジャズ。

ジャズ・ピアニストの「チック・コリア」のアルバム「マイ・スパニッシュ・ハート」(写真)だ。

おっと、一曲の紹介ではなくて、一つのアルバム作品まるごとだ。

 

私がチック・コリアの作品を聴くようになったときは、ジャズ・ピアニストとして世界にその名が既に知られていた。でも、私が最初に聴いたのは、ジャズ・ピアニストである彼がモーツアルトのピアノ作品を演奏するというクラシック音楽コンサートだった。キース・ジャレットも出演していた記憶がある。それがテレビで放映された。それ以来、チック・コリアに惚れ込んだ。惚れ込んだ理由はというと、私の語彙力の無さもあるが、どう表現したら良いか・・・、特に「音の綺麗さ」としか表現できない(汗)。

 

チック・コリアの曲やアルバム作品を連ねたら切りがない。どれも好みだ。でも、今日は、このアルバムにした。

 

アルバムは、1976年10月、バーバンク、ケンダン・スタジオでの録音。

ラテン系スペイン音楽色を当時のチック・コリアが表現したアルバムということだけど・・・、

こうなると、ジャズだとか何だとかの音楽をジャンルで区別・色分けすることに無理があるとつくづく思う。チック・コリアについても、先ほどジャズ・ピアニストと書いてしまったが、アコースティック・ピアノだけではなく、ムーグやオルガン、・・・・さまざまを操る。1970年代後半から80年代の丁度この時代は、電子・コンピュータ技術の発達とともにあらゆるサウンドが生み出されていて、チック・コリアもあらゆる可能性に挑んている。

このアルバムは、そんな果敢に新しい音にチャレンジにしようとする思いと、脈々と継がれてきたラテン系音楽・スペイン音楽を当時のチック・コリアならではの感性で表現しようとする情熱とテクニックが詰め込まれているように感じる。

 

私の場合、楽しい気分とリラックスとを同時にこのアルバム全体からもらっている。だから、明け方4時頃まで作業をしてしまった馬鹿者(私のこと)の朝には楽で好い(良い)・・・というわけだ(笑)。

それで、数あるチック・コリア作品の中から「今日の一曲」は、アルバム「マイ・スパニッシュ・ハート」というわけ。

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2016年

10月

04日

今日の一曲②:チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番

「今日の一曲」は7月20日以来になってしまった。第2回目。

ちなみに、私のブログを多く人が読んでいるとは思えないけど、「今日の一曲」は音楽の蘊蓄を語るようなことはしていない。私が受けた影響だったり、気に入ったレコード盤やCDの紹介を絡めながらの思い出話し程度だ。

 

今回は、1回目に続いてクラシック音楽、チャイコフスキー作曲の「ピアノ協奏曲第1番」。

 

小学校の5〜6年生頃だったと記憶する。テレビからコンサート情報として、この曲の冒頭の部分が流れてきた。迫力、重厚さ、華やかにも感じて一瞬で耳を奪われた。「なんていう曲?」と思って、慌ててテレビ画面に喰らいついて曲名と作曲者名を探し当てた。

 

こずかいをもらってレコード盤を手に入れたのは、中学生になってからだ。でも、はじめから最後まで全曲通してじっくりと聴けるようになったのは高校生になってからだ。

曲の冒頭に喰らいついた勢いの割には、そのうちに、チャイコフスキー独特の複雑さを感じるスケールが私の耳にはなかなか馴染まなかった。聴いているうちに途中で飽きてしまう。中学生の頃の私だ。頭も悪いし人としても精神的に幼い方で。現在もあまり変わらないか・・・(笑)。この音楽の奥行の深さに着いていけなかったのだ。

高校2年生くらいになると、少しは人並みに近づいて、人間関係に悩んでみたり、大人たちのやることに憤りを感じてみたり、少しは自分も頑張って越えるべきものを越えようとしたり、人や社会がそうそう単純じゃないことに気付いたのだろう。その頃から、この曲を全曲通して聴けるようになった。むしろ、全曲通して聴きたいと思うようになった。

 

持っているレコード盤とCDの中では、写真のものを好みにしている。1975年に出されたレコード盤だが、再録音盤なので演奏が録音されたのは1960年前後のようだ。

 

ピアニストは、「ヴァン・クライバーン」。1958年のチャイコフスキー・コンクールで1位を受賞した奏者。

指揮は、「キリル・コンドラシン」、オーケストラ名がなんと何故か不明?・・・明記されていない?。

 

録音の古さが何とも心地よいのと、演奏そのものは余分な贅肉が付いていない感じだろうか、余計な抑揚もなく歯切れの良い演奏に、私には感じる。

 

当時、思春期の私も、少しはまともな方向へと成長して、ようやく聴けるようになったチャイコフスキー作曲「ピアノ協奏曲第1番」を、「今日の一曲」とした。

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2016年

10月

02日

体調は良くなってきたよ(食事)

以前のブログ(9月17日、9月9日)に、体調不良の改善に食事のことを取り上げた。今回はその後の報告。

 

とにかく、この夏の体調不良はライヴ・ツアーを中止するまでにもなってしまい、音楽関係者など応援してくれている人たちにも御迷惑をお掛けした。病院に行っても明らかにならい・・・。

 

とりあえず食事を見直しはじめた。過去の生活から思い当たることがなくもなかったからだ。

 

さて、「9/17のブログ」後の話は・・・

日本タイトル「最強の食事」(デイヴ・アスプリー著、栗原百代訳)という本を結局3度読み返した。

基本、とても役立っている。

 

が、残念ながら、ここに書かれていることを全てを今の私が実行することはできない。第一に私にとってはお金が掛かり過ぎる。健康には代えられないだろと言われるかも知れないが、水道代、電気代・・・生活そのものが立ち行かなくなって飢え死にするかも。まあ、もっと稼げるミュージシャンになれと言われれば、その通りだ。

 

それでも、この本に書いてある主たるものを掴んで(良質な脂質を採ることなど)、自分の生活スタイルや生活レベルに置き換えて工夫している。約2週間が経過した。

この本を読む前から自身で「少食で肉を喰わない」を1週間ほど試みていたのだが、本によると、結果的に体内の毒素を減らすことに繋がっていたらしい。

合わせて3週間、現在の「体調は良好」であると共に、「集中力のONとOFF」の切り替わりも良く、「パフォーマンス力」も上がってきたように思う。ここ最近のライヴに向けての練習や本番も含めて変化を実感し始めている。

 

ただ、喜ぶのはまだ早いとは思っている。長く続いてこそ意味がある。「今のところは」、良い方向であるとの報告と思っていただきたい。

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2016年

10月

01日

ライヴ報告(ほっと楽しやハートライヴ第8夜)

