今日の一曲 No.46:キングズ・シンガーズ「キングズ・シンガーズ・ライヴ 結成10周年記念コンサート」(ライヴ収録盤)

「今日の一曲」シリーズの第46回です。

数日前のことです。もう10年以上、もっとかも知れません、長らく聴いていなかった彼ら6人の演奏を収録した盤、それを何故か不意に聴きたくなって盤に針を乗せると、やっぱり、凄い、素晴らしい、面白い、そして楽しい、と思う外なく。そして、また少しすると、原点回帰させられるようなそうした思いが、この盤を手にした当時の記憶とともに湧き起こってきて。が、何んとも心地好い時間に思えるのでした。

そんわけで、第46回の今回は、長らく聴いていなかったこの盤に焦点を当てて、これに絡めて諸々語らせていただこうと思います。

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《えっ、何? なになに何?》

恐縮ながら、皆さんは、「キングズ・シンガーズ(THE KING'S SINGERS)」という、ア・カペラを主たる演奏スタイルとしているイングランド出身の男性6人の、コーラス・ユニットをご存知だろうか。

私は、長いこと、彼らの存在を知らずにいたのだけど。トホホ。

今回、「今日の一曲」シリーズの第46回としてご紹介する盤は、その彼らの、「キングズ・シンガーズ・ライヴ ~結成10周年記念コンサート~」というLPレコード盤2枚組のライヴ・アルバムになる。これ、1978年5月1日に、ロンドンのロイヤル・フェスティバル・ホールで開かれた「キングズ・シンガーズ 結成10周年を記念コンサート」を、ほぼそのまま丸ごとライヴ収録したアルバムだ。

 

ところで、今回は、些か、反則っぽい? ことをすることに(汗)。

というのは、「今日の一曲」シリーズでは、ご紹介の盤とともに、そこに収録された、一曲、これを取り上げて諸々語っていくことを一種恒例としているわけなのだけれど。が、今回はライヴ・アルバムでもあり、盤に収録された全体を通して諸々語らせていただきたく、読者の皆様にもそうご理解いただけたらと思う。

 

私が、「キングズ・シンガーズ(THE KING'S SINGERS)」を最初に知ったのは、テレビ画面を通してだった。

ある日の夜のこと。テレビの電源をONにして、そのリモコンを手にあちらこちらチャンネルをいじっているうち、たまたま画面に映し出されたそれに、ふと、目が留まったのだった。テレビの画面には、蝶ネクタイ姿の男性6人がア・カペラで互いの声を重ね合い響かせている、それが映っていた。が、演奏中にもかかわらず、会場を埋め尽くした観客は、拍手と、更には笑い声までも発して、これを繰り返して止まない。コンサート会場の端から端まで全てで大盛り上がりだ。

「えっ、何? なになに何?」

あっという間に、テレビの映像と音に惹き込まれてしまった。

「楽しそうなんだけど!」

「それにしても、なんて見事な、綺麗なハーモニーなんだろう!」

と思わず、独り、声に出して呟いたかも知れない。

コンサートは、もう既に終盤のようだった。客席からのアンコールに応えて、3~4分ほどの短い曲を2つ3つと続けざまに演奏しているらしい。10分もすると、そのコンサートも、これを放映していた番組も終了してしまった。

「あぁ、事前にチェックしておけばよかったぁ~」

と胸の内で呟いては、このとき、とても残念に思ったのをよく憶えている。

ただ、終了直前、画面に映ったテロップを見逃しはしなかった。

「キングズ・シンガーズ・・・かぁ」

と、彼ら6人のユニットの、その名も確りと記憶の留めた。

 

とまぁ、こんな具合でもって、キングズ・シンガーズなる存在を知ったのだった。もう、30年近く前のことだ。もう少しだけ正確に言うと、28~29年前、ということになるのかな。

 

《探し歩いた結果》

その翌日か翌々日だったか、早速、レコード店へと向かった。レコード盤かCDの一つ二つくらいは出ているだろう、と思ったのだ。

 

ちなみに、当時は、レコード盤からそろそろCDがこれに取って代わろうとしていた時代だった。レコード店(まだこの頃は“CDショップ”という言い方はなかった)のその店頭でも、アナログ・レコード盤のスペースは徐々に減りつつあって、特にポップスやロックの新作は逸早くCDへと移行がされていた。それでも店内全体を見渡しては、クラシック音楽やジャズなどの盤も含めると、依然、アナログ・レコード盤の方がやや多かったように想う。