9月30日(金)、自身の企画ライヴ『ほっと楽しやハートライヴ(第8夜)』のご報告。

この企画ライヴは、昨年3月の第1夜から東京・阿佐ヶ谷の「ライヴ小屋 Next Sunday」さんで、約3ヵ月ごとに開かせてもらっている。

 

前回のブログに書いた通り、いやそれ以上に、今回も中身のある「音・歌・ライヴ」を届ける音楽空間を約2時間半に渡って提供できたと感じる。手前味噌ではあるけど・・・。

 

藤原歩さん、永井Leeさん、きよふみさん、お三方のゲスト出演者は、やはり私の期待を越えたライヴにしてくれた(ゲスト出演者のそれぞれの特徴は前回のブログに書いてあるよ〜)。4人目として登場する私へのハードルをとてもとても高くしてくれやがって・・・(笑)。そんなド緊張とこの上ない嬉しさが混じり合って、ライヴには上々な雰囲気を含めて、私自身も愛間純人ならではのライヴを客席にお届けできたかと思う。

 

足を運んでくれたお客様は熱心に聴いて下さった様子。耳の肥えたお客様ばかりのようにも感じたが、納得されてお帰りいただいたと思う。

でも、先ずは感謝だ。ありがとうございました。

 

あらためて思う。

『ほっと楽しやハートライヴ』は、音はもちろん中身のあるライヴを創ってきていると。が、以前にもあったが昨夜も正直に客の入りは少なかった。こんなにも生の良い(好い)音の空間がここにあるのに、もったいない・・・気がする。音楽好き(最近のリスナー)はいったい何処で何をしているのだろう?

知ってもらう工夫も必要だろう。とにかく、私は妥協しないで、ぶれずに、『ほっと楽しやハートライヴ』を届け続けよう。

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2016年

9月

26日

いよいよ今週の金曜日!

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2016年

9月

19日

ライヴ報告(夏のライヴ③日吉Nap)

 

昨夜、9月18日(日)は横浜・日吉にある「日吉Nap」さんに出演させていただいた。

8月に原因不明の体調不良に陥り、そのために、9月に入ってからは15分程度の都内でのイベント・ライヴ等には出演はあったが、30分以上のライヴは入れられずにいた。昨夜は1ヶ月振りくらいの40分ライヴだった。

 

体調は8月終わり頃から、だいぶ回復してきている感覚でいたが、昨日は自宅から電車を乗り継いで日吉まで約1時間45分、「日吉Nap」さんに着いたときは身体がヘトヘトだった。

簡単なリハーサルをやっとで終えて、他の出演者のリハは続いていたけど、失礼して外に出させてもらった。いつもの「珈琲屋いこい」さんでブレンド・コーヒーを飲みながら約1時間ほど身体を休ませた。

 

お陰様で本番は集中力を高めて臨めた。けど・・・全体的にやや呼吸感に欠ける演奏で硬かったかな?

新曲2曲をセットリストに組み込んで全部で6曲を演奏。いつものようにトークも交えて。

新曲の1つは、これまでの愛間純人とは少し切り口の違う曲だぞ・・・と思いながら披露した。客席もそう感じたらしく、この試みは良かったようだ。含めてライヴ全体を通して、自身では最近の演奏の中ではイマヒトツのようにも感じていたが、客席では、愛間純人ならでは演奏を感じ取ってくれたようでもあり熱心に聴いていただいた。愛間純人なりのメッセージが少しでも届いた様子で、率直に嬉しい。

 

ライヴ終了後に同日出演者の方々とも少し話をさせてもらって、こうした出演者どうしの会話はいつもだが、この日も色々と参考にもなった。ありがたい。

 

今回の「日吉Nap」さんでのライヴは、ツアーのスタート地で出演したわけではないので、日帰りで再び2時間ほど掛けて自宅に戻った。ヘトヘト・・・。体調を早く復活させねば・・・(汗)。

今週から来週にかけては、ライヴが詰まっている。毎回、その場に居合わせるお客様には高いクオリティで演奏・ライヴを届けたい。

そして、9月30日(金)には、自身の企画ライヴ「ほっと楽しやハートライヴ(第8夜)」もある(詳しくは「ライヴ・スケジュール」で)。

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2016年

9月

17日

まずは食事、自分に似合った健康

前回のブログも健康管理で食に関することを書いたけど、今回も、もう少しだけ食のことを書かせてもらいますね。

 

今までに、健康と食に関する本をいろいろ読んだ。いろいろと言っても7〜8冊くらいかな(汗)。できるだけ立場の違う人が書いた本を選んで読んだ。でも、絶対というものはないし、人それぞれ身体には個人差があると認識している。だから、あくまでも参考にしてる。

以前に数年間、どうにも思うように動けなかった時期もあったから、その間には、本に書いてあったことを実際に様々試めせることもできた。自分の身体にとって、良いと感じたことは取り入れてきた。だけど、やっぱり、絶対や完璧はない。

 

前回のブログに書いた通り、「少食で肉類を喰わない」で、この夏の絶不調からは改善しつつあるけれど・・・正直、「すっかり元気になりました!」と言うまでにはなっていない。

 

こんなことが頭の中に残っていたせいか、一昨日、時間つぶしのつもりで書店内をぶらぶらしていたところ、ある本のタイトルが目に入ってきた。

日本語タイトル「最強の食事」(シリコンバレー式・自分を変える)、

デイヴ・アスプリー著(栗原百代訳)

とある。

いま、3分の1程度まで読んで、本の内容の概要はおおよそ分かってきた。これまで読んできた本とは分析に及んでいる分野が途轍もなく広い範囲に渡っていて驚く。なかなか読んでいて興味深い。よくも既得権益にめげずにこの本が出版できたものだと思う内容もある。

この本からすると、私の「少食で肉類を喰わない」は、取りあえずは悪くない・・・という程度のようだ。急場しのぎにしかならい・・・らしい。

そうなのだろう。。。

この本で、「まずは食事からかぁ」と、あらためて食事の重要性を思い知らされている。

さて、この本の続きを読み進めることにする。

 

明日からもライヴが続けて入っている。少しでも良いパフォーマンス力で音楽もトークもお届けしたい。

まずは、自分自身と向き合い、自分自身に似合った健康な心身だ。

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2016年

9月

09日

健康管理は?食べないこと

この夏は体調を崩してライヴ・ツアーも急遽中止に、SNSも投稿を止めると言い出すから、数少ない(笑)私と親しくしてくれている方々には、ご心配をお掛けしたようで、大変、申し訳ない気持ちだ。同時にその心遣いに感謝している。

 

SNSの件は、昨日のブログに書いたことが全てではないことくらい私を直接知る親しい人には直ぐに分かったようで、

「何かあったの?」、「大丈夫?」

と、ご連絡をいただいた。

ご心配の通り、もう少しだけ本当の事をこの場で言うなら、何かあったから止めたのだ・・・ね。

こうしたホームページのブログとは少し異なって、SNSではネット上ならではの性質がより色濃く表れるものだと実感&痛感した。それで、SNSを止めたのは事実。

でも、結論としては、総じて前ブログの通り、不器用な私が、シンガー・ソングライターとして、より自身を高めるには、SNSへの投稿を止めざるを得ないと判断した。・・・少し綺麗にまとめ過ぎ?