また、インターネットも社会一般にまでは普及していなかった。レコード盤の在庫や流通の状況を知るにも、レコード店へと、直接、足を運んだ方が早かった。インターネット社会が訪れるのは、これより11~12年も後のことだ。

 

で、自宅近所のレコード店を幾つか当ってみたのだけれど、キングズ・シンガーズの“キ”の字も見当たらない。

「キングズ・シンガーズのレコード、なんで無いんだ?」

「東京も、こんな田舎(多摩の奥地)に居ては見つからないのか?」

などと呟いては少々愚痴ってたような。

そこで、仕事が休みの日には、幾分か都心よりの賑やかなそういった街へも出掛けて行って、目ぼしいと思われるところを狙って探し歩いたりもしたのだけれど。ぅん~、どうも見つからない。

テレビで彼らを知ってからは、もう、3週間くらいが経過していた。

が、ふと、

「ん? もしかしたら・・・」

と、ある考えが浮かんだ。

三鷹で探してみよう。三鷹で見つからなければ、吉祥寺、更には、下北沢かな、と。中古レコード店を当ってみるのはどうだろうか、と考えたのだった。

先ずは、自宅最寄り駅から電車で都会方面へ約40分、三鷹へと向かった。

三鷹の中古レコード店に到着。店内のラックを見渡して、おおよそジャンルごとに分けられたラックに見当をつけると、この辺りかな? と思うそのラックの前へと進んだ。それからは、目の前にあるレコード盤の一枚一枚を、素早く、が、丁寧に確認した。

すると、さほど時間が経たないうちに、

「やったね。はい、正解」

とその場で、思わず、微かに声に漏らしては、満足気な顔で居たかも。

遂に、キングス・シンガーズのLPレコード盤を見つけたのだった。それも、2種類。

 

その一つが、今回ここでご紹介している盤だ。「キングズ・シンガーズ・ライヴ ~結成10周年記念コンサート~」というLPレコード盤2枚組のライヴ・アルバム。1978年5月1日に、ロンドンのロイヤル・フェスティバル・ホールで開かれた「キングズ・シンガーズ 結成10周年を記念コンサート」を、ほぼそのまま丸ごとライヴ収録したアルバムだ。

そして、もう一つは、「キングズ・シンガーズ  ポップス・コレクション(KING'S SINGERS ENCORE)」というタイトルが付いたアルバムで、これには、1971年、ロンドンのオリンピック・スタジオにおいてスタジオ収録された13曲が収められている。尚、私が中古レコード店で購入したこのアルバムは、1979年に日本のレコード会社が再版した盤のようだ。ま、こっちの「キングズ・シンガーズ  ポップス・コレクション(KING'S SINGERS ENCORE)」については、またいずれの機会に詳しく。・・・いつになることやら、だけど(笑)。

 

それにしてもだ、どちらのアルバムも、私が見つけるより既に10年も前に出ていたわけで。そう考えると、私は、彼らキングズ・シンガーズを知るまでに10年分もの遅れをとった感じがした。何故、こんなにも素晴らしい彼らの演奏をこれまで知らなかったのだろう、と。何だろう、悔しいような、そんな思いがしてならなかった。

とは言え、このとき、中古レコード店で見つけた2つのアルバムを手にして、これでじっくりとキングズ・シンガーズの演奏を味わえるなぁ、と胸を撫で下ろす、ほっと安堵した思いで居たことも確かだ。いや、こっちの(ほっと安堵した)思いの方がずっうと優っていたな。

 

《“もの凄い上司”現る》

この頃の私めは、大学を卒業した後に勤めた職場で社会人として7年目を迎え、そこそこ経験も積んで、少々責任の重いそうした立場で任務に就くことも徐々に増えていた。

実はこの職場、私が社会人1~2年目の勤め始めたばかりの頃は、非常に問題の多い、そんなところだった。理不尽としか思えない、あってはならない、そういったことが日常的に平気で繰り返されていた。ここでは細々語らないけど。

3年目だった。新しく現場のトップとして赴任してきた上司が素晴らしかった。“救世主”とも呼びたくなるような“もの凄い上司”が現れたのだ。問題のあれこれを自らが取り仕切って、お見事!ってな具合に解決していったのだった。以来、職場は見違えるほどに多くの物事が変わっていった。明るく、活気のある職場に変わった。

私個人も、この“もの凄い上司”からは叱られること度々だったけれど、まぁ、お蔭で、色々なことを知り得たし、何かと考えさせられながら様々な経験をさせてもらった。何よりも、良好な職場環境で存分に仕事をさせてもらえる、その喜びを知った。ピンチに遭遇したときにこそ“ラッキー”に恵まれる、それは不思議と私に巡ってくる強運であるのだけれど、“もの凄い上司”との出会いは、真に掛け替えのない“大ラッキー”な出来事だった。