私を直接知る人、私のライヴに来たことがある方々には、お察しいただけるかと思う。

 

さて、体調の方だけど、だいぶ良くなってきたように感じている。病院での検査・診断からは何ら原因は分かっていない。

最近、体調管理で心掛けていることは、一日三食は守るけど、一食の量は少なく腹5〜6分目くらいにしている。次に食する時間までに必ずお腹が空いてくるというイメージ。

それと、どうも肉類(牛、豚、鶏)を食べると、そのあと、ひどく身体が怠くなる感覚があったので、肉類は一切食べていない。たんぱく質は、魚、豆類からにしている。

「少食で肉類は喰わない」が、最近の私の健康管理?かな。

この3週間くらいは、良好な状態で安定してきているので、今月中旬以降からはライヴもペースを上げて入れていく。来年の1月にはレコーディングも決まっている。

 

数少ないとか多いとかではなく、この度、ご心配いただき、お気遣いいただきました方に心から感謝。お蔭様で、心身ともに整ってきたように思う。本当に、ありがたくて、ありがたくて・・・。

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2016年

9月

08日

SNSへの投稿はやめました

ミクシィ、ツイッター、フェイスブックなどのSNSへの投稿をやめることにした。

これまで、主に、ミクシィ、フェイスブックでの投稿を読んでいただいた皆様、コメントをくださった皆様には、感謝申し上げます。ありがとうございました。

今後、ネット上での発信は、愛間純人のホームページ(本ホームページ)からだけになると思う。

 

まあ、私がネット社会に適合し切れていないのだろう(言い訳かなぁ?)、SNS上に載せるような短く端的な内容をクオリティ高く投稿すること、SNS一つひとつを管理し続けることは、私の場合、かなりエネルギーを注ぎ込まざるを得ないようで・・・。

そこにエネルギーを奪われているより、創作、歌やギターの練習、ライヴ活動の構想やスケジュール調整などに、もっと丁寧でもありたいし、時間やエネルギーを要したい。シンガー・ソングライターとしての音楽活動そのものを高めることに努めたいと感じてのことだ。

 

「ネット社会の中で通用する音楽活動をするべきだ」とのご指摘も受けそうだけど、愛間純人の音楽活動は、こんな不器用さも含めてだと、お許しいただけたら、少し救われるのだけど・・・。

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2016年

9月

05日

ライヴを訪ねて「兵庫の松濱正樹さん」

昨夜4日(日)、兵庫から松濱正樹さん(正樹さん)が東京に来てライヴをされているというので、国分寺の「立瓶」さんを訪ねました。

 

正樹さんとは、「365日連チャン・ライヴ」などもされている「きよふみ」さんの紹介で5年ほど前から仲良くさせてもらっています。私がライヴ・ツアーで関西方面へ行ったときであったり、今回のように正樹さんが東京でライヴをされるときに会うのですが、年1回くらいで、ここ最近は、その機会も外していて2年振りくらいの再会になりました。

 

立ち呑み屋「立瓶」へは私が初めてでした。まさに立ち呑み屋なので、カウンター越しに客が立ち並んで呑み喰いをするスタイル。お客さんどうしがキュウキュウに詰め合ってライヴを楽しみ合う雰囲気も、何とも心地よかったぁ〜、ンでもって、安くて美味い!加えて音響がいい感じ!

 

正樹さんのライヴも、そのギター演奏・歌声はもちろん、店とそこに居るお客さんの空気をも取り込んでのライヴで、楽しい晩を過ごさせてもらいました!

 

その後に出演されたヒラオタケシさんも、ご機嫌な感じのライヴで、広島弁の歌詞の楽曲もあったりで、正樹さん、ヒラオさんのお二人のライヴで過ごした約2時間があっという間に感じられました。

 

正樹さんと一緒にライヴをするということが、なかなか実現できずにいるので、「何とか実現させよう」という話をお互いにして、帰宅の途に・・・。

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2016年

8月

20日

ライヴ報告(夏のライヴ②Next Sunday)

7月下旬頃から体調(原因不明)を崩してしまい、「夏のライヴ・ツアー2016」は中止。ライヴを楽しみにされていたお客様、ライヴハウス等の関係者の方々をはじめ、多方面に渡ってご迷惑をお掛けしましたこと、まずは、お詫び申し上げます。

 

3日ほど前から体調はだいぶ回復して、昨夜の19日(金)は予定通り、東京・阿佐ヶ谷の「ライヴ小屋 Next Sunday」さんに出演いたしました。

 

とっても楽しく、愛間純人らしい音楽&トークのライヴお届けできたかと・・・、確かなステージを務めることもできたかと思います!

 

この日は、他の出演者も、「コトノハ」さん、「羽田敬」さん、「五寸釘」さんで、お三方とは親しくお付き合いさせていただいている音楽仲間で、まるで自身の企画ライヴような顔ぶれになりました。これには「Next Sunday」さんに感謝!自身のステージ以外は、どっぷりお客さんの立場で楽しませてもらいました(笑)。

 

加えて、音楽仲間の「弥勒のマル」さんも遊びに来てくれて、ライヴ後の音楽談義は面白く、勉強にもなって、感謝です。

 

何より、ライヴに足をお運びいただき、共に過ごしてくださったお客様に感謝申し上げます。ありがとうございました。

 

楽しく、ちょっと感動的な、好き(よき)一夜になりました。

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2016年

8月

05日

この「夏ライヴ」からはじめます

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2016年

7月

30日

ライヴ報告(夏のライヴ①Next Sunday)

夏のライヴ開始です!

7月29日(金)、東京・阿佐ヶ谷にある「ライヴ小屋 Next Sunday」さんでスタートさせていただきました。

今回は、15年ほど前から交流のある岡本直史さんと1年半ぶりに再会、出演者どうしとしてライヴ会場で御一緒するのは2年ぶりくらいになりました。こうして特別な楽しみもあって迎えたのこの日のライヴ、楽しく過ごさせていただきましたよ〜。

 

「いちのみいや」さん、「村松飛鳥」さん、「岡本直史」さん、お三方がそれぞれの個性を音楽に表現されているライヴを、自身がステージに上がる前に客席に居ながら楽しませていただきました!

私もこの日の最後の出演者としてステージに上がらせていただきました。愛間純人らしく表現した音楽を、ライヴを、ライヴ全体のトータルとしてはお届けできたかと思います!・・・妙な文章かな・・?

 

そう、正直に書きますね・・・(汗)。

 

実は、ライヴ前から「場合によっては」、演奏中に「ある注意を払いながら」演奏しなくてはならないと考えていたことがあって、この日ライヴは、その「場合によっては」になりました。

(「場合によっては」の中身は、他者が絡むことでもあるので、ここには書きません。)

 

客席にできるだけ良い音を届けるためのことではあるのですが、これまで自身が重ねてきたスタイルとは微妙に違う間を取らなければならず、この日は「ある注意を払いながら」演奏していました。終盤に入っていく前まで良い感触の演奏・・・。この対策で、「客席には良い感じで音が届いているなぁ」と思ってしまった後です・・・ライヴ終盤の演奏の2か所でミス・・・やらかしてしまいましたぁ〜。

 

メンタル的なことを含め私の技量の足りなさを痛感せざるを得ないライヴにもなりました。愛間純人の音楽・演奏の良さもある程度は御披露できたかと思いますが、もちろん、客席の中には不満に感じた人もいらしたことでしょう。・・・何も言えません。

 

そして、ミスにつながった大きな要因は別にもあると思っていて、ここ1ヶ月くらいの間に突然起こるの体調不良です。このライヴの前日も身体が動かせず一日寝込んでいました・・。

「夏ライヴ」もツアーは取り止めにしました。東京とその近郊の限られたライヴになります。申し訳ありません。

 

先ずは、何とか身体を元気な状態にします!

それでも、ライヴの本番中とライヴの翌日は比較的体調は良いかも知れませんね(笑)。

 

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2016年

7月

24日

ライヴを訪ねて「カノミさんの企画」

昨夜23日(土)、カノミさんの企画ライヴ「歌を歌い音を奏でる その18 〜とても美しい音〜」(@阿佐ヶ谷イエロービジョン)を訪ねました。

 

カノミさんとは5年ほど前から音楽仲間として仲良くさせていただいていて、更に今回のライヴでは、ドイツから一時帰国しているSAWADAさんも出演されることもあって、ライヴ会場に行く前から期待大で訪ねました。

 

出演されたのは、順に、

1.池田陽子さん(ビオラ)

2.猫の目楽団:猫目鳥さん(パーカッション)、高瀬文さん(ピアノ)、カノミさん(ギター、ソプラノサックス、フルート)

3.KOMOREBI:蒼咲雫さん(アイリッシュハープ)、SAWADA(スネアドラム)

4.出演者全員での即興

 

私が奏でる音楽とはまた別のところにある感じの音楽たちではあるのですが、どの演奏も自由さのある音で、私の脳内を空っぽに、心を無にしてくれて、とてもとても心地の良い時間を過ごさせてくれました。

期待大にして訪ねましたが、その期待以上のライヴでした。

 

自由さを感じる音楽・・・そこには演奏する人の「心持ち」が表れるものだと、この夜も、やはり思いました。

私は音楽に感謝する一人ですが、ステージに立つ人の心持ちによっては音楽もとても恐ろしいものになると思うことがあります。つい最近、他人のライヴで音楽がとても恐ろしく感じる瞬間があっただけに、この夜に訪ねたライヴの音楽たちには、良い音を発する責任感・緊張感もあっての「自由」な音であったと感じました。なにより音楽に誠実だと・・・。

 

企画されたカノミさんをはじめ、出演者の皆さんに、感謝、感謝です。ありがとうございました。

 

あ〜、写真?

そう、いつもカメラを持ち歩いているのですが、よい感じの音楽・ライヴであるほどに、カメラ構えて一瞬の音も逃すのがもったいない気がして・・・、すみません、写真はありません(汗)。職務怠慢かなぁ〜?

 

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2016年

7月

20日

今日の一曲①:ドヴォルザークの交響曲第9番

「愛間純人のミュージック・ヒストリー(第1話〜第8話)」は時間軸に従って、出会った音楽やその当時のことを、まあ、ざっくりと書いてきました。

で、そこに載せた音楽や、または載せられなかった音楽も含めて、私が出会った音楽を一曲ずつをもう少し丁寧に語っていこうと思います。

 

 今日の一曲は、ドボルザーク作曲、交響曲第9番「新世界より」です。

 

何もこの曲の蘊蓄を語るわけではありませんよ。私より詳しい人は幾らでもいらっしゃると思いますので・・・。

 

では、始めます。

3〜4歳頃からクラシック音楽を聴いていた私ですが、演奏時間が45分から1時間くらいある交響曲を最初から最後まで通して聴くようになったのは小学校の高学年になってからだったと思います。

 

初めて最初から最後まで通して聴いた交響曲が、ドボルザークの交響曲第9番「新世界より」です。

 

小学生の頃、下校時間になると、校舎内にも校庭にも流れたのが、この交響曲の第2楽章です。静かでゆっくりしたテンポの楽章の一部に使われているメロディは誰もが耳にしているはずです。このメロディに歌詞を付けた歌が、日本では、「家路」という題名で親しまれています。音楽の教科書に載っていたような・・。

そう言えば、最近は、力強い第4楽章もCMで使われていたりしてますね。

 

下校時刻になると、この曲と共に放送委員が、「下校時刻になりました、用がある人もない人も早く帰りましょう。」みたいな?・・・ことをマイクで言って・・・。

『用がある人もない人も』っていうのが、なかなか何気に強制的な言葉だったのだなぁ〜と大人になってから思ってみたり・・・(笑)。

でも、先ずは、こうした出会いで聴くようになった曲です。

 

その後、この曲とは印象深い節目の場面でリンクしています。

中学生のときの卒業式です。校長先生や来賓の挨拶の後からだったと記憶していますが、式の間ずうっとBGMとして静かな音量で第1楽章からカット無しで流れていました。すでに好きな音楽の一つになっていたので、よ〜く憶えています。