ところが、7年目のこの年は、“もの凄い上司”と一緒に仕事ができる最後の1年だった。定年退職をされるというのでね、ま、仕方なかったのだけれど。そんなわけで、私も、ほぼ同世代の同僚や仲間も、残った時間で、“もの凄い上司”から吸収できるだけ吸収しようと必死だった。この際、叱られるだけ叱られておきたい、ってなことさえ思うのだった。

 

そんな日常のなか、“キングズ・シンガーズ”という存在を知り、休日の度に、結局は約1カ月間を掛けて彼らのレコード盤を探し歩いていたわけで。ただ、考えようによっては、休日も仕事のことを気に掛けがちなこの頃の私にとっては、仕事以外のところに意識を向けられる、むしろ、望ましくもある好い休日であったのかも知れない。

 

《これこそライヴだ!》

さて、回りくどい感じになってしまったけど。

今回ご紹介するは、その中古レコード店で購入した2つのうちの1つ、「キングズ・シンガーズ・ライヴ ~結成10周年記念コンサート~」というLPレコード盤2枚組のライヴ・アルバム。先に記した通り、1978年5月1日に、ロンドンのロイヤル・フェスティバル・ホールで開かれた「キングズ・シンガーズ 結成10周年を記念コンサート」を、ほぼそのまま丸ごとライヴ収録した盤だ。

2枚組のLPレコード盤の、その1枚目にはクラシック的な曲が、その2枚目には比較的ポピュラーな曲が、コンサートの進行のまま、当日のプログラムのその順に収録されている。

 

中古レコード店から部屋に戻ると、早速、盤に針を乗せてこれを聴いた。

客席からの拍手に迎えられて、恐らく、彼ら6人がステージ袖からその中央へと進んでいるのだろう、靴音が微かに聴こえてくる。短いトークの後、演奏が始まった。完璧なほどのハーモニーとアンサンブルだ。それは如何なる表情や表現を魅せようとも、少しの乱れも綻びもないハーモニーとアンサンブルだ。しかも、彼らは、これを、まったく誤魔化しようのない、ア・カペラという演奏スタイルから次々に繰り出すのだった。

1枚目のA面(第1面)には、ルネサンス歌曲として中世ヨーロッパの作品が並ぶ。「戦争(クレマン・シャヌカン)」、「この楽しく陽気な五月に(ウィリアム・バード)」など6曲が収録されているのだけれど、おおよそ厳かな中、一曲一曲を心落ち着かせて聴きたくなる。が、それも盤から聴こえてくる会場内の雰囲気がそうさせるのかも。途中、4曲目の「動物たちの対位法(アドリアーノ・バンキエリ)」では、動物の鳴きまねを面白おかしく表現する彼らに、会場内が一瞬笑いに包まれる。そう、ライヴ盤だけに、当然、客席の雰囲気やその会場全体の空気感も伝わってくる。

1枚目のB面(第2面)には、「アッシジの聖フランチェスコの4つの小さな祈り(フランシス・プーランク)」と「ラレラ・ズールー(スタンリー・グラッサー)」といった、19世紀後半から20世紀に活躍した作曲家の宗教音楽的な楽曲と民俗音楽的な楽曲、2つが並ぶ。曲と曲の間に湧き起こる会場から拍手の凄さにも圧倒されそうになるが、確かに、楽曲のそれそれが放つ色を、やはり、彼ら6人は、完璧なほどのア・カペラで聴かせてくれるのだった。

2枚目のA面(第3面)には、キングズ・シンガーズの10周年記念に合わせて、メンバーによって構成アレンジされた「テン・イヤーズ・オン」の他、「イン・ザ・ムード(ジョー・ガーランド)」、「ザ・マーメード」、「オークとアッシュ」、「グリーンズ(グリーンスリーブスのパロディ版)」をはじめ、ジャズや映画音楽、イングランドやアメリカの古謡をアレンジした作品など、8曲が並ぶ。続けて、2枚目のB面(第4面)にも、「デイトン・オハイオ・1903(ランディ・ニューマン)」、「アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ(ニール・ヤング)」、「オブ・ラ・ディ・オブ・ラ・ダ(ポール・マッカートニー)」など、1960年代から1970年代の所謂ポピュラー・ソングを中心に、アンコール曲を含め、9曲が並ぶ。このあたりなると、観客が拍手に併せて遠慮なく笑い声を発しているそれも聴こえてくる。聴衆皆が楽しい空気感に包まれ満たされている、これが伝わってくる。が、演奏のその聴かせどころは、その聴衆たちも確りと耳を澄ませて聴き入っている。まさに、ステージと客席が一体となっている、それも一緒に実感しながら聴くことができるのだった。