私は当時の勉強や授業のことは覚えていませんが・・・(汗)、クラス、学年、男女隔たりなく皆が仲が良く、休み時間や放課後、体育祭や文化祭、合唱祭などは楽しく過ごせた中学時代だったので、その卒業式は決して退屈なことも無く、その日一日のことは良く憶えています。学級担任の先生が最後に私たちに贈ってくださった言葉は、「これでいいのかと常に考えなさい」、「今の笑顔を忘れないこと」の二つでした。

 

さて、現在、この曲のLPレコードやCDは4枚持っています。

 

最初に買ったレコードは、中学1年生の時に、なんと本屋さんで買いました。中学校の校門から30秒くらいのところにあった本屋さんです。その本屋さんで、「世界名曲全集」の年間予約のチラシか何かをもらってきたのだったと思いますが、自分で予約した憶えがあります。月々のおこづかいを先に年間分で親に立替えてもらって予約して、各月1枚のレコードが本屋さんに届くと取りに行っていました。月々では、こづかいの範囲内で買えたくらいだから、LPレコード1枚の値段としては格安だったのだと思います。

ですから、後々になってから分かったことですが、収録された演奏は当時の日本ではあまり有名ではない指揮者やオーケストラのものであったようです。が、今、聴くと、なかなか良い演奏と思えるものばかりですよ〜!

その第4巻にこの曲が収録されていて、自分のレコードとして手にした最初になりました。

カレル・アンチェル指揮、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の演奏で、聴き比べをするようになった以降あらためて聴いていても、自然な流れのテンポ感が心地良い演奏に感じています。

 

2枚目は、高校生の時に買ったLPレコードで、ジョージ・セル指揮、クリーヴランド管弦楽団の演奏。さっきのとは逆に、テンポの動かし方が特徴的に感じます。アメリカのオーケストラらしい金管の音色を特ちながら、他のパートとの音の混ざり具合がとても整ったアンサンブル力を感じる演奏です。

 

3枚目は、30歳頃に買ったCDです。ヴァーツラフ・ノイマン指揮、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の演奏のものです。4枚の中では最も好みかもしれません。この曲に限らすノイマンさんの指揮が好きなのですが、なんと言っても、オーケストラ全体の音のバランスとチェコ・フィルならではの音色です。たま〜に、微妙に演奏にズレがあるのも、コンサート・ライヴならではの録音で気に入っています。

 

4枚目は、20歳頃には出ていたLPレコードを買い損ねて、数年前にCDになったものを買いました。ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏です。全体的にテンポが速めの演奏なのはこの指揮者ならではかと・・・。まあ、バランス、アンサンブル、音色の豊かさからすれば、完璧と言いたくなる演奏です。

 

故郷を想いながら、新しい地での不安を打ち消すかのように何かを切り開こうとして、ドボルザークはこの作品を創ったのだと思います。私の勝手な解釈ですよ。

私にとってこの曲は、小学生頃も、中学生の時も、高校生時代も、大学、社会人になってからも、素朴さや優しさを感じたくて、でも力強く向かっていくのだと思いたい、こうしたイメージに触れたくなったときに聴いてきた一曲です。

今、あるいは、少し不安な明日にも希望を持ちたい時の一曲、ドボルザーク作曲、交響曲第9番「新世界より」でした。

 

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2016年

7月

18日

愛間純人のミュージック・ヒストリー(第8話:最終回)

第8話です。年代としては前回の第7話と少し重なって、2004年頃〜2008年頃になります。

 

第7話で触れた方がよかったなぁ〜と思ったことを、ここで少し・・・。

LPレコード盤などに替わってCD、街のレコード店も極端に減って、更にネット配信やネット動画の時代になって・・・というのは以前に書いた通りです。そして、私自身もです。レコード店でLPレコード盤のジャケットを手で一枚一枚少しだけ軽く引き上げてジャケット・デザインも眺めながら、無駄なようにも思えるくらいゆっくりとレコード盤を探したり選んだりして楽しむ時間や気楽な場所をいつの間にか失くしていた気がします。

CDケースだと一枚一枚を続けて棚から取り出すことはしにくいですよね。

まあ、今、振り返ってみてのことですが・・・。

 

さて、そんなことも影響したかどうかは別にして・・・、

私の身体と心は、もうどうにもならなくなってしまいます。社会的には完全にリタイヤをせざるを得なくなりました(1度目は約3ヵ月、その2年後の2度目は約1年半)。

 

自分の身体がどうにも自分ではコントロールできないで、横になって寝ているしかない状態にあった時期は、音楽を聴こうという思考にまでは到達しませんでした。

自宅療養中も、「何か音楽を聴こうかな・・・」と思ってレコード盤やCDに手を伸ばし掛けるものの、真に音楽を聴きたいという思いが湧いてこなかったのか(?)、結局は選べず、音楽を聴くまでに至らないという頃もありました。

こんなふうに、音楽にまったく触れないでいた時期があったということです。

 

音楽を含めて何かしら情報を耳に入れられる状態になるには、ある程度の体力が必要なのかも知れませんね・・・。

 

ラジオを適当な周波数で流すようになった頃も、音楽はラジオからただ耳に入ってくるものという感んじだったと思います。ですが、その後に大切に思える音楽と出会うヒントを何かしら与えてくれていたかも知れません。今、想えば・・・。

 

回復の兆しとともに、再出発の切っ掛け、その気持ちというか、気力・体力みたいなものまでも運んでくれた音楽と出会います。

 

まず一つ目は・・・、

ケツメイシのCDアルバム「ケツノポリス5」です。中でも、特に、「ライフ イズ ビューティフル」という曲は、歌詞・ヴォーカルの声質・サウンド感が身体に染み込んでくるような感覚で、当時の私の支えになってくれた音楽であり、私を救ってくれた一曲と言えます。

 

2つ目は・・・、

一青窈が歌って、作詞が一青窈、作曲がマシコタツロウ、武部聡がアレンジとプロデュースをした「ハナミズキ」です。シングル・リリースは、この頃より数年前だったと思いますが、どんな状況で聴いたのかは記憶に定かではないのですが、ある日、自分の部屋で、やたら涙が溢れ出てきて救われた想いで聴いた記憶があります。

 

3つ目は・・・、

ちょっと単純に音楽だけではないので、ここに載せるのは、やや反則っぽいですが・・・、歌手のボビー・ダーリンの生涯を基にしたミュージカルっぽい映画(洋画)で、日本タイトル名「ビヨンド the シー 〜夢見るように歌えば〜」という作品全体であり、映画の中の数々のジャズ・ポップス系の音楽です。ケヴィン・スペイシーが監督・主演した映画です。上映された当時よりも数年後になって出会って、心が揺り動かされたのと同時に、「音楽は必要なんだな〜」と強く感じた作品です。

 

当時もまだ、自宅のベッドに横たわる時間が長い日もあったりで、社会復帰には遠い感じがしていました。

それでも、再び音楽が聴けるようになって、上記に挙げた音楽を切っ掛けに、他にも、私自身を少しでも前に進ませてくれる音楽たちと出会うことになります。

 

愛間純人の音楽は、こうした中から始まります。まずは自分を一歩ずつ前に進ませるためだけ・・・だったのです。

 

最後に、「愛間純人のミュージック・ヒストリー(第1話〜第8話)」を、お読みいただき、お付き合いさせてしまった皆様、本当にありがとうございました。今回でひとまず終了とさせていただきます。

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2016年

7月

17日

愛間純人のミュージック・ヒストリー(第7話)

第7話です。

2000年〜2005年前後、時代はネット社会になって、音楽もネット配信やネット動画でという時代へと入っていきます。

簡単に一括りにはできないと思いますが、ネット社会の中の音楽という位置になって、欧米を中心に世界で、日本でも、人々の音楽の聴き方や関わり方が、大きく変わっていくだろうな〜?と感じ始めていた頃です。

 

コンピュータによるサウンドも更に新しく生み出されるも、ある程度は成熟・確立してきて、これらのサウンドを活かしたアレンジが前面に出た音楽が次々に生み出されるようになっていった記憶です。

一方で、録音機材などの発達に伴って、少し後から追い掛けるようにというか、バランスをとるかのように、生楽器・生演奏での臨場感を重要視する音も、対抗するというのではなくて、融合されていく感じがあったように個人的には感じています。

  

あれ?・・・何を語ってんだ?(笑)。

 

さて、私と言えば、相変わらずオーケストラと指揮者の関係に関心があって、クラシック音楽を聴く割合が多かったかと・・・。

当時、興味をもった指揮者の一人が佐渡裕で、シエナ・ウインド・オーケストラとの演奏で吹奏楽曲がとても魅力的に感じて、吹奏楽曲や特に邦人作品の楽曲にも関心をもって聴くようになったのはこの頃でした。

それで、クラシック音楽も、古典から現代音楽まで、より幅広く聴くようになったり、これまであまり興味のなかったオペラ作品もDVDで観たりするようになりました。

 

ジャズも、スタンダードから様々、あっ、ジャズ・ピアノの上原ひろみの演奏が面白くて聴くようになったら、以前から好んで聴いていたチック・コリアとの共演もあって・・・これは私の中でのお気に入りです!

 

J-POPって言葉が使わられるようになったのも2000年以降でしたかね?

ソング・ライターよりも、シンガーとしての興味で、平井堅、misia、中島美嘉、ビギン、aiko、・・・とかを少しずつ聴くようになったはこの頃のように思います。

 

洋楽(一括り過ぎてすみません)と言えば、この頃の一時期はヒップホップ系のダンス・ミュージックばかりに偏って聴いていたかも知れません。

 

と、いう具合に、これまでよりも幅広く沢山の音楽を聴いているかのようですが、冷静に振り返ってみると、ライヴやコンサートに出掛けることは無くなり、部屋で音楽を聴く時間も私の中では極端に少なくなっていました。

 

もう、この頃から私の身体も心も異変が起こり始めていたのです。

身体の異変をごまかしながらの生活でも、せざるを得ないと考えていた頃だったのです。

 

 そして、リタイヤ・・・。

このあたりは次回の「ミュージック・ヒストリー(第8話)」とともに・・・。

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2016年

7月

16日

みやこ店長の誕生日はこの曲で

7月14日(木)は、とてもお世話になっている東京・阿佐ヶ谷の「ライヴ小屋 Next Sunday」の店長、みやこさんの誕生日で、『みなさんのおかげで40歳になりました』というイベントに参加させていただきました。

 

13日(水)・14日(木)の2日間のイベントで、13日(水)は約20組の、14日(木)は約30組のミュージシャンが、みやこ店長の誕生日をお祝いしようと集まって大盛況でした(私は14日(木)のみの参加なので、13日(水)については私の音楽仲間からの情報です)。

 

写真は、みやこ店長から出演者ひとり一人へ渡されたメッセージ・カードです。

 

参加ミュージシャンは1組1曲を披露。

この2日間は皆、みやこ店長のために演奏し、歌い、これだけの多くが一同に集まってというのは、みやこ店長が10年以上に渡って「Next Sunday」という場所を必死になって育ててこられて、出演した多くのミュージシャンもまた、みやこ店長と「Next Sunday」への感謝の想いがあって、それぞれが互いに重なり合って、こうした大イベントという形になったのだろうと感じました。

ある意味で、みやこ店長の偉業の一つかと思います。

 

ライヴハウス内も何か凄いエネルギーが渦巻いてるような感じさえしました。

 

さて、そんな中・・・、

愛間純人も「ライヴ小屋 Next Sunady」から始まり、人生の再出発・再チャレンジは、みやこ店長と「Next Sunday」があってこそで、ここで繋がり始めた音楽仲間の支えがなかったら、今の私は存在していなかったかも知れません。

 

そうした想いと感謝を乗せながら、「心にある足」を、この日は選曲・歌わせていただきました。

 

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2016年

7月

10日

愛間純人のミュージック・ヒストリー(第6話)

私が30歳代になると、レコード店にはCDが並び、アナログのレコード盤は店頭からほぼ消えていました。同時に、個人経営のレコード店も街(商店街)からあっという間に消えていったような時でした。

 

自宅近くにあった物静かな感じのオジサン一人でされていたレコード店も閉店になり、とっても寂しく残念に思った覚えがあります。

 

さて、30歳代前半頃に興味を持って聴いていた音楽ですね・・。

 

日頃はクラシック音楽を聴くことが殆んどでした。

小澤征爾さんや齋藤秀雄さんに師事された演奏家の方を中心にして構成された「サイトウ・キネン・オーケストラ」が、どんな楽曲をどう演奏するのか、そのチャレンジ振りに注目しました。

 

「サイトウ・キネン・オーケストラ」を切っ掛けに知ったのが、武満徹の音楽でした。「ノーベンバー・ステップ」という楽曲のように日本古来からの邦楽器を取り入れた作品などもあり、独特のオーケストレーションなのでしょう、その響きが面白く感じ、心地良く、ハマっていきました。

 

30歳後半も、「サイトウ・キネン・オーケストラ」の演奏とヨーロッパ圏(ドイツ、オーストリア、フランス、イングランド、スイス)のオーケストラやアメリカのオーケストラ(ボストン、ニューヨーク)の演奏を聴き比べるために、CDを買いに行く感じになっていました。

 