「ア・カペラだけで、それも2時間以上にも渡って、こんなにも皆を魅了してしまうなんて」

と、私の胸の内の、その半分は衝撃で搔き乱さているのだけれど、もう半分は堪らなく嬉し過ぎて踊っているようでもあった。洗練された高い歌唱技術と音楽表現を基に、派手な演出は無くても、極々自然に、客席を楽しませ和ませて、そのうちステージ上も客席も皆が一体化していく、これこそコンサートだ! ライヴだ!と感じた。

テレビ画面を通して初めて彼らの演奏を聴いたときも、凄い!素晴らしい!とは思ったけれど、とっくに、その域を超えていた。

 

《目指すべき像の原点》

こうして、中古レコード店で購入したその日以来、少なくとも3ヶ月ほどの間は、部屋で音楽を聴こう、と思うその度に、キングズ・シンガーズのこのライヴ収録盤ばかりを聴いていた。当時は、もう、二日か三日おきには聴いていたんじゃないかな。もしも自分が演奏する側だったら、キングズ・シンガーズのような、ステージ上から客席まですべてが一体感に包まれる、そんな楽しいコンサートやライヴがやりたいなぁ~、なんて。その頃は妄想でしかない、そんな無責任な想像をしながらこの盤を繰り返し何度も聴いていたのだった。当時はまだ、自分が演奏をする側になるなんてことは100%あり得ないことだ、と思っていたのだ。

が、キングズ・シンガーズから受けたその強烈な印象は、それを私の胸裏で反芻するうちに、

「確かな技量と表現力あってこそ、発信力と面白さは発揮される。が、ここにユーモアも欠かせない」

と思う、重要なワードとなっていった。

というのも、“もの凄い上司”の人柄がこれと重なったのだ。知識と経験によって裏付けされた教養と思考力、これあってこそ発揮される実践力およびリーダーシップ力。が、この人物は、皆と共有し得るユーモアも決して欠かさない。そうした人柄が、職場や職場に居る人たち一人ひとりを育て、変容させていったのだ。

できれば自分もこんな大人になりたい、などと、私は社会人7年目にもなってようやく、初めて、目指すべき人間像らしきものを具体的に想い描いたのだった。社会に出る前に身に付けろよ、っていう話だよな。ハハハハハ。

 

さて、そろそろ、いま現在へと戻ろう。

数日前。何故か、また、不意に聴きたくなくった。それで、部屋のレコードラックから、「キングズ・シンガーズ・ライヴ ~結成10周年記念コンサート~」と記されたこのアルバムを取り出したきたのだ。10年以上も、いや、もっとかも知れない、長らく聴いていなかったこの盤を。

それから、盤に針を置いた。そして、聴こえたきたア・カペラの演奏に、

「やっぱり、凄い! 素晴らしい!」

「やぱっり、面白い! 楽しい!」

と続けざまに、またしても思わず、独り、微かに声に出して呟いたかも。

併せて、ふと思うのだった。現在、自身の音楽活動において、その軸として開催している「ほっと楽しやハートライヴ」について。これってもしかすると、無意識ながらにも、30年近く前にキングズ・シンガーズから受けたその強烈な印象を胸裏で反芻しているうちに湧いてきた重要なワード、これがいま現在の私に繋がって、「ほっと楽しやハートライヴ」をやらせているのではないか、原動力になっているのではないか、と。

その「ほっと楽しやハートライヴ」は、9月に開催される次回で11回目を迎える。

でも、ホント、そうだ。真にここを目指したライヴをしていきたい、これを一番に大切にして今後も続けていきたい、と、久しぶりにキングズ・シンガーズの盤を聴きながら、あらためて心の奥底からこれを誓うような思いになったのだった。原点回帰にも似た、そんな思いにさせられていた。

ひょっとすると、このことを自らの全身で確りと受け止めたくなって、レコードラックからこの盤を取り出してきたのかもなぁ。

 

「今日の一曲」シリーズの第46回、今回は、キングズ・シンガーズのアルバムより「キングズ・シンガーズ・ライヴ ~結成10周年記念コンサート~(ライヴ収録盤)」をご紹介しながら、これに絡めて諸々語らせていただいた。