この頃(少しザックリですが)、「Mr.Children」や「My Little Lover」、「安室奈美恵」、「PUFFY」など、若いアーティストの才能に加えて、ミュージシャンとして経験を積み重ねた音楽プロデューサーによる音楽が、日本国内のメジャー音楽界に、それまでと違う変化やある意味では活気を取り戻していった印象でした。

これらの音楽を私も頻繁ではなかったけれど聴いていました。

 

ですが・・・、機会と少しのお金に余裕があるときは、あまり大きくないライヴハウスやライヴカフェにふらっと出掛けて、メジャー音楽で耳にしないジャズ・アーティストやバンド、ギターやピアノの弾き語りなどを聴くことの方を楽しむようになっていました。

 

そして、時代はネット社会へ・・・。音楽もネット配信の時代へと・・・。

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2016年

7月

09日

愛間純人のミュージック・ヒストリー(第5話)

今回は私が23歳くらいから30歳くらいまでのミュージック・ヒストリーです。

ん〜、ところが、この頃にどんな音楽を聴いていたのか、記憶がもっとも薄く、印象的な音楽やアーティストさん、ミュージシャンの方を挙げられそうにないのです。

 

何故でしょうね〜。

もちろん、この時代の音楽やミュージシャンの方を批判するつもりはございません。私の記憶がそうであるというだけです。

 

おそらく16歳頃から20歳過ぎ頃までにワクワクして出会った音楽やミュージシャンのその後の作品なども継続して聴いていたと思います。

 

部屋のLPレコード用の棚を眺めて、レコードの発売年月日を調べながら記憶をたどってみると・・・

 

クラシック音楽系では、ロマン派時代のブラームス、ワーグナー、チャイコフスキーの作品、そうでなければ、ストラヴィンスキーやマーラーなど1900年代の作品を聴くことが多かったかも知れません。

 

ジャズ系は、そう言えば、チック・コリアを聴くようになったのがこの頃でした。

 

この頃になると、LPレコードの中にも、録音はデジタルのものであったり、「スーパー・アナログ・ディスク」なるものが世の中に現れ、音の違いがどの程度体感できるのか、音楽作品や演奏そのものとはまた別の興味をそそがれ、まんまと購入していたような・・・(笑)。

 

写真は、小沢征爾指揮・ボストン交響楽団・タングルウッド祝祭合唱団、ボストン少年合唱団によるマーラーの8番「千人の交響曲」で、デジタル録音・輸入メタル原盤使用のLPレコード・・・、

もう一つは、ズービン・メータ指揮・ウィーンフィルハーモミー管弦楽団によるマーラーの2番「復活」で、スーパー・アナログ・ディスクと称されたLPレコードです。

 

そろそろ世間ではCDの時代に入りつつありました。

 

相変わらず、国内の音楽を含めて洋楽のヒットチャート番組などをエア・チェックして、様々な音楽を耳にはしていました。

ですが、「多すぎて載せきれない」と書いた第4話での時代とは真反対に、やっぱり、印象深い音楽であったり、記憶から呼び起せる具体的な音楽や作品、ミュージシャン名が出てこないのですね〜。

 

当時の私の生活や心理状態を、現在の私が肯定的ではない部分があるのかも知れませんね。記憶ですから・・・。

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2016年

7月

07日

嬉しいことも

前回のブログでは、大切な友人が病気でとても辛い状況にあることを書きましたが・・・、

今回は、私の音楽活動を支えてくれている人の一人が再び新たな一歩踏み出そうとしていることを書かせていただきます。

 

私の企画で「ほっと楽しやハートライヴ」のライヴ案内のイラスト・デザインをお願いしてきた人です。

 

第1夜から第6夜まで毎回描いて下さっていた方ですが(写真は第1夜のライヴ案内のイラスト)、ここしばらくの間、お辛いことも様々重なったり、作業等を進めにくい環境にもあったようで、創作を休止されていました。

 

で、先月の第7夜のライヴ案内は私が作成しました。

いやいや・・・どうにかこうにか・・・(汗)でした。

 

ですが!

9月30日(金)の「ほっと楽しやハートライヴ(第8夜)」のライヴ案内のイラストを引き受けてくださいました!

 

毎回、ライヴの雰囲気や季節に合わせて、自然に感覚的に描いてくださるので、とても有難く思っています。

 

新しいイラストが出来上がってくるのも楽しみですが、何よりも、ご本人が再び一歩踏み出し始めることを決断されたその想いが、私は嬉しいですね〜。

「ありがとう」です。

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2016年

7月

03日

ただ今日一日を大切に(悲しみをこえて)

いま大切な友人の一人が病気で身体的な痛みや苦しみもあって辛い様子です。

すぐに駆け付けたい想いもありながら、遠く離れたところに暮らしているので、そういうわけにも・・・、私が行ったところで病状を緩和してあげることもできないし、実際には何もしてあげられそうにない。

 

ふと、懐かしいLPレコードを取り出してきました。それを聴きながらブログを書いています。

Barry Manilow(バリー・マニロウ)のアルバム「BARRY」のA面3曲目「I made it through the rain(日本タイトル:悲しみをこえて)」が、特に何故か聴きたくなって・・・。

 

私は雨の日々を切り抜けた

自分の世界を持ち続けたんだ

私は雨の日々を切り抜けた

自分の気持ちを持ち続けたんだ

・・・のような感じの歌詞だと思う(あれ、歌詞カードが入ってないぞ?・・)。

私の和訳は決して正しいとは言えませんが・・・(汗)。

 

病気を抱えた友人を励ますつもりで、私がここ数日に創った曲のタイトルは「やさしい雨」。

Barry Manilow のこの曲も「雨」がキー・ワードになっていたのは偶然!

何となくバラード風の音のイメージだけで、今、レコード盤を取り出してきただけだったので、何か少し不思議な感じです。

 

さて、こんなとき周囲の人たちも、心配し過ぎたり、負の心持ちで接したりするのは良くないと聞きます。

私も余計な心配をすることのないように、自分自身が前向きにまずは今を確り過ごしていこうと思います。

 

痛みがあって身体が思うようにならない友人に無茶なことを私は勝手に願っているかも知れないけれど・・・

それでも、まずは・・・

「二度とない今日一日を、ただ、ただ、大切に生きて」

と願うだけです。

 

私は9年以上も病気を抱えてしまったけど、その友人には一日も早く回復されるよう、お祈り申し上げます。

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2016年

7月

02日

愛間純人のミュージック・ヒストリー(第4話)

久しぶりの「ミュージック・ヒストリー」です。

10代後半〜20歳前後の頃に聴いていた音楽の紹介になります。

 

自身が多感な年齢であったというだけでないと思います。

日本で沸き起こった音楽も欧米を中心に海外から入ってきた音楽も、これまでの時代の中で、多種・様々な音楽を聴くことができた音楽最盛期時代ではなかったでしょうか・・・。

 

大きかったのは、シンセサイザーなどが、コンピューター技術と共に、急速に演奏楽器として発展をし、多くの様々なミュージシャンたちがそれまでのジャンルをも超えて果敢に挑んだことにあるように感じます。

当時のそのエネルギーは半端じゃなかった・・・。

 

ビックバンド・ジャズやフュージョン系音楽も流行った時代で、トランペットを中心にした音楽を好むこともあって、

「メイナード・ファーガソン」、「チャックマンジョーネ」、「ハーブ・アルパート」などの人の作品・演奏を聴いたり・・・

国内の人だと・・・

サックスの「渡辺貞夫」、トランペットの「日野皓正」、鍵盤の「松岡直也」などでしょうか・・・。

 

ディスコ・サウンド時代でもあり、「ビージーズ」や「スティービーワンダー」など、多くのミュージシャンたちもディスコ・アレンジした曲に挑んでいたので良く聴いていました。

クラシック音楽さえも、例えばベートーヴェンの交響曲第5番「運命」をディスコ・アレンジされたものがちょっと人気だったり・・・

 

他、洋楽では、「バリー・マニロウ」、「ディオンヌ・ワーウイック」、「フィル・コリンズ」、「KISS」、「TOTO」なども聴いたり・・・。

 

何と言っても、最も実験的なチャレンジに思えたのはテクノポップ。

坂本龍一らの「イエロー・マジック・オーケストラ」の音楽もこの頃に聴いた音楽です。

ここを切っ掛けに、「矢野顕子」という人の存在を知って、その後、好んで聴くようになったということもあります。

 

あとは、アニメでの音楽です。

松本零士さんのアニメで「宇宙戦艦ヤマト」の挿入音楽が、単なるサントラ盤としてではなく、作曲者である宮川泰さんの音楽をメインとして構成されたアルバムが出されたのもこの時代でした。

フルオーケストラの重厚で多彩な音楽がアニメの世界から発信され、多くの人に認知されるようになったのもこの時代からではなかったかと思います。当時LP盤を繰り返し何度も聴いていました。

 

日本国内では、ニューミュージックと称されたジャンルで、中島みゆき、八神純子、オフコース、山下達郎、松任谷由美(荒井由実)・・・、アイドルたちの音楽も盛んで、キャンディーズ、ピンクレディ、松田聖子、中森明菜、小泉今日子・・・で、曲を提供するミュージシャンも、大滝詠一、財津和夫、・・・など多彩で、何とも面白い時代で、アイドル・ソングも新鮮な音楽が次次と生み出され、聴き逃せないような時代でした。

 

わずか5〜6年間だけ、しかも印象的な音楽だけに絞り込んで載せるつもりでいても、ここに挙げきれないほどです。

 

音楽に関しては、よき年齢の時に良き音楽の時代に居たと感じています。ラッキーだったように思います。

「ラッキー」が過去形になっているのは、ちょっと寂しいかな・・・?

 

次回は、20歳代後半からを語ろうかと思います。

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2016年

6月

26日

ほっと楽しやハートライヴ(第7夜)を終えて

昨夜25日(土)、私めの企画『ほっと楽しやハートライヴ(第7夜)』を、東京・阿佐ヶ谷にあります「ライヴ小屋 Next Sunday」さんで開かせていただきました。

 

今回はオヤジたちばかりの出演になりましたが、音楽表現としては、これまでで最もバリエーションの広いライヴになったかと・・・。

そして、今回もまた、『ほっと楽しやハートライヴ』というタイトル通りのライヴを、足をお運びただいたお客様にも提供できたように感じます。

 

過去6回もそうでしたが、この日も、ゲスト出演していただいた「まったりーフッカー(松田一善)」さん、「菅野忠則」さん、「カノミ」さん、それぞれが、私が出演依頼をお願いした時点のイメージを越えたライヴを展開してくださって、感謝、感謝。

 

同時に最後にステージに上がる私はとてもプレッシャーにもなるのですが、私もその緊張感を味わいながらのライヴは何とも表現し難い喜び?楽しさ?・・・のような感覚で、そろそろ勝手に癖になってきています(笑)。

 

今宵ライヴを共に過ごしてくださった・・・お客様、遊びに来てくれた音楽仲間の「弥勒のマル」さん、ゲスト出演していただいたアーティストの皆さん、受付をお願いした西田さん、「Next Sunday」さんのスタッフの方々、皆様に心より御礼申し上げます。ありがとうございました。

 

次回の『ほっと楽しやハートライヴ(第8夜)』は、9月後半の予定です。具体的に決まったら「ライヴ・スケジュール」に載せま〜す!

 

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2016年

6月

13日

梅雨の晴れ間のライヴに

6月12日(日)の夜の部、東京・阿佐ヶ谷「ライヴ小屋 Next Sunday」さんに出演させていただきました。

 

この5年間、この梅雨の時期の「Next Sunday」さんでのライヴを『梅雨の晴れ間のライヴ』と題して出演させてもらっています。

実際に、雨に降られたことはこれまでに一度もありません。

昨夜もライヴ終了時までは雨に降られませんでしたよ(笑)。

帰宅途中は雨でした・・・(汗)。

 

・・・とは言っても関東は水不足が深刻になっているようで、雨も恵みの雨ということもあるので・・・。

 

さて、この日も、楽しく一夜を過ごさせていただきました。

愛間純人ならではの音楽とライヴをお届けできたかと・・・。

 

他の出演者、「ぶっちとあおいあきのそら」さん、齋藤優さん、Takashiさん、ayaco*さん、出演者それぞれがまったく異なる音楽を奏でる一夜でもあり、とっても楽しくもあり刺激になる時間でした。

 

「ホント色んな音楽が目の前で聴けるんだよ〜」って、もう少し多くのお客さんにも知ってもらって、足を運んで聴いて欲しかったなぁ〜・・・って、ちょっと、もったいない気もしました。

 

まぁ〜ね。集客は出演者側の課題ではあるんだけどね・・・ミュージシャン仲間でとかで、もっと知恵をしぼって工夫をすることも必要なのだと思います。

 

さて、次回は・・・

6月25日(土)の夜、愛間純人の企画ライヴ「ほっと楽しやハートライヴ(第7夜)」を、同じく「ライヴ小屋 Next Sunday」さんで開催します。

 

詳しくは、少し前の「ブログ」や「ライヴ・スケジュール」でご覧ください。

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